クレープ・ド・マダム 三種のフルーツ添え【魔】

文字数 5,372文字

 頭の痛みで目が覚めた。確か、私は大通りで踊っていたはず……。なぜ頭が痛むのか、そして、目が覚めた場所は今までに見たことのないところだった。薄暗い中、頭を抱えながら歩く一人の乙女。名はシーラーザード。踊りながら物語の語り部をもこなす美しい女性だ。薄いヴェールに金色の髪、それにあわせたサークレット。歩く度に神秘的な音色が響く飾りのついた帯とアラビアンな雰囲気を漂わせている。頭の痛みが引いてきて、気持ち的にも少し落ち着いてきたころ、暗がりの中に人影が見えたシーラーザードは小さく悲鳴を上げた。もしかしたらと思い、シーラーザードはゆっくりと横たわっている影に近付いた。目が慣れてきたシーラーザードの目に飛び込んできたのは、彼女の雰囲気とは全く別の物だった。純粋な黒色の髪、それを束ねる赤いリボン。白い着物にリボンと同色の袴。話には聞いたことのある異国の着物だった。物珍しそうに眺めていると、少女は小さく唸り、目を覚ます。
「ん……こ、ここは……」
 辺りを見回す少女に、シーラーザードは柔らかい物腰で挨拶をした。少女は驚き思わず大きな声が出てしまった。それは無理もない。まだ目が慣れていないうえにまさか他の人がいるなんて中々思うことができないのだから。しかし、少女が落ち着きを取り戻すのにはそう時間はかからなかった。それは、シーラーザードの口調なのかはわからないが。
「す、すみません。取り乱してしまって……あたしは風花といいます。巫女の見習いをしています」
「風花ちゃん……いい名前ね。私はシーラーザードっていうの。よろしくね」
 簡単に自己紹介をし、シーラーザードはわかる範囲で風花に事情を話した。すると、風花も同じようなとき、急にめまいがやってきて気が付いたらここにいたという。なにか共通点があるのだろうか。
「ところで、そのお洋服。素敵ね」
「あ、ありがとうございます。シーラーザードさんのお召し物も素敵です」
「あら、嬉しいわ。うふふ」
 互いの着ているものを見ていると、暗闇の奥からまた別の声が聞こえた。心配しているようにも聞こえるが、所々いら立っているようにも聞こえる不思議な声だった。
「あちらで声が聞こえますね。いってみましょう」
「ええ」
 二人は声のする方へと走ると、そこにはシーラーザードと似た衣装に身を包んだ女性がいた。ただ、シーラーザードと違うところは、髪色や手に持っているもの。髪色は透き通った海のように青く、瞳も同様に澄んだ青色をしていた。手には神秘的な短剣を握っていた。
「あら、初めてお目にかかる方ね」
「あ、初めまして。あたし、風花と申します」
「シーラーザードですわ」
「ご丁寧にありがとうございます。私はモルジアナっていいます。早速で申し訳ないんですが……このくらいの男の子を見ませんでしたか?」
 モルジアナが自分と同じくらいの背丈を示すが、二人は首を横に振る。それを見たモルジアナはがっかりした様子でへこんでいた。
「なぁんだ……いないのか……って、ここ、どこですか?」
「それが、私たちもさっぱりなんです」
「気が付いたらここにいたんです。ここはどこなのでしょう……」
 三人が不安に包まれているとき、真上から照明がぱっと点き視界が一瞬白く染まる。それを合図に次々と照明が付いていき、いつの間にか視界は眩しい光で溢れていた。
「な……なになになに?」
 怯えるモルジアナがキョロキョロしていると、白いタキシードを着た人物を発見した。ぱっと表情が明るくなったモルジアナはその人物に声をかけると、その人物は振り返る。真っ赤は肌、黒い髪は整髪剤で丁寧に整えられ、胸元が大きく空いたジャケットを着た主。
「レディーッスエーンッドジェントルメンッ!! ようこそおいでくださいましたぁ」
 赤肌の人物は恍惚な表情を浮かべながら叫んだ。狼狽える三人をよそに、赤肌の人物は叫び続ける。
「本日はぁ、素敵なダンスパーティーにご参加いただきありがとうゴザイマァス!! あ、申し遅れました。ワタクシ、このパーティーの司会を務めますジョヴァンニと申しまス!」

 ダンスパーティー? ジョヴァンニ??

