甘くてめろめろ♡キャラメルミルフィーユ【神】

文字数 8,622文字

「さぁ、次の者は前へ出よ」
 訓練施設に轟く咆哮。剣を構え、次の挑戦者を挑発する。その視線は鋭く、持っている
剣あるいはそれ以上の切れ味ではないか。その覇気迫る視線に挑戦者からは恐れられ、一
人また一人とその場から退出していく。
「ふん。情けない。訓練を怠っていてはいざというとき、何もできないというに……」
 白銀に輝く鎧を身にまとい、対照的に髪は黒炭のように黒く風が吹く度になびく。そし
て、背中からは体を覆いつくさんばかりの二対の大翼。凛とした表情は男性でも女性でも
思わず見惚れてしまいそうなほど美しい。その名は「神の腕」と呼ばれる天使、ゼルエル。

「今日の訓練はここまで。皆の者、お疲れ様。明日に備えてゆっくり休んでくれ」
 剣を鞘に収め、訓練終了を告げる。残った天軍たちはそれぞれ稽古場を掃除し、各自自
分の部屋へと帰っていった。ゼルエルが所属する軍は、主に先陣を切って行動する重要な
ポジションである。なので、日々の訓練はもちろん欠かすことができない日課である。そ
して、その指揮官をもゼルエル自身が務めている。途中、対処の仕方がわからないという
新米兵士に手取り足取り教えるその顔は、先ほどの鋭い眼光はなく、まるで姉のような存
在へと切り替わる。一通り指導を終えると新米兵士の声は少し嬉しそうに聞こえた。
 ゼルエルも訓練施設をあとにし、自分の部屋へと戻る。またきりりとした表情へと切り
替え、赤い絨毯が敷かれた廊下を歩き、すれ違う兵士に挨拶を交わす。皆がわいわいと楽
しそうな話題で盛り上がっているその姿を見て、ゼルエルは小さく「いいな」と呟いた。
はっとしたゼルエルは小さく頭を振り、その念を頭から追い出した。自分の部屋に着き、
扉を閉める。かちりと聞こえたその音は、さっきまでの自分とのちょっと決別なのかもし
れない。ゼルエルは小走りでベッドまで走ると勢いよく飛び込んだ。白銀に輝く鎧もその
ままに、彼女は枕に頬ずりをした。
「ああ~。今日も一日お疲れでしたぁ~」
 ゼルエルは訓練を頑張った自分に労いの言葉を漏らした。一度にたくさんの兵士と訓練
をするのはとても大変だけど、怪我もなく終えることができるととても嬉しい気持ちにな
る。それを思い出すとまた嬉しくなって今度は枕をぎゅーっと抱きしめる。洗い立てのそ
の香りはゼルエルの気持ちをより楽しくさせた。
「明日の訓練が終われば……うふふ」
 ゼルエルは引き出しからなにやら一枚のチケットを取り出した。そこには「怪盗にゃん
こ仮面ヒーローショー」と書かれていた。ゼルエルはこの日をどれだけ楽しみにしていた
ことかとチケットを強く握りしめた。その日のために何度痛い目にあったか、何度苦しい
戦いがあったか……それがあってこそこのご褒美。だが、ゼルエルにはもう一つ気を付け
ないといけないことがある。
「……絶対、絶対に誰にもばれずに行かないといけない……」
 普段の彼女は凛としていて、剣の裁きも一流なのだがプライベートの彼女はとてもファ
ンシーなものに目がないのだ。なので、隠れて可愛いものを集めたりするのが大好きなの
だ。
「これは……中々難しい試練になりそうだが……それを乗り越えれば……ごくり」
 ゼルエルは何とかして明日の訓練と、イベント当日を何食わぬ顔で過ごさないといけな
い妙なプレッシャーに襲われた。
「そ……それを覚悟で参加するんだ。や……やってやろうじゃないか」
 かくして、神の腕と呼ばれる彼女は引き出しの奥に隠してあったぬいぐるみを取り出し、
一人「にゃあ」というのであった。

