たっぷりピーチのスイーツ柏餅【神】

文字数 3,660文字

「まったく。あんたがいるとゆっくり買い物なんてできないわ」
(そんなことを言われても困るという視線を送っている)
 大きなショッピングストリートを歩く没落王族の娘─クリス。黄金色のショートヘアーに同色のティアラ、手にはハートを模した少し大きめの杖を持ち、ドレープをたっぷりと使ったドレスにはこれまた眩しいばかりの黄金色の生地をふんだんに使っている。ヒールはやや短めに作られており、それはクリスが単に「高いヒールは歩きにくい」という理由で使用人に作らせた特別なものだった。少し傷も目立ってくるようになり、新しいものを買おうか否かを考えていた。金銭的に少しがめつい部分はあるが、基本的には前向きで国を再建させようという気持ちは人一倍強い。
 そんな天涯孤独な彼女を守護するように浮遊する大きな鎧。この鎧は特に人前では言葉を発することはないが、クリスには何を言っているのかがわかっている。それは単に付き合いが長いだけなのか、特別な力があるかは定かではない。ただ、この大きな鎧の存在は、クリスにとってはかけがえのない存在ということは間違いないようだ。

 しばらくあちこち散策をしてみたが、中々自分好みのヒールが見つからないことに疲弊感を出し始めたクリスは、誰もいないロングチェアに座り呼吸を整えた。鎧はそんな彼女を気にしてか近くのドリンクスタンドから飲み物を購入し、クリスに渡した。店員にも周りのお客にも驚かれたが、今はそんなことを気にしている場合ではないと感じている鎧はとにかく急いでクリスに飲み物を渡した。
「ああ……ありがとう。もう喉がからからで……ふぅ」
 少し大きめのカップを受け取ったクリスは、ゆっくりストローを吸い込みドリンクを口に含んだ。ほどよい酸味のドリンクがクリスの喉元を軽快に駆け抜けると、クリスはほっとしたように頬を緩ませた。
「あんたがいてくれてよかったわぁ……ふぅ」
 徐々に落ち着きを取り戻したクリスの顔色はよくなり、ドリンクを飲み終えるころにはすっかり回復していた。飲み終えたカップをゴミ箱に捨て、再びヒール探しを続行しようと立ち上がったときだった。見知らぬ女性から声をかけられた。
「お忙しいところすみません。ちょっとお時間いいですか?」
「え? あ、あたし?」
 突然声をかけられたクリスは驚き、何度も自身を指さしその女性に問いかけた。鎧は警戒心を出しながら女性を睨みつけていたのだが、数秒後それは杞憂に終わることとなった。
「わたし、こういうものでして。よければポスターのモデルになっていただけないかと思いまして」
 渡された名刺には「フォトスタジオ ナイスショット」と書かれていた。彼女の言っていることはわかったが、なぜ自分なのかとクリスが尋ねると、女性はこほんと咳払いをしてから「二人の構図をぜひともポスターにしたい」という熱の入った返答だった。そのあとにも、撮影で使った衣装もプレゼントしますと付け加えられ心が動いたクリス。今までモデルの依頼というのを受けたことがないから、どんなことをするのか興味津々だった。
 だがしかし、ひとつ。残念なことにひとつだけ、問題点があった。それは……。
「あぁ……モデルですか。素敵ですね。ぜひ、受けてみたいのですが……こいつに合う衣装があれば……あぁ……残念です」
 気にはなっているが、ほんの少しだけ断ってしまおうという気持ちが出て鎧の衣装を口実に断ろうとしたのだが、彼女は「その点はご心配なく」とむしろ目をきらきら輝かせながら否定した。
「わたしのフォトスタジオには、数多くの種族にぴったりな衣装を豊富に取り揃えてます。後ろにいらっしゃる大きな鎧の方にもフィットする衣装ももちろんご用意しておりますので、ご安心を」
 こうもきらきらした笑顔ですすめられては断るのもできないと判断したクリスは、「これも民を救うため」と自分に言い聞かせ

