朧氷【竜】

文字数 3,405文字

「いやぁ、参ったな。まさかこんな雨に降られるとは」
 長身痩躯の男性が駆け足で雨宿りのため、とある店の屋根下でぼやいた。金色の髪に尖った耳、白をメインとした浴衣に身を包み、肩には小さな翼竜─アルとビレオをが「参った」とばかりに体をぶるぶると振るい、自身についた水滴を飛ばしていた。
 ほんの数十分前。長身痩躯の男性─デネヴは、普段とは少し違った気分を味わってみたいというなんともざっくりとした思いでこの辺りをぶらぶらしていた。自分がいた国とはだいぶ違いがあることに最初は戸惑っていたものの、散策をしているとその気持ちより好奇心が勝っていた。見たことのない建物や食べ物、文化に触れていく度にデネヴの声はだんだんと大きくなり、楽しくなってきたデネヴは着ているものも変えたいと言い出し、その気になったデネヴはこの町に住んでいる人たちと同じような衣服を貸してくれるという店があると聞き、早速その店に顔を出した。
「すみません。ちょっとお尋ねしたいのですが」
「はい。どういたしましたか」
 背筋をぴんと伸ばした女性がデネヴの要件を伺うと、女性は迷いなく「可能ですよ」と笑顔で答えた。まさか本当にできると思っていなかったデネヴはぱっと顔を明るくさせて衣装を貸してもらうための手続きを行った。
 手続きは滞りなく進み、最後はデネヴのサインをして完了だった。書類を受け取った女性はその書類を片手にデネヴに店内に入るよう促した。履き物をぬいであがるという文化がないデネヴの国では、これもまた貴重な経験になった。
「では、お好きな着物をお選びください」
「おお……すごい数あるんだな」
 ずらりと並んだ衣装の数に圧倒されるデネヴ。どういったものにしようかと悩んでいると、ふと目に留まる色使いの衣装を手に取った。それは、普段デネヴが来ている衣服と色使いが似たものだった。主に白色を使っており、裾の一部に赤と金色の刺繍を施してあるというシンプルでありながらどこか「着てみたい」という思いになったデネヴが、その衣装と同じ色使いの帯を選び女性にお願いした。

