紅花饅頭~ミルクアイスを添えて~【魔】

文字数 3,318文字

「っくしゅん!」
 華奢な体をぶるりと震わせ、小さなくしゃみをひとつ。手にしていた日本刀を危うく落としそうになるも、すんでのところで落とさずに済んだ。安堵の息を漏らすと、その日本刀からぼわりとした青白い塊が現れた。その青白い塊は徐々に形成していき、悪鬼のような顔へと変化していった。その悪鬼は日本刀を持つ少女に何事かと思いそっと近付き様子を窺った。
「平気よ。カグラ。心配しないで。それにしても冷えてきたわね」
 カグラと呼ばれた悪鬼は何も言わずに空を仰いだ。日が落ちた深淵をも思わせる空からは白くて小さなものがふわりふわりと落ちてきていた。カグラの頭に白くて小さなものが落ちると、カグラは驚いて日本刀の中へと戻ってしまった。
「どうしたのよカグラ。あ……雪」
 カグラに問いかける少女─ヨシノは自分の頭に感じた小さな冷ややかな感覚にはっとした。気が付いたらそれは自分の肩にも付着していた。そうか……これが降るということは寒いわけよねと自分にしか聞こえない声で呟くと、鞄から羽織を取り出し袖を通した。幾分かはましにはなったとはいえ、このまま本格的に降り続いてしまっては困ることになると思い、ヨシノは愛用の日本刀をぎゅっと握りしめ、歩の足を速めた。
 無言で歩くこと数十分。遠くにぼんやりとした明かりが見え、それにほっとしたヨシノは更に歩調を速めた。これで野宿せずに済むのかと思うだけでこんなに胸が躍るなんてと思いながら明かりがある方へと進んでいくと、そこには温かな光で溢れた村があった。一歩その村に入ると、今までに見たことのない装飾があちこちにされていて、ヨシノは村に入って安心してすぐに不安な気持ちになった。
「えっと……ここは……と、とりあえず誰かいないか探してみましょ」
 カグラに、いや自分に言い聞かせるような独り言を呟きながら、ヨシノは家の中に誰かいないか調査を始めた。ひとつひとつ家の扉をこんこんと叩くも、中からは何の反応もなくがっくりと肩を落とした。いよいよこれで最後の家の扉だとヨシノはぐっと息を飲み、こんこんと叩いた。しばらく待機していたのだが、それでも中からの反応はなくこれで誰もいないということがわかってしまった。
「そんな……残念だわ」
 誰もいないのでは仕方がないと思い、ヨシノは村を出ようとしたときだった。ヨシノの背後から声が聞こえた。そしてその声は段々と大きくなり子供の声や大人の声すべてが混じりこっちへ向かってきていた。その声の大きさに驚きながらも、ヨシノは意を決し真正面から挨拶をすることにした。
「お、村にだれかいるぞ」
「知らないおねえちゃんがいるー。だれだろ」
「手に何か持ってるから近づいちゃダメよ」
 色々言われながらもヨシノは心を静め、丁寧に経緯を説明した。もちろん、危害を加えるつもりは一切ないこと、そして予め紹介していておいた方がいいと思い日本刀に優しく語り掛けると、青白い光に包まれたカグラを呼び出した。見慣れない怪物に村の人たちは悲鳴を上げたが、カグラは首を横に振って「何もしない」と表すと少しずつではあるが村の人は警戒を薄くしていった。
「カグラはこうみえて結構恥ずかしがり屋なんです」
 ヨシノがそう言うと、カグラは「そんなことない!」と言わんばかりにヨシノに無言の抵抗をしていると、村の人たちはそれを見て笑っていた。
「それならうちの泊まっていきな。部屋空いてるから好きに使ってもらっていいよ」
 豪快な笑い声と共に一歩前へ出た女性。どうやらこの女性はこの村の長だと近くの男性が教えてくれた。性格は穏やかだけど大胆なところがあり、そういうところが皆慕っているのだという。
「さ、こっちだ。ついてきな」
「お……お邪魔します」
 こうしてヨシノは村長の女性の家にお邪魔することになった。その道すがら、なんで家の中に誰もいなかったのかを尋ねてみた。すると、この村の奥にある集会場にいたことを教えてくれた。さらにこの飾りつけはなにかと尋ねると村長はくるりと体を反転させ、ヨシノを見てにかっと笑った。