「全員、止めっ!」
 ゼルエルの掛け声で兵士たちの剣がぴたりと止まる。そしてそのまま鞘に戻し、相手に
感謝の意を表し、次の相手を交代する。再び剣を構え、号令を待つ。
「それでは……はじめっ」
 掛け声とともの兵士たちの猛々しい声が施設内に響き渡る。剣と剣がぶつかり合う音や、鍔迫り合いで相手と睨み合う顔と様々。ゼルエルは力を出し切っていない兵士がいないか
見て回った。
 ふと、あとどのくらいで訓練の時間が終わるかと考えてしまった。予定ではあと数十分
のはずだと思うと、きりっとした表情が段々と緩み、小さな声ではあるが笑ってしまう。
「あともう少しで……もう少しで……うふふ」
 突然、ゼルエルの足元に兵士が使っていた剣が突き刺さり、足に伝わる微かな振動で意
識を取り戻した。もし、あのままふわふわとした意識で歩いていたら、物凄い鈍痛が体中
を駆け巡っていたに違いない。
「ゼルエル様! 申し訳ございません。お怪我はございませんか」
「あ、ああ。大丈夫だ」
 剣を抜き、兵士に渡すと兵士は一礼をして訓練を再開させた。ゼルエルは小さく息を吐
き、巡回を続けた。
「……危なかった」
 何がとまでは言わなかったが、ゼルエルはおかげで緩んだ顔を見られずに済んだのは、
不幸中の幸いだと思い気持ちを切り替えた。もう大丈夫だと自分に言い聞かせ、表情が緩
まないよう注意した。

「そこまでっ!」
 ゼルエルが大きな声で止めるよう発すると、全員ぴたりと動きを止めて剣を鞘に収めた。
兵士たちの感謝の声が施設内に響きが残る中、ゼルエルは訓練終了を告げた。武具を片付
け労いの言葉を掛けあう兵士たちを後目に、ゼルエルは挨拶もそこそこに訓練施設を出た。
ゼルエルはここまで我慢した自分を褒めたい衝動を必死に抑え、自室へと向かう。しかし、
ここで走ってしまったり速足だと気づかれてしまう場合も考え早く自室へと帰りたいとい
うのに反し、いつもよりも(ほんの僅か)ゆっくりとした足取りにした。
「むぅ……早く戻りたいのだが……致し方ない」
 ここでバレてしまっては元も子もない。ゼルエルは不審に思われないよう、細心の注意
を払って歩いた。歩いていると段々顔の筋肉がぴくぴくと痙攣し、その度に顔を叩き正常
に戻していった。あと数分かかるか否かのところで背後からゼルエルを呼ぶ声がした。
「あらぁ、ゼルエルじゃない。ごきげんよう」
「びくぅっ!」
 まるで猫のように毛が逆立つのではないかというくらい、驚いたゼルエルはゆっくりと
声の主を確認した。
「う……ウリエル様」
「そういえば久しぶりよね。こうして会うのは」
 声の主はウリエルだった。おっとりとした口調はその穏やかな表情から生み出されてい
るのかと思うくらい。ディープブルーの宝玉がついた杖を持ち、慈愛に満ちた笑顔で近づ
いてくる。
「久しぶりにお会いできたんだもの。ちょっとお茶でもしない?」
「お……お茶ですか……」
 ゼルエルはどうしようかと必死に頭を働かせていた。断ることも可能だ。急用があるの
でと一言伝えれば済む話なのだが、ゼルエルの生真面目な部分がそれはダメだと攻め立て
る。断っちゃえ、だめだと囁きが耳元で戦争をし、断り切れなくなったゼルエルは少しの
時間ならという条件をつけてお茶をすることにした。
「嬉しいわぁ。素敵なお茶を手に入れたから一緒に飲みたくて」
 顔も声音も弾んでいるウリエルについていくゼルエル。ウリエルは踵を返し、自分の部
屋へと向かうのだが、悲しいかな方向はゼルエルの行きたい方向の真逆だった。
(す……少しなら大丈夫。うん、大丈夫だ。気を強く持て、ゼルエル!)

