時間差? にがあまフルーツプチケーキ【竜】

文字数 3,683文字

「ブライダル……だと?」
「ええ。その気分だけでも味わえるという催しがあるみたいなのですけど」
「ふん。くだらん。そんなもん、適当に廃棄しておけ」
「そう……ですか。わかりました」
 書類の山から聞こえる凛とした声に思わず縮こまる事務員。本人がいらないといえばそうなのだから仕方がないと、事務員は「ブライダルフェスタ」と書かれたチラシをくしゃくしゃに丸めて屑籠の中へと入れ退室した。
 羽ペンを走らせ、書類の山と格闘している軍師─アメリア。羊のような巻き角に、きりりとした薄桃色の眼鏡、赤い革製の鎧を身に着けている。常に軍に関することばかり考えており、それは戦うときだけでなく、戦ってくれる兵士ひとりひとりについても真剣に考えている女性軍師である。戦って傷を負ったのならそれのケアはもちろん、成功したときは一緒に喜び、失敗したときはみんなと一緒に反省し次に生かそうとする行動が評判である。
 そんな戦いのことばかりを考えているアメリアに、事務員がこっそり手に入れた「ブライダルフェスタ」と書かれたチラシをアメリアに見せたのだが……結果は惨敗。それよりも、今後の活動について提出しなくてはいけない書類と格闘をしなければならない。すらすらと走らせていたペンがふいにぴたりと止まり、アメリアは屑籠の中で縮こまっているものを取り出し広げた。
「ぶらいだる……ふぇすた……」
 くしゃくしゃになった紙を丁寧に伸ばして、そこに書かれている文字を読んでみる。そこには自分とは全くと言っていいかはわからないが、自分の知らない世界が描かれていた。真っ白なドレスに身を包み、幸せそうにブーケを持っている女性や指輪を交換して涙している男性などがあった。
「わたしに……このようなことが……」
 一度は味わってみたい。だが、わたしにはそんな世界が違いすぎる場所に足を踏み入れることなんて……考えたこともなかった。気にはなっているが足を踏み出せないでいるアメリアに、ある一文が目に留まった。
「……? 試着だけでも大歓迎です。……か」
 開催は明日から。そして明日は

休み。アメリアは険しい顔をしながら、そのチラシを懐に入れ、再び書類の山と格闘を始めた。

「試着……試着だけに来たんだ。うん」
 会場に行くまでの道、何度もそう自分に言い聞かせながら歩いているアメリア。まさか自分がドレスを着る日が来るだなんて思っていなかったというのあってか、アメリアは戦場に出るときよりも緊張していた。会場まであと数歩というところまで来たアメリアは、何度も自分に気合を入れながら会場へと赴いた。受付で名前を記入し、番号札を渡され呼ばれるまで待っていると、扉の向こうから笑顔で溢れるスタッフがアメリアの元までやってきた。
「アメリア様。大変お待たせしました。こちらへどうぞ」
「あ、あええあ。ええっと」
 アメリアがもごもごしている間に、スタッフは試着室へと案内した。そこには何着あるかわからない程のドレスがずらりと並んでいた。端から端まですべてがドレスという広い部屋にも驚きだが、その多すぎるドレスの数にも驚いているアメリアに構わずスタッフは部屋に入り、新作ドレスからトレンドのドレスまでをごそっと手に取り、アメリアに当て始めた。
「アメリア様はこのドレスもいいですけど……うーん、これも似合いますねぇ」
「ええ……ええっと」
 緊張とスタッフの勢いに負けてしまったアメリアは、スタッフのされるがまま試着に試着を重ね何度目かの試着を経て、ようやくスタッフの納得のいく一着が決まった。
「あぁ……いいですねぇ。軍師さまが輝く一着のドレス。最高です……!!」
 恍惚の表情に包まれたスタッフに何もできないでいるアメリアは、ただ小さく呼吸をするのがやっとだった。着慣れないドレスに落ち着かない気持ちを表しつつ、アメリアはスタッフに促されるまま撮影スポットに立った。そしてスタッフはごそごそと何かを取り出し、アメリアに差し出した。
「では、アメリア様にはこちらを持ってもらいます」
「えっと。何ですかこの巨大なスプーンは」
「こちらは『ファーストバイト』を模したものです。こちらを持って撮影に臨んでもらいます」
「……ふぁーすとばいと?」
 聞きなれない言葉に首を傾げるアメリアに、スタッフはにこにこ笑顔を崩さずに簡単に説明をしてくれた。なんでもファーストバイトというのは、結婚式のときに行う一種の儀式のようなもので、花嫁から花婿にケーキを差し出す、逆に花婿も花嫁にケーキを差し出すという。それぞれに意味はあるというのだが、今のアメリアの耳には届いていなかった。
「はい、ではアメリア様。はりきっていきましょう」
「ま……ままま待ってくれ。わわわわたしは、ドレスを着るだけで……」
「いやいやアメリア様。こんなに素敵に着てくださったのですもの。一枚くらい記念に撮影もしたくなりますよ」
「……いいい……一枚だけなら……」
 だんだんと恥ずかしさが込み上げたアメリアは、渋々了承しスタッフから巨大なスプーンを受け取り、その先にはカットされたケーキをのせた。
「はい、ではアメリア様。撮ります!」
「ああ……あああ」


