割りたてスイカのフローズンドリンク

文字数 3,132文字

「ついたー」
「あぁ……ちょーっと遠かったが……なんとか着いたな」
「あそぶぞー」
「あっ! ちょっ! アズ!! 荷物置いて走るなっつーの!!!」
 銀髪少女が嬉しそうにスキップをしながら、青く輝く海へと向かっていった。アズと呼ばれた少女─アズリエルは死を司る天使。いつもなら自分の身の丈以上もある鎌を持って「死」という安らぎを与えるのが彼女の役目。しかし、今日はせっかく天気もいいし夏らしいことをしたいというアズリエルのリクエストに応えたのだ。クローゼットからお気に入りの水着を引っ張り出し、他にも必要とされるものを手当たり次第に鞄に詰め込み、半ば弾丸旅行のようになってしまったが、それでもこうして無事に目的地の海へと到着した。すっかりウキウキ気分のアズリエルは自分の荷物を置きっぱなしにして飛び出してしまったので、それをぶつぶつ言いながら回収している頭蓋骨─骨三郎。本名はもっとしっかりとした名前なのだが、アズリエル曰く「ながいからいや」と言われ、たどり着いたのがこの名前である。骨三郎もいちいち言い直すのもと思い、この名前で落ち着いている。
 せっせと荷物を回収し、はしゃぐアズリエルを後目に骨三郎は拠点設置を始めた。日よけのパラソル、レジャーシート、アズリエルお気に入りの飲み物が入った水筒、大きめのタオル等などぬかりない準備をし、このバカンスを満喫する予定だ。
「よっし。ここまで準備すればもういいだろう。おい、アズー! 海で遊ぶならお着換えしろよー」
「うん。わかった。骨三郎、みちゃだめだからね」
「わーってるって! ちゃんと更衣室行って着替えて来いよ」
「はーい」
 水着セットを抱えながら、近くの海の家にある更衣室へ行っている間、骨三郎は浮袋に空気を入れる作業へと移った。
「ぷーー! はぁ……ぷうう!! はぁ……ぷぷうううう!!!」
(あれ? おれって骨なのに空気入れられるんだ)
 なんて事を思いながら空気を入れ続け、やや酸欠になりながらも浮袋は完成した。これで遊ぶ準備は整ったと満足をしていると、とたとたと小走りでこちらに近づいてくる足音気が付いた骨三郎はくるりと振り返る。
「骨三郎ー。おまたせー」
「アズか。準備はととのっ……て……アズさん……」
 予想していたアズリエルよりも数倍をも上回る容姿に、思わず真っ白のはずの骨三郎が赤色に変化する。それを不思議に思ったアズリエルが無邪気に骨三郎の顔を覗き込むようにして尋ねてきたときは、骨三郎はもう何も言えなかった。
「……おかしな骨三郎」
 そう言い、アズリエルは波打ち際まで駆け出し、水をぱしゃぱしゃと蹴り上げる。放射状に広がる水を見つめながら何度も何度も水を蹴り上げるその姿は少女そのもので、夏を遊んでいる普通の少女となんら変わりがなかった。そんなアズリエルに見惚れている骨三郎ははっと我に返り頭蓋骨を横に振った。
「はっ……いかんいかん」
 いつも一緒にいるはずのアズリエルがこうも違って見えるなんて……そう思いながら、骨三郎は鞄の下に仕込んだあるものを取り出した。
(今日は……今日こそは今までの恨みを晴らすべきだ!!)
 いつも理不尽に殴られたり、叩かれたり、正月は羽子板で飛ばされたりと散々な目にあってきた骨三郎は今日こそはという思いで用意した水鉄砲を構えてゆっくりとアズリエルの背後に近付き、引き金を引いた。
「うりゃあ!」
「ひゃあっ!!」
 水鉄砲はアズリエルの背中にヒットし、アズリエルは突然の出来事に小さな悲鳴をあげる。その悲鳴が成功の合図だとばかりに骨三郎は声高に笑った。
「どうだぁアズ! 今までの恨みを晴らしてやったぜ!!」
「…………」
 さっきまで無邪気にはしゃいでいたアズリエルが急に黙り込み、ふらりとどこかへ行ってしまった。骨三郎は更衣室に忘れ物をしたのかと思い、それほど気に留めることはしなかった。それにしても、こうもうまくいくとは思っていなかった骨三郎は笑いを堪えることができずに更に大きな声で笑う。
「はっはー! いやぁ、こんなにスカッとするもんかねぇ。いつもいつもアズはおれをあんな目やこんな目に……だったら少しくらいやり返しても問題はないだろう……ふぅ」
 骨三郎がぶつぶつ言っている間、その後ろに忍び寄る存在に気が付くはずがなく、骨三郎の脳天に突然何かが振り下ろされたような衝撃を受け、骨三郎は薄れゆく意識の中思ったことがあった。
(あ……星って……ほんとにみえるん……だ……)