 ウリエルが楽しそうにお茶の準備をしているのとは反対に、どこかそわそわしているゼ
ルエル。もちろん、お茶のお誘いは嬉しいのだが、どうもタイミングが……。ウリエルの
鼻歌が聞こえると同時にゼルエルは背筋を伸ばし、しゃきっとする。
「お待たせぇ。南国のフルーツを使った紅茶とケーキよ。ささ、食べて食べて」
 琥珀色の液体からは爽やかな香りが漂う。火傷しないよう少し冷ましながら口に含むと、
まるで果実を丸かじりしたかのようなジューシーな甘み、適度な酸味が一気に広がった。
「これは……フルーツがそのまま入っているかのような美味しさですね」
「そうなの。もうこの美味しさがくせになってしまったのよ」
 もちろん熱い状態でも美味しく飲めるが、これを冷やして飲んでみてもまた違った風味
になるかもしれない。ゼルエルもその美味しさに夢中になっていた。
「おかわりはまだあるからね。それと、このロールケーキもおすすめよ」
 こちらもフルーツがぎっしりと使われたロールケーキだった。切り口から見えるだけで
も、色彩豊かでまるで宝石かのような煌めきだった。それを崩してしまう心苦しさがゼル
エルを襲う。ゆっくりとフォークで縦に切ると、ふんわりしたスポンジケーキを通過しそ
のまま最下層の皿まであっという間に到着した。ゼルエルはその断面を食い入るように見
ていた。
「おおー……」
 パイン、キウイ、ベリーなどカラフルなフルーツがクリームと混ざり合っていた。落ち
ないように慎重に口へ運ぶと、フルーツとクリームが一斉に笑い出した。ベリーは弾ける
ような、キウイはくすくすと、パインはお腹を抱えるほど、そして笑っているフルーツた
ちをクリームが見事な具合にまとめてくれる。
「なんと賑やかなケーキなのでしょう……」
「あら。あなたも気が付いた?」
 どうやらウリエルも最初に食べたときにそう感じたらしい。その賑やかさの虜になり、
これもいくつか購入してしまったみたいだった。どうにもフォークが止まらないゼルエル
に終始にこやかなウリエル。その微笑みはゼルエルが食べ終わるまで変わらなかった。
「……ご馳走様でした。とても美味しかったです」
「お口にあってよかったわ」
 ゼルエルのカップに新しい紅茶が注がれる。時間が経っているはずなのに注がれている
間、微かに湯気が見えた。また火傷しないように注意して口をつける。
(今度、このフルーツを探してみてもいいな)
 特に気になったのはこのマンゴーというオレンジ色をしたフルーツだ。太陽のように輝くそれは、口の中に入れても極上の甘さで人々を笑顔にするまさに太陽だと思った。頭に片隅にしっかりとメモをし、そろそろ切り上げようと席を立つ。
「う……ウリエル様。大変申し上げにくいのですが……そろそろ……失礼致します」
「あらぁ、もう行っちゃうの?」
 名残惜しいのは確かなのだが、今日は申し訳ないという気持ちで一杯のゼルエルは深くお辞儀をして、また今度ゆっくりお話しましょうと言いながら、ウリエルの部屋を後にした。

