甘さと塩気のコラボレーション♡塩バニラアイスクリーム

文字数 4,935文字

「ちょっとベルゼ、早く来なさいよ!」
「大きな声出すな。恥ずかしい」
「いいじゃない。今は人が多くないんだしさ」
 大き目のバスタオルを巻きながらアドラメレク、ベルゼブブの順に湯煙漂う浴場へと入っていった。アドラメレクの言う通り、浴場には人が少なくがらんとしていた。二人がここへ来た時間はすでに温泉を楽しみ終えた人たちのようだ。辺りをきょろきょろ見回すベルゼブブに対し、それに構わず温泉へ入るアドラメレク。
「おいアドラ。この作法に則って入れ。それがマナーというものだろう」
「なによぉ……。まだ間に合うかしら」
 ベルゼブブに注意をされ、口を尖らせながらも入口に書かれている温泉に入るときのマナーという注意書き通りに体を濡らしていく。
「まずはこれを行ってから、体をきれいにし、温泉に浸かるという流れか」
「……ちょっとめんどくさいわね」
「他に温泉を楽しむ人たちを考えれば造作もないだろう」
「なによぉ……優等生ぶっちゃって」
 お湯をかけ終えた二人は空いている洗い場に腰かけ、各々体をきれいに洗っていく。体がきれいになったところで二人はまず浴場内にある温泉から浸かることにした。
「なにこれ、ぼこぼこ泡が立ってるわね。おもしろそー」
「泡風呂というのだな。どれ……おお……体が浮く感覚が心地いいな」
 勢いよく噴出されている泡が体を優しく刺激し、血行をよくする作用があるのだとか。心地よい温度と泡に包まれた二人の顔は普段見られない位とろけていた。
「あぁ……これが温泉というものか……はぁ……いいものだな」
「ほんと……来てよかったわねぇ……」
「まったくだ。こういうのもなんだが……アドラ、誘ってくれて感謝する」
 突然の感謝の言葉にぎょっとするアドラメレク。ベルゼブブから距離を置こうと引いたときにお湯が波打ち、引っ張られる感じがしたベルゼブブがどうしたと尋ねるとアドラメレクは小刻みに首を横に動かしながら固まっていた。
「いやいや……あんたに感謝されるだなんて……予想外というかなんというか……」
「ばっ!! 私はそこまで薄情ではない!! ったく、素直な感想を言っただけなのだが……」
「ごぉめんベルゼ。ちょっとびっくりしたってことで……ね? 機嫌直して……?」
 目の前で両手を合わせて謝っているアドラメレクを見たベルゼブブは、なんだかばつが悪そうに大きなため息を吐きながら泡風呂から出て、外にある温泉へと向かった。
「あぁベルゼ。待って。あたしも行くってば」
 先に露天風呂へ続く扉を開けたベルゼブブはその場に立ち尽くし、慌てて追いかけてきたアドラメレクがベルゼブブの背中にぶつかり、小さな悲鳴を上げた。
「ちょっ! ベルゼったら急に止まらないでよね!!」
「……あぁ、すまない。外の景色があまりにも美しすぎてな……」
 半ば誘われるようにふらふらと歩くベルゼブブに悪態をつきながら、アドラメレクも露天風呂の景色を見て思わず息を飲んだ。