撮影に協力することになった。
「はぁ……ヒールを探しにきただけなのに……まさかモデルだなんて……」

「うわぁ……すごい」
 奥行のある店内に案内されたクリスは息を飲んだ。通路を挟んで両サイドには、自分の城の中でもみたことのない量の衣装がずらりと掛けられていた。多種多様の衣装に加え、豊富なサイズ展開、色味などすべてが規格外の取り揃えだった。
「準備をしますので、それまでお好きなもの見てくださいね」
「あ、ありがとう」
 カメラマンは別室に移動し、クリスと鎧だけになると途端に静かになりどうしていいかわからなくなった。こんなにもあるのを見るのをいいのだが……なんだか触るのさえも躊躇ってしまうほどの量だった。
「こんなにたくさんの衣装……みたことないわ」
 一口にドレスといっても、それはウエディングのものもあればパーティのものもありややカジュアルなものまでと非常に幅広い。それらがここにあるのに加え、ほかのシチュエーションにもマッチする衣装があるのだ。管理はもちろん、これらを集めるまでにどれだけの時間などを費やしたのかは想像を絶するものだった。
 クリスがいくつかの衣装を見ていると、準備ができたカメラマンが元気な声で「お待たせしましたー」といい、別室に案内してくれた。そこはそこでまた天井が高く、声が響くつくりになっていた。見たことのない装置に関心を抱きながらもカメラマンが選んだ衣装に袖を通し、大きな鏡の前でくるりと回って見せた。
「すっごく動きやすいのに映えるわね……素敵だわ」
「喜んでもらえて嬉しいです。鎧さんは……こちらなんてどうかしら」
 鎧にも大きな衣装を手渡しそれに袖を通す。よくみると、それはまるでひな祭りの装いだった。クリスも手にはピンク色の花を持っていて、それが何かわかると妙に納得したように頷いて見せた。
「さぁ、撮影しますよ。鎧さん。クリスさんを手に乗せることは可能ですか?」
 鎧はクリスが上りやすいように手を低く下げると、クリスはそれに乗りバランスを取りながら立った。
「ああ……いいですね。さ、笑って笑って! はい、チーズ!」

 パシャッ

 激しいフラッシュが視界を一瞬、白く染め上げる。それが何度か続きカメラマンからはうなり声しか聞こえなくなっていた。
「どうしましょう。うまくできない……」
(クリス。緊張してるという視線を送っている)
「え? あたしが緊張してるって? ……なんでわかるのよ」
 鎧はうまく撮影できない理由を、クリスが緊張していることだと指摘をすると、図星をつかれたクリスはジト目で鎧を睨んだ。写真を撮られることに慣れていないということもあってか、緊張しているのかもと思ったクリスは、カメラマンに何度か撮影をお願いをし、徐々に緊張感を薄くしてみると提案をした。
「わ……わかりました。あたしも頑張ります!」
 こうして何十回目かのシャッターが下ろされ、なんとなくコツがつかめてきたクリスは少しずつ緊張感を開放し、自然な笑顔を見せるまでになった。
「おおー! クリスさん、その笑顔素敵ですー!!」
「とっておき、いくわよ! はいっ! ポーズ!」
 桃の枝を持ち可愛くポーズを決めると、カメラマンも段々気分がのってきたのか口調にも熱を帯び始めた。その熱はクリスにも伝わり二人の気分は最高潮に達した。

「はぁ……こんなに楽しい撮影ができたのは久しぶりです。あ、今現像してますのでちょっと待っててくださいね」
 撮影を終えたクリスは衣装から自分が身に着けていたドレスに着替え、写真が出来上がるのを待った。その間、鎧は身に着けていた衣装がえらく気に入ったのか一向に脱ごうとしなかった。
「あとで貰っていいか聞いてみるから落ち着きなさい!」
(お願いしますという視線を送っている)
「まったく。……でも、その気持ちはわかるわ。着心地とってもよかったもの」
 撮影後、クリスと鎧は貴重な経験ができたことを喜び合っていた。これはヒールが欲しいといったクリスのおかげ? それともあまりにも巨体すぎる鎧のおかげ? どっちのおかげともつけられないクリスはなんともくすぐったい気持ちになり、ソファにあったクッションに顔をうずめた。
「クリスさん。鎧さん。お待たせしました。写真の現像が終わりましたので、お渡ししますね」
 カメラマンが持ってきた写真には、どれも楽しそうに笑っているクリスが収められていた。鎧も堂々たる風貌に映っており、それをみた鎧はどこか満足そうに視線をクリスに向けていた。
「あ、そうそう。この衣装なんだけど……」
 クリスが質問をする前に、カメラマンは既に頷いており使用した衣装はもらえることになった。
「かさばるかもしれませんが……よければお持ちください」
「ありがとう。大切に使わせてもらうわ」
(大事にしますという視線を送っている)
 こうしてクリスと鎧はフォトスタジオをあとにし、うんと背を伸ばした。まだ背中に緊張感はあるけれども、これもまた貴重な経験だと思いクリスと鎧は再びショッピングストリートへと消えていった。次はヒールよりも素敵な何かに出会うため。
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