もっちもち食感の黒蜜くれぇぷ【魔】

文字数 3,320文字

「これでいいのかしら? 異国の文化って難しいわね」
 メンダコの魔女─ポーリュプスは自分が住んでいた国から遠く離れた異国での生活を満喫していた。近くに住んでいる人から教えてもらった情報によると、今日元旦という日は特別な日だということだった。その際、晴着と呼ばれる服に着替えて新年をお祝いするんだとか。ポーリュプスが関心して聞いていると、隣に住んでいる住人からその晴着というものを譲り受けた。今は悪戦苦闘しながらもなんとかその晴着を着終えることができたポーリュプスは何度も鏡を見て、どこか曲がっている部分がないかチェックを行っていた。薄い桃色の袖にポーリュプスの腰から生える触手と同じブドウ色の袴、頭には扇子を模したかんざしを挿していた。
「よし! これでばっちりね。お隣さんにお礼も兼ねて挨拶にいかないと」
 初めての晴着をばっちり着こなし、ご満悦のポーリュプスは晴着を譲ってくれたお隣さんにお礼を兼ねた新年の挨拶に向かった。呼び鈴を押して声をかけると、ものの数秒で嬉しそうな顔をしたお隣さんが現れ深々と頭を下げて新年の挨拶をした。
「とっても素敵な晴着、どうもありがとうございます!」
「おやおや。きれいに着こなしてくれて嬉しいよ」
「晴着を着たのはいいのですけど、この後はなにかあるのですか?」
 ポーリュプスは質問をすると、お隣さんは「ああ」と言いながら少し先を指さして言った。
「この先にある神社に行って新年の挨拶をするんだよ。どれ、よかったら一緒に行こうか」
「ぜ、ぜひ! お願いします!」
「あいよ。ちょっと待っててね。すぐに用意してくるから」
 そういってお隣さんは家の中に戻ると、ポーリュプスと似た晴着に着替えてやってきた。ポーリュプスは苦戦して時間がかかったのに、お隣さんはものの数分で着替えてやってきたことに驚いていた。
「はっはっは。これは慣れだね。でも、ポーリュプスちゃんも慣れればきっと色々な晴着を切るのが楽しくなると思うよ」
「はい! 頑張ってやってみます!」
 お隣さんは穏やかに笑うと、ポーリュプスと一緒に近所にある神社へと向かった。