 聞きなれない言葉に更に混乱する三人。風花に至っては心ここにあらずの状態だった。それを知ってか知らずか、ジョヴァンニは指を鳴らす。すると、ジョヴァンニが立っている後方に新しく照明が二つ点く。そこにはほかにも計六人の人物が立っていた。その人物たちも一体なにがなんだかわからない様子で狼狽えている。
「さぁて、今宵のダンスパーティーを彩る参加者をご紹介シマァス!」
まず照らされたのは、夜をイメージさせる参加者たちだった。順番にリイア、呉葉、そしてマダム・デヴィ。次は情熱的な赤をイメージさせる参加者たち。順番にフレムレリア、ナウラ、ルイーテ。最後にシーラーザードたちの合計九人の参加者が集まった謎のダンスパーティー。さてどうしたものかと考えていると、ジョヴァンニは更に指を鳴らした。すると、ジョヴァンニの前にせり出した装置。彼曰く、舞台だった。ここでそれぞれ得意な踊りを披露してもらい、素敵なダンスを披露したメンバーに投票し優勝者を決めるというものだった。段々と理解が追い付いてきた人物が首を小刻みに動かし、なるほどねと呟いた。
「では、皆さんの情熱に溢れたダンスを期待してイマァス!」

 最初に踊ることになったシーラーザードたち。恐る恐るステージに立つと、目下で見ている他の参加者の視線が突き刺さる感じがした。緊張で足が震えている風花にモルジアナとシーラーザードが優しく励ますと、こくりと頷く。大きく息を吐き、真ん中に風花、両端にモルジアナとシーラーザードが立つ。最初は風花が神楽という舞踊を披露する。鈴のついた杖を鳴らしながら踊る様はまるで神様がここに降り立つのではないかと錯覚するくらいに美しかった。舞う姿に誰もが見惚れていると、入れ替わるようにモルジアナとシーラーザードが前へと出る。モルジアナは剣を使い戦舞踊(バトルダンス)、シーラーザードは戦っているときの興奮を想像できる語りをしながら舞う。モルジアナの激しいダンスにシーラーザードの語りがマッチし、会場はわっと歓声があがった。参加者たちも難しい顔をしながらもダンスが終わると盛大に拍手を送っていた。
「素敵な異国ダンス、ありがとうゴザイマァス! さぁて次は……情熱的な赤色のダンスを所望いたしマァス!」
 そうして照らされたのは、情熱的な赤色が特徴的な三人だった。三人はステージに立ち準備をする。曲が始まると最初に踊ったのはナウラとルイーテだった。ナウラは炎を宿しながらジャグリングをするファイヤーダンスを得意とし、ルイーテはその曲に合わせてステップを踏むのを得意とする。楽しそうにステップを踏むルイーテに満面の笑顔でジャグリングをするナウラ。似ているようで似ていないがちょっと不思議な感覚に観客は総立ちし手拍子を送る。手拍子が大きくなるにつれてルイーテのステップ、ナウラのジャグリングも大きく変化する。そして、二人がびしっとポーズを決めて背後から上品にあいさつをしながらフレムレリアが現れる。さっきまでの激しいダンスとは一変、まるで社交ダンスをしているかのような優雅さがあった。しかし、一般的な社交ダンスと明らかに違うのは、フレムレリアが舞う度にドレスの裾からも炎が舞うというところ。舞う度に別のものも舞うという新鮮さに会場は静かに盛り上がる。
「我が舞い、お見せします」
 最初はとても上品な舞から始まり、次第に激しくなっていく。炎もそれにあわせて激しくなり会場が火事になってしまうのではないかと思うくらい。客席最前線の客は炎が舞う度に何度も火傷に見舞われたが、それをも上回る興奮には抗えなかった。
「……お粗末様でございました」
 ドレスの裾を小さく持ちあげながら頭を下げ、終演を告げる。会場が一瞬静まり返りその後わぁと歓声が上がると、フレムレリアは微笑みながら退場。
「まさに燃えるような情熱的なダンスでしたネェ! さぁ、最後を飾るはこの三人デェス!」
 ステージにはリイア、呉葉、そしてマダム・デヴィが準備をしていた。リイアは既に踊りたくてうずうずしているのか終始落ち着かなく、呉葉は辺りをキョロキョロ、マダム・デヴィは退屈そうに大きな扇を仰いでいる。
「さぁ、私の踊りを見て……うふふ」
 もう我慢ができなくなったのか、リイアが最初に踊りだす。特に特別なことをしているわけではないのだが、リイアがステップを踏んだ後には奇怪な模様が浮かんでいた。不思議に思った呉葉が触れると、そこから亡者の手が伸びてきて誰かを引きずり込もうと空を切る。怖さが勝ってしまった呉葉はその場から退場し、ステージには夢中で踊っているリイアとマダム・デヴィの二人だけだった。
「情熱的な踊りは嫌いかしら?」
 客席に流し目を送ると、一人の観客から拍手そしてそれが二人三人四人と連鎖的に拍手が起こり最終的には観客全員の拍手が鳴り響いた。それに気を良くしたリイアは更に過激なステップを踏み、踊る。亡者で溢れそうになるステージにマダム・デヴィの扇がそれを制した。
「なぁにあなた。その品のない踊りは……見てて退屈ですのよ」
「あら、あなたの好みではなかったのね」
「……品格無き力は無価値。わたくしが教えて差し上げるわ」
 マダム・デヴィは帽子の鍔を持ち、そのままお辞儀をする。そして、フレムレリアとは違う社交ダンスを始めた。
「ちょっとさっきのあなた。ちょっとこっちにいらしてくれませんこと?」
 名前を忘れてしまったマダム・デヴィはフレムレリアを指さし、ステージに立つように指示をする。貴族なりの立ち振る舞いは似ている部分もあるが、どこか少し違っている。そんな二人が対峙しステージを占領する。
「あなた、こうして……こう踊ってくださるかしら」
「畏まりました。貴婦人」
 マダム・デヴィから指示を受けたフレムレリアは恭しく頭を下げ、指示を理解する。二人は手を取りワルツのリズムでステップを踏む。
「アン・ドゥ・トロワ」
「アン・ドゥ・トロワ」
 フレムレリアは炎に対し、マダム・デヴィのドレスからは漆黒の闇が舞う。二つが混じり合い怪しげな炎となり会場を沸かせる。
「オォーット! これはナイスアイディアッ!」
 ジョヴァンニも今までに見たことのないダンスに思わず興奮する。マイクで拡張された声をも上回る歓声に、すっかり興が冷めてしまったリイアは何も言わずにどこかへ行ってしまった。
「フィナーレです」
 最後にポーズを決めると、今までにない歓声が巻き起こり会場は熱狂と興奮で包まれた。
「ありがとう。おかげで楽しく踊ることができたわ」
「こちらこそ貴婦人。お会いできて光栄です」
 二人は上品にお辞儀を交わし、ステージから退場をする。二人が退場したあともしばらく歓声や拍手は鳴りやまなかった。