 パシャ


 できた写真を見ると、そこにはがちがちに緊張したアメリアが写っていた。これにはスタッフも苦笑いをし、もう少し緊張感を解してくださいと無理な注文をされてしまった。その後も何度も撮影するも、アメリアの緊張は解れるどころか固くなるばかりで最高の一枚を撮影するのに時間がかかってしまった。途方に暮れ、スタッフの顔色も難色を見せ始めたとき、遠くからどこか聞き覚えのある声が聞こえてきた。
「本当にアメリア様来てるかな?」
「きっとそうよ。だって、くしゃくしゃに丸めたチラシがなくなってたんだもん」
「……っ!」
 あの声はと気が付いた時にはもう遅く、そこには昨日チラシを持ってきてくれた事務員とその連れが部屋に入っていた。まさか来るだなんて思っていなかったアメリアは今までに出したことのない声を出して驚いた。
「ひゃっ!! な……なんであなたたちがここに……?!」
「あ、やっぱり来てたんですね。アメリア様」
「え……アメリア様。すごい……きれい」
 事務員とその連れが来たことにより、恥ずかしさはあったものの少しだけ緊張が解れたのか笑みを浮かべていた。そこを狙いスタッフは何度もシャッターを切るも、中々納得のいく一枚が取れないでいた。そこで、スタッフは事務員とその連れに協力を仰いだ。事務員と連れは快く受け、アメリアに近付きあれやこれやの方法でアメリアの緊張を解そうと試みた。
「アメリア様って、こういうのに興味あったのですか?」
「べ、別に……そういうわけじゃ……」
「でも、アメリア様。とっても似合ってます。羨ましいです」
「そ……そんなの。あなただって着れば一緒よ」
「いやいや。私なんかよりアメリア様がぴったりですって」
「……」
「そうだ。アメリア様。これを持ってください」
 そういって事務員が手渡したのは、さっきスタッフから渡された巨大なスプーンだった。それを持ったアメリアはまた恥ずかしそうにしながら事務員をじろっと見た。
「わぁ、これがファーストバイトのイメージなんですね。素敵~!」
「ちょっ! ちょっと! これはデモンストレーションですからね。ご、誤解しないでください! って、なんで笑ってるんですか!! ……もう」
 恥ずかしそうに怒るアメリアを見たスタッフはすぐさまカメラを構え、連写した。その恥ずかしさと怒りの見事なバランスは今までに見たことがなかったスタッフの指は止まらなかった。いや、止めるという行為が愚行だと感じていたのだろうか。スタッフの連写はアメリアに言われるまでの五分間もの間、ずっとそのままだった。

「アメリア様。本日はブライダルフェスタ試着会にご参加いただき、誠にありがとうございました! こちらは我々スタッフからの気持ちです。受け取ってください」
 そう言われ手渡されたのは小さな包みと封筒だった。包みの可愛く包装された小粒のキャンディとクッキーがが入っていた。封筒を開いてみると、二つの紙のようなものが入っていた。一つは次回ブライダルフェスタへ参加する際の優待券だった。まさかまた自分が参加するわけと思いながら次の紙を見ると、そこには純白のドレスに身を包み、巨大なスプーンを持っている自分が映った写真だった。確かこの写真、事務員とその連れと話していた時だというのを思い出したアメリアは、少しだけ腑に落ちた。そして写っている自分を見て、小さく溜息を吐いた。
「わたし、こういうのを着てもいいんだ……」
 今までこういうものと縁がなかった自分だったが、今回は事務員がきっかけをくれたことによりこういう自分もいるんだと認識ができたアメリアは、少しだけ知らない自分を知ることができたことにつきっきりで対応してくれたスタッフに心からお礼を言った。それと、先に帰ってしまった事務員とその連れにもあとで礼を言わないとなと思いつつ、夕焼け色に染まるブライダルフェスタ会場を後にした。
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