ふわり甘い花びら餅【神】

文字数 782文字

「……ふむ」
 必要最低限の居住スペースの中で胡坐をかきながら、書の神─筆神は眉を曲げた。時は正月。お雑煮もお節はもちろん、新年のお参りもきちんと済ませた。あとはなにかあったかと頭を捻っていると、筆神の頭上に突然光が舞い降りた。
「そうだ。すっかり忘れていた」
 筆神は押し入れから大きな半紙と筆、すずりと固形の墨を用意し広げた。大き目な半紙を広げたのは良いものの、さてどんな字を書くのか迷ってしまった。筆を握ってしばらく、まずは書く気持ちを優先的に考え、それから……。
「よしっ!」
 筆神は筆にたっぷり墨汁をしみ込ませた筆を、半紙いっぱいに走らせた。気持ちを表したり、今後のことを思いながら思いつく文字を書いてみたりと、色々と思いを込めた文字を書いていくうちに、筆神は段々気持ちが入ってきて口元に笑みを浮かべながら一つの文字を書き始めた。

 書き方をひねってもいいじゃないか 正月だもの

 墨汁で汚れてもいいじゃないか 正月だもの

 好きに気持ちを表してもいいじゃないか 正月だもの

 誰かを思いながら書いてもいいじゃないか 正月だもの

 こうして筆神は一つの文字に、たくさんの思いを込めて書き終えた。その文字は「良」。今年は「良」くなりますように、昨年良かった人は今年はもっと「良」くなりますように。健康運が「良」くなりますように、他の運気も一緒に「良」くなりますように。

 一つの字にたくさんの思いを込めた筆神の字は、まるで絵画のような躍動感を放っていた。その出来栄えに納得がいったのか、筆神は自宅前にその躍動感たっぷりの字を額縁に丁寧に入れて飾った。しめ飾りよりも目立たないよう、配慮を行いながら。
 
 この字を見た人が少しでも前向きになりますように
 少しでも元気を与えることができたらいいな

 ささやかな祈りを捧げながら、筆神は次はどんな字を書いてみようかと思いを巡らせていた。
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