硬筆用やわらか下敷き風ミックスクレープ【竜】

文字数 3,344文字

「……暇だな」
 玉座に頬杖をつきながら皇帝シエ・スーミンが呟いた。以前は皇帝を巡る争いや揉め事で散々だたのが嘘のよう、今では平和となりこれといった揉め事もなく穏やかな日々を送っている。
 だが、そんな穏やかな日が続くと今までの争いが時々思い出され体を動かしたくなる欲求に駆られてしまう。その欲求を城内にある訓練場で発散するも、どこか物足りなさを感じてしまっていた。平和であることはもちろん良いことなのだが、なぜかそれが悲しいと感じてしまっているシエ・スーミン。どうしたものかと考えていると、扉を叩く音が聞こえた。軽く声を出して反応すると、手にはいくつかの手紙の束を抱えた侍女がやってきた。
「スーミン様。お手紙がございましたので、配達に伺いました」
「ご苦労」
 そういって侍女から手紙の束を受け取ると、その束の中から見慣れない文字が見え手を止めた。いつもなら見慣れている字の手紙ばかりだというのに、今日に限ってそうではなかった。丁寧に書かれている文字、蝋できちんと封をされた手紙は後回しにしまずは見慣れた文字の手紙から処理をすることにした。比較的簡単にサインができるものばかりだったので、シエ・スーミンは手早く処理を済ませたあと、見慣れない字で書かれた手紙の封を切り中を開いた。すると、そこにはこれまた丁寧な字で「教員募集」と書かれていた。
「教員とな……?」
 目を通すと、人間が住む世界にある「学園」という学び舎での教職員が不足しているという事態らしい。そこで、この手紙を受け取った人物に教職員になってはくれないだろうかというお願いが書かれていた。もちろん、断ることも可能だし見なかったことにすることも可能。最後まで読み終えたシエ・スーミンは小さく唸りながら侍女に尋ねた。
「私がいない間、お前がここを仕切ることは可能か?」
「……わたしなんかでよろしいのでしょうか?」
「ああ。私の仕事内容を一番把握しているのはお前だからな。なに、そんな長期間いるわけではないと思うから安心しろ」
「わかりました。でしたら、任されます」
「悪いな。この職員というのに少し気になってしまってな」
「スーミン様ならきっと素敵な先生になれると思いますよ」
「まぁ、できるだけはやってみるさ」
 少し恥ずかしそうに手を振り、シエ・スーミンは玉座を後にし自室へと向かった。最低限必要なものを持参し、手紙に書かれている場所へと歩いた。

