七色の水飴【神】

文字数 2,592文字

「あ。もう飴玉なくなっちゃった……」
 お気に入りの飴が入っている瓶を何度も逆さまにしても落ちてこないことに、ちょっぴり悲しい顔をした天使─ラリエル。薄桃色の髪を両サイドでお団子に結び、お洋服も大好きな桃色に統一して背中からは小さいながらも純白の羽が生えている。まだまだ天使の見習いだが、今日も一人前の天使になるためにお勉強を終え、自分へのご褒美に飴を舐めようとしていたところだった。
「あぁん。どうしよう。頑張った自分にご褒美がないのって、結構悲しいわよね……あぅ」
 在庫の管理をしっかりしていなかった自分に少し苛立ちを覚え、ちょっぴり強めの力で飴玉が入っている瓶の蓋を閉めながら自室の窓を見た。すっかり日も暮れ、鳥たちは自分の巣へと戻るため翼を動かしていくのをじっと見ていると、ラリエルの頭の中に何かが閃いた。
「あ、そういえばさ。異国の文化で『おまつり』っていうのがあるって聞いたことがあるわ。確か……ウリエル様からだったかしら? 小さな魚を捕るゲームがあるんだとか」
 少し前。廊下でウリエルとすれ違ったときに、ウリエルから声をかけられそういった催しがあることを聞いていた。どちらかといえば食べるものに興味のあるラリエルはどんな食べ物があるのかがすっごく気になり、クローゼットの中に仕舞っておいたとっておきのお洋服を取り出してすぐに着替え、新しい飴を買うために貯めておいたお小遣いをお財布に流し入れ異国で開催されているという『おまつり』という催しに向かって羽を動かし飛び立った。

「わぁ……すっごい綺麗!! こんなの天界でみたことないわ!!」
 お祭り会場に到着したときにはすっかり日も落ち、あたりは薄闇に包まれていた。しかし、その薄闇に包まれているからこそ映る美しさがそこにあった。赤い紙風船みたいな明かりが等間隔で夜道を照らし、行き交う人は皆おしゃれをしていて異国というのはこうも楽しいものなのだろうかとラリエルはお祭り会場に入る前に既に興奮していた。
「あ、いけない。羽はしまっておかないといけないわね」
 興奮すると羽が飛び出てしまう癖が出ないよう、ラリエルは自分に言い聞かせながら赤く照らされた道を進んでいく。その道中、ラリエルの鼻をくすぐるいい香りがどこからともなくやってきた。
「くんくん。なんだかいい匂いがする。こっちかな」
 匂いを頼りに進んでいくと、そこは屋台がずらりと並ぶ参道から少し離れた場所だった。見たことも聞いたこともない食べ物がラリエルの食欲と知的好奇心をくすぐり、我慢ができなくなったラリエルはまず目の前に飛び込んできた「りんごあめ」という異国の字で書かれたお店に突撃した。真っ赤に熟したりんごを甘い飴でコーティングしただけのシンプルなものなのだが、その光沢は果実と宝石を組み合わせた何かにも見える。
「あの! すみません!! この赤いのください!」
「あいよ! お嬢ちゃん。おじさんとじゃんけんしないか? 勝ったらもう一個あげるよ」
 ちょっぴり強面のおじさんが嬉しそうにラリエルに勝負を挑んできた。勝てるかどうかわからないが、これもいい機会だと思ったラリエルはおじさんとじゃんけん勝負をした。
「え??? いいの?? よーし、負けないよ!! じゃんけん……ぽん!!」
 ラリエルはチョキ、おじさんはパーで見事ラリエルの勝利。相当嬉しかったのだろう。勝ったラリエルはその場でぴょんぴょんと跳ね、喜びを体全体で表していた。
「やったー! あたしの勝ち! それじゃあ、二つもらいます!!」
「そんなに喜んで貰えるとこっちもなんだか嬉しいね。毎度あり!」
 おじさんに手を振りながら別れ、ラリエルは早速りんご飴にかぶりついた。蜜がたっぷり入ったりんごの果汁と程よい甘さの飴が口の中で混ざり合い、ラリエルの顔をとろけさせた。
「んーーー!! あまくってとっても美味しい! 異国にはこんな飴もあるのね!」
 あまりの美味しさにラリエルはさっきまであった二つのりんご飴をぺろりと平らげ、次の屋台へと突撃していった。今度はりんご飴に使われていた透明の飴─水あめが気になったラリエルは早速お店の人に声をかけた。
「すみませーん! ひとつくださいな!」
「あいよ!」
 茶色くて細い棒のようなものの先端にずっしりとした透明な液体が巻き付けられていて、食べ方をお店の人に聞くと、棒と棒をぐるぐる回してよく練ってから食べると教えてもらった。
「よーし。こうやって……こう……かな?」
 上手く練ることができたラリエルは、段々楽しくなってきてしまいついつい夢中になって水あめを練っていた。そしていつの間にかラリエルの魔力が水あめに移り、ぱっと広げたときには無色透明の水あめが七色に輝いていた。
「お、お嬢ちゃん!!! なんで虹色になったんだ??」
「えへへー。これはあたしだけのおまじないってやつかなぁ? いっただきまぁっす♪」
 たくさん練った水あめは口の中でとろりと溶け、りんご飴とは違った濃厚な甘さにまたしてもラリエルの表情はとろけだした。 今まで味わったことのない飴に感動したラリエルはついに涙を流した。
「……異国に来てよかった……美味しいよぉ……」
 美味しい食べ方を教えてくれたお店の人にお礼を言い、今度は綿あめや焼きそば、フランクフルトと甘いものだけでなく自分が食べたいと思った屋台に突っ込んでいき、今までに味わったことのない異国の味にラリエルはしばし幸せに包まれていた。
 お財布が空っぽになるときと、お腹がいっぱいになるタイミングは同時だった。本当はもう少し異国の味を楽しみたいと思っていたけど……まぁ仕方ないかと諦め今度は雰囲気を楽しむことにした。
「なんか体の奥がびりびりするような……なんだろう」
 どんどんという音に導かれて向かった先には、太鼓の音に合わせて何やら輪になって踊っている会場があった。耳の奥を打つ音と体の奥に響く音は同時に鳴り、ラリエルの気持ちを高めていった。
「もーー! 異国楽しすぎでしょ!!」
 見たことのない場所に一人というのも悪くないと思ったラリエルは、見ず知らずの人たちと踊り歌い体が「参った」と言うまで楽しみ尽くしていった。いや、その前に誰かが迎えにくるのが先か……。それは誰にもわからない。叱られても構わない。今はこのときを楽しみたいとラリエルは大いに笑い異国の行事を楽しんだ。
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