「うそ……きっれーじゃーん!」
 まるで異世界に迷い込んでしまったかのような、そんな錯覚を覚えてしまう造りに二人はすっかり気に入ってしまい、浸かっては違う角度からの景色を楽しみを繰り返していた。前に行ったことがあった「にほん」というところに似ているなとベルゼブブは思った。
 きれいに切り添えられた植物に、それに寄り添う可愛らしい小動物の置物。考えられた配置に二人は自分はこう思ったなどと意見を交換して過ごしていた。やがて意見を出し尽くした二人はまた身も心もとろけてしまう温泉に身を委ねていた。
「ところでさぁ、ベルゼぇ」
「……なんだ?」
 小さくお湯を揺らしながらベルゼブブに近づくアドラメレク。とろんとしているベルゼブブは、アドラメレクが背後にいることなんて気付かずにうっとりとしているとアドラメレクが耳元でぼそっと呟いた。
「あんた、肌キレイね」
「……っは!!?」
「つやつやしてて羨ましい~。なにか特別なことしてるのかしら?」
「おっ!! おまっ!! ど、どこを見ている!!」
「いいじゃなぁい。減るもんじゃないしぃ」
「やっ!! やめないか!!」
「そんなに恥ずかしがらなくてもいいじゃなぁい」
 ゆったりとした気持ちが一変、アドラメレクによる執拗な攻撃に悪戦苦闘していると、穏やかだった水面が盛大に波打ち、次第に大きくなった波は飛沫をあげて辺りに飛んで行った。そして、そんな二人のやりとりを中断させる程の大きな音が響いた。
「な、なに? なにがあったの?」
「何事だ!??」
「おぉ……痛いデス……壁が急に倒れまシタ……」
 砂埃の中から聞こえる男の人と思われる声に、二人は身じろぎしいつでも自分を守れる体制に入った。アドラメレクは炎、ベルゼブブは大量の虫を構えて相手の様子を伺った。やがて砂埃が晴れてくる内にうっすらと見える人影にベルゼブブは嫌な記憶が蘇った。そして震えた。
「ま……まさか……な」
「どうしたのベルゼ。そんな顔して」
「い……いや。そんなわけはない……」
 明らかにベルゼブブの様子がおかしいことにアドラメレクは首を傾げた。とにかく、なにかあれば迎撃の準備はできているし怖いもの知らずのアドラメレクはこの状況を少しだけ楽しんでいた。
「さぁ、そこから出てきなさい。このアドラメレクがぶっ飛ばしてあげるんだから、光栄に思いなさい!!」
「わ、ワタシに敵意はありまセン!!」
「いいからとっとと出てきなさいって言ってるのよ!!」
「わ……わかりまシタ」
 砂埃が薄くなり、そこから出てきたの人物を見てアドラメレクとベルゼブブは顔を引きつらせた。深紅の肌に整髪剤たっぷりの黒髪、そして独特のアクセント交じりのこの人物は……。
「「あ……あいつっ!!!」」
 アドラメレクもはっきりと思い出した。そう、あれはジューンブライドフェスタという名目で行われた花嫁コンテストの主催者─ジョヴァンニ。そこに