「クリスマスだよ。クリスマス! 一年で一度の祝祭だよ」
 聞きなれない言葉に戸惑っていると、村長は「そんな難しいことじゃないよ」とからからと笑い、家の鍵を開けた。中に入ると薪の燃える音、遠くから見た温かな光に溢れた部屋だった。村長はすぐに温かいお茶を用意してくれ、ヨシノに手渡した。冷え切った手には熱すぎると思ったのだが、しばらくして体も温まり熱すぎるという感覚はどこかへ行ってしまった。
「クリスマスはね、大事な人と過ごす日なんだ。この飾りだって雰囲気を盛り上げるためには欠かせないものさ」
 そういって村長は村のあちこちに飾られている装飾品の一つをつまんでみせた。なるほど……気分を盛り上げるためかと納得したヨシノは一口また一口とお茶を含み噛み砕くように反芻させた。
「せっかくだし、ヨシノも参加しないかい? ヨシノが思う大事な人にこれを渡すだけだよ」
 村長はヨシノの手にそっと何かを握らせると、小さくウインクをして外へと出て行った。一瞬、何のことかわからなかったヨシノだったが時が経つにつれて意味を理解していくと急に恥ずかしくなり、両手で顔を覆ってしまった。しばらく何もできないでいると、それを心配したカグラがふわりと表れヨシノの傍にそっと寄り添った。
「ひゃああ! か……カグラ……?! きゃあっ!!!」
 まさかカグラが出ているとは思わなかったヨシノは素っ頓狂な声を上げながら、椅子から転げ落ちた。痛みに顔を歪ませていると、カグラは一層慌てた様子でヨシノに近付き「大丈夫?」とばかりに手を振っていた。その様子がおかしくてヨシノはぷっと噴き出した。
「わたしは大丈夫よ。それでにしても、カグラはだいぶ落ち着いたわね。最初はもっと尖った顔してたのに」
 ヨシノの言う尖った顔というのは、初めてこの日本刀を持った時に現われたカグラのことだった。ヨシノはこの日本刀に宿る悪鬼カグラに操られてしまい、ヨシノの生まれ育った村の人たちを次々と殺めてしまった過去がある。正気を取り戻したときには手遅れで、ヨシノは悲観を一切せずこれを乗り越えていこうと気持ちを強く持ち、旅を始めた。この旅で贖罪ができるのなら……という思いで。そのとき、正気に戻してくれた恋仲の子を思うと更に贖罪をしないといけないという気になり、それからというものこの悪鬼カグラとは長い付き合いになっていた。始めは何を伝えたいかわからないでいたが、顔を合わせていく度になんとなくそれが伝わってきていて、今ではああして冗談を言えるようにまでなった。
 皮肉と言えば皮肉かもしれない。なぜなら、この悪鬼によって大事な人がこの世から去ってしまったのだがら。でも、それをいつまでも悲観してはこの先に贖罪なんて訪れるわけがない。ならば、この悪鬼と共に過ごしていくことが贖罪に一歩近づくのではないか……それはいつしか

になっていて、カグラを見ないと落ち着かないという日もあるくらいだ。そんなに長くカグラと付き合っていて、ヨシノはさっき受け取ったものをカグラにそっと手渡した。受け取れるかどうかはわからない。だけど、これはヨシノの思いである。
「カグラ。今日まで一緒にいてくれて本当にありがとう。これからも一緒にいてくれるかしら?」
 ヨシノは今まで以上に真っ直ぐな視線でカグラを見つめていると、当のカグラはあわあわと慌てだしどうしていいかわからないといった様子だった。だけど、日本刀の持ち主であるヨシノからのお願いということであればとカグラはヨシノの手にそっと触れた。すると装飾品が淡く光りだした。光が納まるとカグラの手にはヨシノが手渡した装飾品がしっかりと握られていた。
「カグラ……ありがとう!」
 嬉しさのあまり抱き着こうとしたのだが、それはかなわないことに気が付いたヨシノは代わりにカグラから装飾品を奪い、軽く口づけをしてから再度手渡した。
「カグラ。めりーくりすます」
 装飾品の裏に書いてあった言葉を発したヨシノの顔は、部屋の温かさなのか恥ずかしさなのは本人にもわからないでいた。
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