 神社に着くと、そこはたくさんの初詣をする人で溢れていた。ポーリュプスと同じ晴着を着た男性や女性を見たポーリュプスは改めて、異国の文化は素晴らしいなと感じた。
(なんて美しいのかしら。ドレスとはまた違った優美な感じがまた素敵!)
 一人感激していると、優しい力で引き寄せられ人混みの中へと突入していた。お隣さんは「ここで立ち止まると危ないから」と小さな声で教えると、ポーリュプスは恥ずかしくなり顔が真っ赤になってしまった。感激するのもいいけど、場所を考えないとと反省しお隣さんに手を引かれるまま歩いていくと、右隣と左隣に出店が並んでいた。その出店からは香ばしい香りや甘い香りが漂いいくらでも食べられそうな気持ちになってしまう。でも、今はお隣さんに引かれるまま進むしかできないから、食べたい気持ちをぐっと抑えゆっくりと進んでいく。目的地に着くと、お隣さんはお辞儀をしてから何やら静かに手を合わせていた。ポーリュプスもそれに倣って手を合わせていると、遠くで悲鳴のような悲鳴じゃない野太い声が聞こえた。何かと思いお隣さんと一緒に様子を見に行くと、手を真っ赤に晴らして痛みに耐えている男性と狼狽えている男性がいた。ポーリュプスは居ても立っても居られなくなり、お隣さんの手を解いて怪我をしている男性に駆け寄った。
「ちょっと、大丈夫ですか?」
 冷えた手を男性の赤く熱を持った手の上に置くと、男性は小さく頷いた後、ちらりと視線を動かした。そこには木でできた大きな置物のようなものがあった。真ん中は窪んでいて、中に何かを入れるようにも見えた。そしてその木の置物の傍には同じ木材で出来た金槌のようなものが転がっていた。気になったポーリュプスはこれは何に使う道具かを尋ねると男性は小さく「お餅をつく道具」だと教えてくれた。お餅とは聞いたことがないなと思いながらも、どうやったらそのお餅というものが出来上がるのかを聞いてみると、男性たちの背後にある箱から蒸した白いお米をこの木の置物の中に入れて木の金槌でついていくと出来るという。
「へぇ。面白そうじゃない。それ、あたしに手伝わせて」
 興味本位でやってみたくなったポーリュプスは男性にいうと、狼狽えていた男性が急に大きな声を出して怒り出した。
「お遊びでやるもんじゃない! これは男がやるもんだ!」
 その言いぐさにちょっと引っかかったポーリュプスはうーんと唸りながら木の金槌をひょいと持ち上げた。─袴の中に隠していた触手が。
「あら。意外と軽いのね。これで白いお米をついていけばいいのね?」
 軽々木槌を持ち上げるポーリュプスに驚いた男は焦りながらも頷くと、ポーリュプスは「よーし♪」と気合を入れて予備の木槌をひょいひょいと触手に絡ませて白い米を叩き始めた。
「お前さん……何者だ」
「今はそういうのいいから。みんなにつきたてのお餅を出してあげて♪」
 触手をフルに活用し、次から次へとつきたてのお餅を完成させていく。その横で自分でもつきたてのお餅を一口ぱくり。ほどよく伸びるそれは初めての食感で、ポーリュプスはこんなに美味しいものをみんなにも分けたいという気持ちがどんどんと沸いてきて、触手の動きを活発化させた。見たことのない手─触手の動きに圧倒されながらも、だいぶ手の痛みもひいた男性はつきたてのお餅を来客者に振舞っていた。狼狽えていた男性も最初こそ拒んでいたが、そうも言ってられないくらいにたくさんの来客者の前についに折れ、手伝い始めた。
「大丈夫よ。すぐに新しいお餅を用意するからね♪ うふふ! これ、楽しいわね♪」
 疲れを微塵も感じさせない笑顔に、二人の男性は驚いていた。一般的な男性二人でも餅つきというのは中々の重労働だというのに、女性でしかもあれだけ触手を素早く動かしながらつきたてのお餅をつまみ食いする余裕すらある得体のしれない女性がそこにいた。言いたいことはあるが、今はこのたくさんの来客者を案内することに専念することにした。

 日も傾き、肌寒さが顕著に出てきた頃。お隣さんは温かいお茶を用意して迎えに来てくれた。飲み頃になるまで冷ましてから飲む緑茶は、冷えた体にじんわりと染みわたっていき安堵の息が漏れた。
「はぁ。やっぱり美味しいわ。いつもありがとうございますぅ」
「いやいや。ポーリュプスちゃんがあんな特技持ってるなんて知らなかったよ」
「うふふ。これは奥の手ってやつね。でも、今日はなんだかとっても楽しかったわ」
 満足そうに微笑みながらポーリュプスはお茶を飲んでいると、後ろからか細い声で「あのぉ」と聞こえ振り返った。そこには申し訳なさそうに立っている男性二人がいた。
「あら。さっきはどうも♪」
「あの……すみませんでした!」
 満面の笑顔でお礼をするポーリュプスとは反して、男性二人は勢いよく頭を下げて謝罪をした。なんのことかさっぱりなポーリュプスは戸惑っていると、最初狼狽えていた男性が顔を上げて口を開いた。
「あの……これは男のやることだなんて言ってすみませんでした!」
「あ……ああ。あのこと。別に。あたしは気にしてないわよ♪ おかげで素敵な体験ができたのだし、お礼を言いたのはこっちの方よ。ありがと♪」
「そ……そんな。申し訳ないです」
 特に大事にならないで済んだことで満足だったし、ポーリュプスはこれで万々歳だと思い二人に再度お礼をしてお隣さんと一緒に自宅へ戻る旨を伝え神社を後にした。

 数日後。ポーリュプスは寒い風に吹かれながら郵便受けを確認すると、一枚のハガキが入っていた。何かと思い読んでみると、それはお正月に餅つきを代行したときの男性からだった。なんでもその男性のお店で働いてほしいという内容だったが、ポーリュプスは少し悩んだ末に戸棚から小さな便箋を取り出し返信を書いてポストに投函した。
「あたしはね。自由気ままにやってみたいの。お手伝いなら……気が向いたらね♪」
 帰り道、いたずらっぽく舌を小さくぺろりと出しながら笑うポーリュプスは魔女ではなく、一人の少女だった。
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