龍猛華柑【竜】

文字数 3,318文字

「はぁ……お祭り楽しかったねぇ」
「おみくじに型抜き、綿あめにりんご飴。やきそばに焼きトウモロコシ……美味しかったぁ」
「お前、食いすぎだろう。明日の稽古に響かせるなよ」
「あっはっは。みんな、楽しんでもらえてよかったよ」
 祭囃子を背に響かせながら、竜人の四人が歩いている。満足そうに天を仰いでいる赤毛の少年─龍麗(ロンレイ)、屋台で食べたものを思い出しながら歩いている緑色のショートヘアーの香蘭(コウラン)、黄金色に輝く髪に尖った耳と目つき、更には角が特徴の唐龍(タンロン)。そして、三人の師匠である穏やかな目元、ゆったりとした胴着に身を包み長い黒髪を揺らしながらで笑っているヌンチャクの達人、聞道(ブンドウ)。
 聞道のカンフー教室の近くでお祭りがあるということで、稽古の終わりに残った三人で祭りを楽しもうということになったのだが、当初は唐龍は乗り気ではなかったのだがお祭りが気になって仕方ない龍麗と香蘭に半ば引きずられるように連れていかれた。その様子を聞道は笑いながら見ていた。

「ねぇ龍麗! 美味しそうなものがいーっぱい!」
「本当だ。どれから食べようか……って、香蘭、一人で行くなー」
「……ったく。どんなものか着いてきてみれば」
 腕組みをしながらつまらなさそうに屋台を睨んでいる唐龍、鳥居の先へと一人走っていった香蘭。どうしたらいいか迷っている龍麗は、(とりあえず)唐龍の袖を掴み鳥居の中へと向かっていった。
「おいっ。龍麗。袖を掴むな!」
「仕方ないだろ。香蘭を一人で放っておくわけにはいかないんだから」
「だからって……ったく。離せ」
 袖を振り、龍麗の手を勢いで離すと唐龍は仕方ないといわんばかりの顔のまま龍麗の後ろをついて歩いた。その間も、龍麗は香蘭がどこにいるか辺りをきょろきょろしながら進んでいった。しばらく屋台の間を歩いていると、どこからか聞き覚えのある声が聞こえた。その声を頼りに進んでいくと、両手を大きく振りながら「こっちこっち」と二人を迎えるように香蘭が立っていた。
「もう香蘭ったら、一人で先に行くなよ。こんなにたくさんの人のなか、探すの大変なんだから」
「えへへ。我慢できなくなっちゃって」
「ったく、ガキじゃねぇんだからそのくらいは我慢しろ」
「みんな、香蘭は見つけられたようだね」
 香蘭と合流してすぐ、後ろから師匠である聞道がひょこっと顔を出した。師匠の顔を見た香蘭はにこっと笑いながら、龍麗は苦笑いしながら、唐龍はそっぽを向きながら頷いた。
「よし。今日は沢山楽しんでいこうか。好きなもの、なんでも言うといい」
 聞道の言葉にきらきらと顔を輝かせた香蘭は、歓喜の声をあげながら屋台の中へと飛び込んでいった。それを追う龍麗はやれやれと言わんばかりに肩をすくませながら香蘭を追いかけた。残った聞道と唐龍はしばらくしてから、二人の後を追いかけた。
 射的で悔しそうにしている唐龍、はしゃぐ香蘭。金魚を慣れた手つきで掬っている龍麗、すぐにポイをダメにしてしまう香蘭。いくら話かけても一切反応することなく、恐るべき集中力で型抜きをしていく唐龍に対し、龍麗と香蘭はあえなく失敗に終わった。お代は全て聞道が支払い、三人は沢山の遊戯で遊びつくした。