参加していた二人はどちらがミス花嫁に相応しいかを競っているとき、その主催者から好みじゃないからという理由で優勝できなかったという嫌な思い出があった。あとで聞いた話では、優勝者はこの主催者の花嫁になる権利を与えられるということまで判明した。あまりにも頭にきた二人はぼこぼこに殴ろうと構えた時に、同じく参加していたトルトゥーラと名乗る悪魔がこの男を連れて行ったのをはっきりと覚えている。連れて帰ったはずなのに……なぜここにいるのかという疑問はあるものの、二人は怒りを通り越し戦慄を覚え、声の限り叫んだ。

          いやあああーーーーーーーー!!

 二人の悲鳴は温泉施設中に響き渡り、その悲鳴を聞きつけた女将のアイカが露天風呂の扉を勢いよく開けた。そして、その光景を目にしたアイカはすぐに状況を把握しまずは二人を安全な場所に避難させてから、小さな咳払いと共にアイカは笑みを浮かべながら静かに怒りを表した。
「お客様。いくつかお聞きしたいことがございます。

お聞かせください」
「は……はひ」
 アイカの笑みの裏に隠れている恐怖に怯える男─ジョヴァンニを後目に、アイカはゆっくりとした口調で問い詰めていく。
「お客様、質問します。なぜ、この敷居が倒れているのでしょうか?」
「こ……これは……その……急に倒れたのデス」
「急に倒れた……。それはそれは。お怪我はございませんでしたか」
「ワタシは無事デス。しかし……その……」
「では次の質問です。なぜ、その急に倒れた敷居の近くにお客様がいるのでしょうか?」
「それ……は……」
 中々理由を言わない男に柔和な笑みを浮かべながら待つアイカ。口の中がからからに乾いて言葉を発することができないのか、それともそれ以外になにか理由があるのか……アイカは後者だと予測し言葉を投げかけた。
「質問を変えましょう。お客様はその敷居の近くで何をされていたのですか?」
「あ……うう……あぁ……」
「お客様が言えないのであれば、私が代わりに申しましょう。あなたは……」
「ずびばぜん!! ずびばぜん!! 隣の様子を伺ってまシタ!!!」
「あら……そうですか。それは困りましたね……」
 男の答えを聞いたアイカは困ったといいながらもそういった素振りは見せず、ただ静かに男に近付いた。そして、愛用のほうきを男に向けて構えた。
「ここはどなた様にもお寛ぎを提供する場所です。いくらお客様であっても過ぎた行いは容赦致しません」
「あ……ああ……あ……」
「ごきげんよう」
 アイカが一度ほうきを振るうと、男はボールのようにぽーんと弾かれていきどこかへと飛んで行ってしまった。男の姿が見えなくなるのを確認したアイカはきれいに折れてしまった敷居を見て小さく唸った。
「これは……直すのに少し時間がかかってしまいそうですわね……」
 たった一か所なのだが、その一か所が壊れてしまうと雰囲気だけでなく来場者に迷惑がかかってしまうので、アイカは早急に修理をするようスタッフに指示を出した。早くても次回営業日には復帰することは可能なのだが……今日に限っては止む無く露天風呂は立ち入り禁止の措置を施した。
 露天風呂の閉鎖処理を終え、次は中で寛いでいた二人に謝罪をするためアイカは速足でロビーへと向かった。ロビーでは怒りを露わにしているアドラメレクとむすっとした表情のベルゼブブが椅子に腰を掛けているのが見えた。すぐに二人の元へ行きアイカは二人の目線に合わせ膝を折って謝罪をした。
「この度は、当施設に不備でお客様にご迷惑をおかけしてしまい、誠に申し訳ございませんでした」
「え……え? べ、別にあんたが悪いわけじゃ……」
「そ……そうだ。悪いのはあの男であってあなたではない……。顔をあげてくれ」
「いえ。設備の強度が足りなかったが故のことでございます……」
 アイカは深々と頭を下げ、一向に譲らない体制を見た二人はどうしたものかと悩んでいるとアドラメレクはあっと声を出した。
「代わりと言ってはなんだけどさ、あのアイス……気になってたのよね」
「アドラ……お前は何を言っているんだ」
「甘いのにしょっぱいってどんなのか気にならない??」
 アドラメレクが指さした先には売店コーナーののぼりに書かれた「塩バニラアイスクリーム」という字だった。アイカはそれを見て、ふっと表情を緩めると首を縦に動かした。
「もちろんサービスさせていただきます。それと、こちらをどうぞ」
 アイカは懐から何やらカードのようなものを二人に手渡すと、にっこり笑いながら説明をした。
「この温泉施設をご利用いただけるカードです。こちらをお持ちであればいつでもご飲食できるものを一つ、無料でご用意させていただきます。細やかではありますが、ぜひお詫びの印と思い、ご利用くださいませ」
 アイカの熱意に負けた二人は、そのカードを受け取り早速塩バニラアイスクリームを注文した。雪のように白いアイスクリームを掬い、口の中へと運んだアドラメレクの顔がころころと変わり、なくなった頃には満足そうな笑顔を浮かべながら夢中で食べていた。ベルゼブブも遅れてアイスクリームを一掬い口に含めると、甘さが先か塩っ気が先なのか口の中で論争を繰り広げていた。
「な……なんだこの新感覚の食べ物は……」
「冷たくって美味しい!! これ、ハマるわ」
「それはようございました。今後とも、当温泉施設を宜しくお願いします」
「こんなサービスされたらこない理由はないわね。また来るわ!」
「ここのサービスはとても充実している。また利用させてもらおう」
 アイカは最後に二人にお辞儀をし、館内の巡回へと戻っていった。その間も施設内はたくさんのお客で賑わっていた。それを見た二人はいつしか笑みを零していた。
「ちょーっとばかしトラブったけど……まぁよかったかしら……ね?」
「そうだな。少しばかりトラブルがあったが……わたしは満足した一日だったと思う」
「……またきましょ。今度はトラブルがないこと願って……ね」
「……そうだな。今度はもっとゆっくり浸かりたいな」
 普段は共に魔の地にて過ごす二人は、こうした平和な雰囲気とは無縁なところがあるのだが、今はこういった雰囲気というのも悪くないと感じ、アイスを頬張る二人はさながら子供のように輝いていた。
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