(ん……あれ。おれ、確か……あ、あれ?? なんか……動けない……なんで?? えぇえ?)
 骨三郎が意識を取り戻すと、目の前にはテント型に張られたロープでがっちりと固定されていて身動きが取れない状態だった。必死に動いてみてもロープはびくともせず、骨三郎はそこから脱出することができなくなっていた。
「おぉい! 誰か助けてくれぇ!! 誰かいないかーー??」
 精一杯声を張り上げても誰もやって来ず、骨三郎は無駄かもしれないと思いつつ何度も声をあげた。やがて、足音が聞こえほっとしたのもつかの間、そこには怒りを表したアズリエルが立っていた。
「あ……アズ! って、なんで……そんなに怒って……? え、ちょ……ちょちょちょ!!」
「ほね……すいかわり……」
「待って!! アズさん! 話せばわかる! せめて目隠しくらいはしてくださぁあああい!」
 アズリエルの右手には太くしっかりとした幹が握られており、がっちりと固定された骨三郎へ一歩また一歩近づき確実に一撃を与えようとしている。と、そこへ通りがかった金髪の女性がアズリエルを見てスイカ割をしているのだと思い、声をかけた。
「や、お嬢さん。スイカ割かい?」
「……うん」
「そうかい。それじゃあ、ワンポイントアドバイスだ。振り下ろすときはためらっちゃだめだよ。ここだと思ったところで思い切り振り下ろすんだ。少しでも迷いがあるとスイカはきれいに割れないからね」
「……わかった」
 引き締まった体に健康的に日焼けしたその女性の頭には二本の角、背には赤い尻尾が生えていて、一目で竜族の女性とわかった。そんな女性にアドバイスをされると信憑性が非常に高いことをすぐに悟った骨三郎は何度も首を横に動かしながら否定をするも、アズリエルは聞く耳すらおらず、素直にアドバイスを聞き入れ、太い幹をぎゅっと握りしめた。
「ちょちょちょちょちょちょ!!! なにアドバイスしちゃってんの!! 頭蓋骨割れちゃったら大変なことになっちゃうって、ちょっと! アズ!! 聞いてる??? ねぇ……あ……」
「すいかわり」
 骨三郎が見た最後の光景は、アズリエルが怒りに満ちた顔のまま振り下ろす無慈悲な一振りだった。


「はっ!! おれは一体……うーん、あんまり覚えてない……いっててて……」
「えんじょーい」
 気が付いた骨三郎の目の前では、アズリエルが波打ち際で水を蹴り上げて遊んでいた。あれ?これってさっきも見なかったかという疑問が浮かぶも、きっと夢だったんだと考えを改め……たいのだが、如何せんそうもさせてくれないことがあった。
「あれ? なんでおれの頭にこんなでっかいたんこぶが……??」
「あ、骨三郎。おきた?」
「あぁ、アズ。なぁ、おれのこのたんこぶって何か知ってるか?」
「ううん」
 アズリエルは首を横に振り、知らないと答えると骨三郎はさらに深く唸りながら患部をさすった。
「アズが知らないんじゃしょうがないな……」
「きのせい」
「そっか……気のせいか……ん?」
 骨三郎が患部をさすりながら視線を動かした先には、夢の中で見たあの太い幹が落ちていた。
骨三郎がひとりがくがくと震えている最中、アズリエルは楽しそうに水面を蹴って遊んでいた。
「えんじょーい」
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