 三人が満足したころを見計らい、道場へと戻ろうと提案した聞道。三人は少し名残惜しそうにしながらも素直に従った。あともう少しで道場に着くというとき、香蘭が口を開いた。
「あぁ、夏ももう終わりか」
 夏の終わり。それは長い休みの終わりでもあった。ほとんどを道場での稽古で過ごしていた三人は、また別の意味で終わりを感じていた。それは、また離れ離れになってしまうということ。そのことに気が付いてしまった龍麗は、言葉に詰まりながらも「で、でも。また来年……会えるよね」と言い、香蘭も言い出してしまったことを後悔しながら「そ、そうだよね」と答えた。しかし、唐龍だけは違った。
「おれは……もうここには戻らねぇ。さらに力をつける旅に出るって決めたんだ」
 まさかの答えに二人は固まってしまった。同じ道場で過ごしてきた仲間が巣立とうとしている。それは喜ばしいことではあるのだが、なんだかとてもさみしい気持ちにも襲われた。
「まぁまぁ。そんなしんみりしないで。最後にとっておきがあるから、それをみんなで楽しもうじゃないか」
 湿っぽい空気を一掃するかのように大きく手をパンと叩くと、聞道は一人道場の中へ何かを探しに入っていった。その間、三人は何とも言えないギクシャクした雰囲気に包まれていた。
「唐龍……」
 沈黙を破ったのは龍麗だった。年齢も少しだけ上の唐龍のことを兄のように慕っていた龍麗は、涙を必死に堪えながら一言。
「……龍。……りがと……」
「……ふん」
 絞りだした声を唐龍は冷やかすこともなく、ただ静かに聞いた。そして今度は香蘭が口を開こうとしたとき、ちょうどタイミングよく聞道が道場から出てきた。
「いやぁあ、お待たせ。探すのに時間かかってごめんよ。おや、二人はなんで泣いてるんだい」
「……」
 誰も答えないことに気まずさを感じた聞道は、早速道場から持ってきたものを広げた。色とりどりの包みに先端が燃えやすいひらひらがついていた。香蘭は不思議そうに一本持ち振ってみた。しかし何も起きないことを聞道に聞くと、聞道は袖から火打石を取り出した。
「それはこうやって遊ぶんだよ」
 香蘭が持っている包みの先端に火打石を打つと、小さな火花とともに包みに引火した。そして次の瞬間、緑色の火花が噴水のように噴出した。
「うわぁ! きれい! ほら、龍麗もやってみな!」
 ごしごしと目元を擦りながら、龍麗も一歩持ち聞道に火をつけてもらうと今度は赤色の火花が噴出した。
「わぁ……すごいきれい!」
 さっきまで泣きじゃくってた顔が一気に笑顔に変わり、二人ははしゃぎだした。火が消えてしまった包みを聞道が用意してくれた水を張ったバケツの中に入れ、新しい包みに手を伸ばす。噴出するものだったり、じっくりぱちぱち燃えるものだったりと様々な光り方に二人はずっとはしゃいでいた。その二人をじっと見つめる唐龍の顔は少し大人びて見えた。
「ほら、二人と一緒に遊んでおいで」
「なっ……おれはそんな……」
「明日、二人の顔を見ないで出るつもりだったんだろ」
「……っ!!」
「だったら、今だけ二人と一緒に遊んでやってくれないか。見てごらんよ、あんなに心から笑ってる二人を」
「……」
 稽古のときとはまた違う笑顔で遊んでいる二人の顔を見た唐龍。心から楽しそうに笑っている二人の顔を見るのは、もしかしたらこれが最後かもしれない……そんな思いがよぎった唐龍ははしゃぐ二人に近付き、包みを両手に持ち聞道に着火をお願いすると、持ったまま鮮やかな演舞を披露した。鋭くもしなやかな唐龍の演舞が、火花と合わさりさらに美しく夜空に儚い花を咲かせた。
「うわぁ……」
「きれい……」
 二人はすっかり唐龍の演舞に夢中になり、口をぽかんと開けたまま静かに魅入っていた。その演舞は二人に向けた感謝の気持ちなのかもしれないなと一人、聞道は納得していた。やがて包みから火が出なくなるのと同時に唐龍の演舞もちょうど終わり、まるで一つの演目が終了したかのような静けさがやってきた。微動だにしない唐龍に二人ははっとし、思い切り拍手を送った。
「うわぁ……すごいきれいだったー!」
「すごい……」
「……ふん。まぁ、こんなもんだろ」
「いやぁ、いいもの見せてもらったよ。唐龍」
 緩やかな拍手を送る聞道に背を向け、一人空を仰ぐ唐龍。二人はというと昼間の稽古の疲れが出たのか揃って大きな欠伸をしながら道場の中へ入っていった。その後ろ姿を無言で見送る唐龍は、体を解し最低限の荷物と愛用のトンファーを持ち、道場に背を向けた。
「もう行くのかい。きちんと挨拶してからでも遅くないと思うけど」
「……しなくて十分だ」
「そうかい。ここは君の家でもあるからね、いつでも帰っておいで」
「……気が向いたらな」
 素っ気なく答えた唐龍の背中を静かに見送る聞道。前に見たときは小さかった背中が、いつの間にか大人のように頼もしくみえたのはきっと気のせいではなかった。
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