 人間界に降り立ったシエ・スーミン。見慣れない建物や植物に驚きながら学園と呼ばれる建物に近付く。黒くて横に動くものの隙間を通り、学園の中に入ると学園内にある大きな広場のような場所では様々な種族の生徒が楽しそうに遊んでいる。人間をはじめ、シエ・スーミンと同じ半竜半人や魔族などが心から楽しんでいる様子を見てふっと頬を緩めた。しばらく道なりに歩いていくと下駄箱がある広間へと入った。そこでどうしたものかと考えていると、下駄箱の脇にあるガラス戸からひょこっと顔を出した男性が声をかけた。
「なにかお困りですか?」
 突然の声に思わず「ひゃっ!」と声を漏らすシエ・スーミン。だが幸いなことにその悲鳴は男性には聞かれていないようでほっと胸を撫でおろした。
「あ、ああ。教員募集という手紙が届きまして……その……」
「ああ。あの手紙ですね。ちょっと待っててください」
 手紙が届いたとだけしか言っていないのだが、それだけで事情を把握した男性は奥から何かを取りに行った。手に何枚かの書類を持ったまま戻ってくると、いくつかの箇所に丸をつけていった。
「記入してもらいたい箇所に印をつけたので、お願いできますか?」
「あ、ああ。わかった」
 いわれるがまま記入をしていくシエ・スーミン。途中、迷う部分もあったがなんとか全部記入することができ、その用紙を男性に手渡すと男性は嬉しそうに微笑みながら一枚のクリアファイルを手渡した。
「では、これを持って職員室へ向かってください。遅れましたが、ようこそオセロニア学園へ」
「あ、ああ。ありがとう。世話になる」
 どきどきしながらシエ・スーミンはメモに書かれた職員室へと向かった。見慣れない建物に緊張感を巡らせていると、どこからか威勢のいい声が聞こえた。職員室とは少し離れた場所からだが、どうもその声が気になったシエ・スーミンはその声のする方へと向かった。すると、そこにはなにやら被り物をかぶり剣のようなものを振っている生徒がいた。
「一本!」
「「ありがとうございました」」
 まるで自分の国で行っている模擬戦闘と似ていて、シエ・スーミンは胸の奥で何かがざわついた。でも、今は職員室に……と葛藤を行っていると体は自然にその模擬戦闘を行っている建物に入っていた。そこでも色々な種族の生徒たちが見るからに軽そうな剣のようなものを振りかざして戦っていた。
「これは……模擬戦闘を行っているのか」
「模擬……? ここは剣道の道場です」
「剣……道? お前たちがしている模擬戦闘のことか?」
「えーっと……先生はここが初めてですか?」
「?」
 立ち振る舞いからして先生と判断した生徒だが、当の本人も訳が分からないでいた。お互いがわからないことが多いので順番に説明をしていくと互いに納得し、ようやく意見が合致した。
「なるほど。お前たちはここで次の模擬戦闘に備えて戦っているということだな」
「概ねその解釈で合ってます。だけど、模擬戦闘という程の規模ではないですけどね」
「そうなのか。ここで戦っている皆、気迫が凄まじいぞ?」
「そ……そうですか? お恥ずかしい話ですが、ぼくたちの部活は順位は下から数えた方が早いんです……」
「……なら、このシエ・スーミンに任せろ」
「え? せ、先生がですか?」
「こう見えて剣の腕には覚えがある。私が指導してもよいか?」
「も……もちろん。ですが、いいのですか??」
「構わん。そのつもりで来たのだから。職員室にはあとでの報告でも構わんか?」
「あ、はい。ぼくからも事情を説明しておきますので……」
「なら決まりだ。私にもその『竹刀』という剣を貸してくれるか?」
 そういい、生徒の一人から竹刀を受け取ったシエ・スーミンは普段自分が使っている剣よりも遥かに軽い剣に驚きの声をあげた。
「こんなに軽い剣を使っているのか……だが、真剣だと部活動というものではなくなるか……」
 ひょいと片手で竹刀を操る姿を見た生徒たちは皆驚き、声をあげた。そしてある程度竹刀の使い方を理解したシエ・スーミンは独自の方法で生徒たちに稽古を始めた。
「では、今日から剣道部の顧問を務める(予定の)シエ・スーミンと言う。よろしく」
「よろしくおねがいします」
 部員の気持ちの良い挨拶にシエ・スーミンの背筋はぴんとなり、右手に持った竹刀を部員たちに向け稽古メニューを発表した。そして必ずや次の模擬戦闘では成果を出すことを約束した。その約束に思わず喜んだ部員たちはすぐに気合を入れなおし「ご指導お願いします」と口をそろえていった。
(ああ。これかもしれない。私が自分の国に足りなかったものは……)
 こうしてオセロニア学園剣道部顧問として赴任してすぐ、激しい稽古をつきつけた。今まで実力不足だったオセロニア学園剣道部は着々と実力をつけていき、下から数えた方が早かったという結果を数か月で逆転し、上から数えた方が早いという順位にまで成長した。それはひとえに、シエ・スーミンの指導のせいもあるが、やる気に漲った部員たち一人ひとりのおかげだと感じていた。
(私の国の皆は稽古なぞ付けなくても強いものばかりだ。だから、別に教える必要もないのだが、こいつらは違う。皆が皆を励ましあい競い合うことで成長していく姿がとてもわかりやすい。それを教えるためにきたのだが……これは大正解だったな)
 何気なくやってきた教員募集だったが、思わず発見にシエ・スーミンは妙にしっくりするものを感じ、一人頷いていた。強い部員が出れば皆がそれに続こうと食らいつき、実力をつけていきそれを見たほかの部員がまた食らいつきを繰り返していく様が続くよう、シエ・スーミンは自分自身が経験したことを部員たちに味わって欲しくないという思いを込め、今日も教鞭代わりに竹刀を振るい猛き怒声を道場に轟かせた。
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