「皆さん。お待たせしまシタ。ダンスパーティーの最優秀賞が決まりマシタ」
 ジョヴァンニの声が会場に響き渡る。参加者はいつの間にか一つのグループと化し、それぞれがコミュニティーを形成していた。そして仲良くなったみんなとその結果アナウンスに耳を傾けた。
「今回のダンスパーティーの最優秀賞は……全員デェス!」
 全員と言われ、戸惑っていたがじわじわと理解していくとみんな一斉に喜び、飛び跳ねた。マダム・デヴィ、フレムレリアはそれを静観していた。
「あなたちょっと。全員ですってよ」
「……中途半端ですわね」
 悪いことではないのだが、白黒はっきりつかないことに納得のいかない二人は腹の中が少し揺れた。
「さて、優勝賞品は……ワタクシの花嫁になる権利をさしあげマァス」

ピタッ

 たった一言。その一言だけで参加者を凍り付かせるには十分だった。喜んだのもつかの間、歓喜に満ちた顔から滝のような汗が流れ始めた。ある二人を除いて……。
「いやぁ、素敵なダンスパーティーでしたネェ! さぁ、遠慮することはありません!ワタクシの胸にドーンと……」
「お邪魔するわよ」
「失礼いたしますわ」
 黒と赤の貴婦人がジョヴァンニの前に立ちはだかる。ジョヴァンニはなんでしょうと伺うと先に口を開いたのは黒の貴婦人だった。
「あなた、本気で仰ってるの?」
 次いで赤の貴婦人。
「さっさと元の世界へと返しなさい。さもなければ……」

 ボッ
「ちぇーんじ」

 赤の貴婦人からは炎、黒の貴婦人は扇を大きく振りながら怪しい光に包まれた。光がなくなり、さっきまでの貴婦人姿ではなく少女が身に着けるような装いへと変身した。その手には鋭く研がれた鎌を持ち、先端にはドクロのアクセサリーが……喋った。
「呼んだかアズ……って違うぅううっ!!」
「ガイコツさん、力を貸してもらうわよ」
「おい……ちょっとぉ……いぃいやぁあああぁぁあ!」
「ノオオオオオゥ」
「……脆いですわね」

 赤と黒の貴婦人からこれでもかというくらいに折檻を受けたジョヴァンニは、力を振り絞り指を鳴らした。すると、参加者一同が光に包まれそれぞれの世界へと帰す乗り物へと化す。二人の貴婦人は満足したのかお互い微笑み合いながら会釈。顔を上げるときにはもう既に乗り物は発車していた。

 そのころ、ジョヴァンニは観客から更なる折檻を受けていた。
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