気持ち華やぐポッピンフラワーティー【魔】

文字数 2,138文字

「くるな……くるな怪物!!」
 後ずさりしながら剣を構えた男性は叫んだ。歯を震わせ涙を浮かべながら一歩また一歩と下がり、我慢ができなくなったのか奇声を発しながらどこかへ走り去ってしまった。
「わたしは……怪物じゃないのに……どうして……」
 怪物と呼ばれた少女は目に涙を浮かべながら呟いた。肌は陶器のように白く、目は熟したイチゴのように赤い。そして、さらさらの髪の間からはいくつもの蛇が少女にそっと寄り添っていた。

 メドゥーサ。それが少女の名前。一説によると、彼女と目を合わせてしまうとたちまち全身が石になってしまうという。実際、メドゥーサが住んでいる廃城にお宝目当てで近づいた冒険者と

目が合ってしまいその冒険者を石にしてしまった。それに気が付いたほかの冒険者がこぞってメドゥーサを狩ってやろうと奮起し、得物を手に襲い掛かってきた。メドゥーサは涙を流しながら何度も何度も話し合いを求めた。だが、冒険者たちの耳には届くことなく、代わりに目の前まで得物が迫っていた。
「……ごめんなさい」
 メドゥーサは小さく呟き、使いたくない力を使い冒険者と目を合わせた。すると冒険者の足が動かなくなり、そこから順々に上へと上がっていき、最後は絶望に染まった顔をしたまま石化した。
「もう……お願いです。これ以上、力を使わせないでください……お願いですから……」
 なるべくほかの冒険者たちと目を合わせないよう、メドゥーサは注意を払い忠告した。冒険者たちからすれば、今目の前で暴れていた冒険者が石化してしまったのだ。彼女と目を合わせただけで……。次第に恐怖が毒のようにじわじわと侵食をはじめ、一人また一人と冒険者たちが逃げて行った。
「今日も……救えなかった……。本当に……本当にごめんなさい……」
 石化してしまった冒険者にすがり泣き崩れるメドゥーサの言葉は、誰に耳にも届かなかった。

 怪物と呼ばれてどれだけの時間が経ったのだろう。メドゥーサにとっては時間の経過は特に意味をなさないのだが、こう何度も何度も怪物呼ばわりされるのはさすがに慣れない。いや、慣れたくない。それが本音であるが、誰だかわからないがこの廃城にお宝があるだなんて噂を流されてからは気が休まる日がない。今日も数人の冒険者に遭遇したのだが、忠告だけで済んだのは運がよかった。
「……もう……わたしは友達なんてできないのでしょうか……」
 お気に入りの本を読みながらメドゥーサはぽつり。本の中では種族関係なく手を取り合っている姿が描かれており、その本の終わりには「ずっと一緒だよ」と書かれ締められている。その部分を目で追っていると、急に目の前がぼやけ見えなくなってしまった。何かが本にぽとりと落ちると視界は戻るのだがまたすぐにぼやけぽとりを繰り返す。
「……っく……ひっ……っく……」
 メドゥーサは抑えられず両手で目を覆いながら泣き出した。なんで本と現実はこうも違うのだろう、わたしにも友達が欲しい……だけど、この力のせいでみんな……みんな。葛藤が胸の中で渦巻き、メドゥーサは嗚咽を漏らした。
「もう……わた……は……いない……ほうが……いいの?」
 まるで自分を強く否定されているような気がしたメドゥーサは、弱音を吐きだした。その問いにメドゥーサの頭で様子を見ていたいくつもの蛇たちがそっと寄り添い「ぼくたちがいるよ」と無言で訴えた。蛇たちの訴えが届いたのか、メドゥーサは落ち着きを取り戻し、慰めてくれた蛇たちの頭を順番に撫でていった。
「ごめんなさい。わたし、取り乱してしまって……さすが蛇さんです」
「気にしなくていいよ」
「ぼくたちはメドゥーサがいてくれればそれでいい」
 言葉を発することができない蛇たちは、どうにかしてメドゥーサに気持ちを伝えているとどこからか冒険者たちの声が聞こえた。メドゥーサははっとし、息を潜め様子を窺った。
「メドゥーサ……かぁ。目を見ちゃだめって言われてるわよね」
「ああ。石になるってんだろ。逆に目を見なきゃいんだろ。だったら簡単じゃねぇか」
「あんたねぇ。そうもいかないからこうして注意喚起してるんじゃない」
「へーへー。そういやさぁ、そのメドゥーサってやつ。ちょっとエキドナに似てね?」
「エキドナ? あぁ、あのお転婆な蛇神ってことで有名よね」
「メドゥーサは頭が蛇? だっけ? エキドナは足が蛇だし。共通点ありじゃん」
「でも、エキドナは目を見ても石にはならないわよ。性格もエキドナは自己主張をはっきりするタイプだもの。メドゥーサとは違うわ」
「へー」
「さ、無駄話はこのくらいにして、お宝探しを続行しましょ」
「あいよっと」
 冒険者同士の会話の中で気になった人物名─エキドナ。話によれば自分とちょっと似ているだとか……これは……もしかしたら……。
「……蛇さん。わたし、そのエキドナさんってどんな人物なのか、とっても気になります。だから……そのエキドナさんと会えるまで、怪物って言われてもめげません」
 怪物怪物と言われ、心が折れかけたときに聞こえたエキドナという人物名を聞いたメドゥーサは、「エキドナに会う」という目標を掲げた。苦しくてもエキドナにいつか会えるという日を夢見て、メドゥーサは今日もお気に入りの本を楽しむのであった。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み