 着付けが終わり、小物入れと傘を受け取り最後に「下駄」というこの国では広く使われている履物を履き、準備完了。普段はブーツに近い靴を履いていることが多いためか、履き心地に慣れるまで時間がかかりそうだと思ったデネヴは、ゆっくりじっくりと慣れていくついでに散策を再開させた。
「おお。これは中々いいものだな」
 「浴衣」と呼ばれる着物をいたく気に入ったデネヴは嬉しくなり、袖や裾を何度もひらひらさせて遊んでいた。その様子を双子の翼竜─アルとビレオは首を傾げながら見ていた。そんな様子のデネブがしばらく続き、ようやく落ち着きを取り戻したデネヴの頭に何かがぽつんと落ちた。
「ん? なんだ?」
 はじめは気のせいだろうと思っていたのだが、それは間隔を狭めながらデネヴの頭やアルとビレオの翼にぽつぽつからぼつぼつと音を立てながら降り始めた。にわか雨だ。
「うわ。突然の雨か。アル、ビレオ。こっちに」
 デネヴの一言に双子の翼竜はデネヴの肩に止まった。すっかり本降りになりだす頃、どこかのお店の屋根下に避難することができた。
「やれやれ。これじゃあしばらく身動きがとれないな」
 デネヴは袖の下に手を入れ難色を示していると、デネヴから見てやや斜め奥に大きな暖簾が揺れているのが見て取れた。こんな遠くからでも見える暖簾には何が書いてあるのか気になったデネヴは屋根伝いに移動を始めた。裾を濡らしながら進んでいくと、そこには大きな文字で「氷」と書かれていた。しかし、デネヴにはなんて書いてあるかはわからないため、とりあえず中に入って確認してみることにした。
「すみません」
「いらっしゃいませ」
「あのー、こちらのお店はどういったものを……」
「当店はかき氷専門店でございます。雨宿りだと思って、どうぞ店内でお休みください」
「あ、はぁ。あの、ペット……も一緒なのですが」
「かまいませんよ。さ、雨がひどくなる前に」
「あ、ありがとうございます。アル、ビレオ」
 お店の人に促されるがまま店内に入ると、外はもわっと湿気を含んでいたのに対し店内はひんやりと涼しく快適だった。天井は高く、古木の香りがなんとも心地よい広い店内にはたくさんの人で賑わっていた。本を読んでいる人や、友達と談笑していたり何か作業をしていたりと様々だった。呆気に取られていると、店員は小冊子をぱらぱらとめくりデネヴに見せた。それは手描きのかき氷の品書きだった。
「よければ少し休まれてはどうですか」
 窓から外の様子を見ても、どうも止みそうになり雨にデネヴはせっかくだし雨宿りがてら休憩でもしようと品書きを見てみた。どれも手描きとは思えないくらい丁寧に描かれたそれは、特徴を捉えていてとてもわかりやすかった。
「この完熟ぶどうのかき氷……をいいかな」
 大きな紫色の粒がかき氷の上に飾られているのに興味を抱いたデネヴは、指をさしてかき氷を注文した。ほかにもいくつか気になるものもあったが、一番はこのぶどうのかき氷だった。
「かしこまりました。では、お好きな席でお待ちください。ご用意ができましたらお持ちします」
 「3」と書かれたカードを受け取ったデネヴは空いている席を探すため、店内を歩き始めた。テーブルとテーブルの間も広くとられていて、とても歩きやすくお互いに過ごしやすい空間だと思った。あちこちに視線を巡らせていると、丁度窓際席が空いているのを見つけ席を決めた。丁度良い高さのすだれ、窓から見える絵画的な庭が気に入ったデネヴは時を忘れしばらくじっと見つめていた。
「お待たせしました。完熟ぶどうのかき氷、お持ちいたしました」
 店員の声にはっとしたデネヴは、かき氷を受け取るとさっそく子供のように弾んだ声を出して喜んだ。
「すごいなぁ! アル、ビルン、みてごらん!」
 ごろごろと大粒のぶどうを双子の翼竜に見せている姿は、喜びを分かち合いたいという純粋な気持ちに溢れていた。大きなぶどうの粒を見た双子の翼竜はピィピィと鳴き始めた。「ぼくにとちょうだい」「ぼくがさきだ」とばかりに言い合っているように互いの翼竜が主張しあっていた。
「まぁまぁ、そう喧嘩しなさんな。ほら」
 かき氷にのった大粒のぶどうの内、一つをアルに、もう一つをビルンに分け与えると双子の翼竜はそれを美味しそうに頬張った。美味しそうに食べている様子を見て安心したデネヴは、今度は自分が食べる番となり、銀色の匙でかき氷を掬った。ふわふわの氷にこれでもかとかけられたぶどうのシロップを絡ませながら一口。氷の冷たさとぶどうの酸味と甘みが一体となりデネヴの口の中で軽快に笑った。
「さっぱりとしててとても美味いな。どれ、もうひと口」
 ほろほろと崩れるかき氷を掬い一口。また掬って一口と食べていると、突然頭がキーンとした痛みに襲われデネヴは頭を抑えながら固まった。
「……っ!!」
 なんとも言えない痛みに耐え、また一口と進めていくとあっという間にかき氷はなくなってしまった。たった数分の出来事ではあったが、なんだか充実したなぁと感じたデネヴは両手を合わせて「ごちそうさま」と挨拶をした。それと同時にアルとビレオも大きなぶどうの粒を食べ終えており、満足そうに「ピィ」と鳴いた。
「アルとビルンもごちそうさまかな」
 双子の翼竜を肩に乗せ、デネヴが支払を行うためカウンターへ行く道中、店内から外を見るとさっきまで降り続いていた雨もすっかり上がり、うっすらではあるが晴れ間が見えていた。
「お、これはいいタイミングだったのでは」
 会計を済ませ、店外へ出ると湿気もどこかへいってしまったかのようにどこか爽やかな空気だった。風も穏やかに吹いており、もわっとしていた空気はどこへやらといった気持だった。雨粒が付いている草花を見ながらデネヴは散策を再開させる。自国ではしなかったことばかりを今、こうしているということにデネヴは非常に感慨深く思っていた。それは今着ているこの衣装のおかげなのかそれとも……?
「よし、アル、ビルン。散策を再開させようか」
 嬉しそうに宙を泳ぐ双子の翼竜は、デネヴから少し離れたとこまで飛翔しその嬉しさを体で表現していた。
「こらこら。そんな遠くに行くな」
 口ではそう言ってはいるが、言っている本人はどこか嬉しそうに双子の翼竜を追いかけていた。
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