「はぁ……な……何とか乗り切った。よし、今度こそ自分の部屋へと帰るぞ」
 自分に気合を入れて来た道を戻るように歩く。今度こそ、誰にも会いませんようにと強く強く念じながら歩いていると、何かに引っ張られるような気がして振り返る。そこには無口な天使─カーチェだった。金色の髪に背中から生えた天使の羽がなんとも可愛らしい。そんなカーチェが無言でゼルエルを引っ張っているのには理由がもちろんあった。
「ん……カーチェ。どうした?」
 カーチェが差す先にはなにか紙切れが落ちていた。なんだと思い、それを拾い上げたゼルエルの顔は一気に沸点へと到達した。
「あっ……あ……こ……これ……は……っ」
 絶対に見られてはいけないものだった。それは大事にしている明日のヒーローショーのチケットだった。慌ててそれをしまい辺りを見回す。幸い、カーチェしかおらず胸を撫で下ろし、念のためにカーチェにここで見たことは忘れて欲しいというと、カーチェは無言でうなずく。カーチェにお礼を言い、今度こそゼルエルは自分の部屋へと急ぐ。

「はぁ……長かったな……ここに戻るだけだというのに……」
 自室に戻った瞬間、ぐったりとするゼルエル。もしかしたら訓練より疲れてしまったのではないかと思うくらいに、疲労感が一気に押し寄せたのかゼルエルをベッドまで誘導する。
「でもこれで……明日を思い切り楽しめるぞ……うふふ」
 クッションを抱き締めながら笑みを浮かべるゼルエルは、すっかり乙女になり明日のイベントに胸を高鳴らせるのであった。

 翌朝。時間通りに目が覚めたゼルエルはすぐに支度を始め、いつでも出発できるようにしていた。忘れ物がないか何度も確認し何度もうなずく。
「ハンカチ、ティッシュ、それと……チケット。よし、準備は万端だ」
 ちらりと時計を見やると、まだ時間には余裕はあるが……しかし、念のためと思いゼルエルは早めに自室を出て会場へと向かった。大翼をはばたかせ、ゼルエルは晴天の大空へと飛び立った。
「会場はここだな。よし」
 目的地に着いたゼルエルは、ゆっくりと下降し着陸。まだ誰もいない会場にゼルエルが一人立っている。いくら早めにとはいえ早く着きすぎてしまったため、ゼルエルは辺りを見て時間を潰そうと思った。
 見て回ろうにも、どこのお店も営業時間前なのでシャッターが閉まっていたり、「CLOSE」と書かれた札が下がっているものばかりでゼルエルは早く来てしまったことを後悔した。仕方ないと言いながら、ベンチに腰かけ空を仰いだ。雲一つない晴天で絶好のおでかけ日和に気持ちはワクワクしているはずなのに、ちょっと早く出過ぎたために今はちょっぴり退屈だなと感じてしまった。
「……はぁ」
 空に向かって大きく溜息を吐く。時々、自分のこの性格が嫌になる時がある。冗談が通じずに何度も仲間と揉めたり、真面目過ぎると言われたり、頭が固いと言われたり……私は……変われるのかしら……こんな性格を……。
 さっきよりも深い溜息を吐き、顔を覆いながら下を向いていると誰かが話しかけている声が聞こえた。ゼルエルは誰だろうと顔をあげると、そこには小柄な少年が立っていた。頭には猫耳、さらさらの金色の髪、屈託のない笑顔をゼルエルに向けている少年─ミネットがゼルエルの顔を覗き込んでいた。
「大丈夫ですか? 具合……悪いんですか??」
「……っっほ!!!」
 今日のヒーローショーの主役であるミネットが今、目の前にいる。そして、ゼルエルが一番推しているヒーローが……今、目に前に……。心拍数上昇、顔の表皮温度上昇、手汗確認などなど様々な異常が見られるなか、ミネットはそんなゼルエルを笑らずさりげなく隣に腰かけた。
「もしかして、今日のヒーローショー観に来てくれたのですか?」
「ひゃ……は……はいっ!」
「嬉しいなぁ! 今日はたくさん楽しんでくださいね」
 猫耳をぴこぴこと動かしながら笑うミネットを直視できないゼルエルの顔の表皮温度は臨界点を迎えた。
(か……可愛い……はぁ……)
「あ、ぼくがここでふらふらしてるのは内緒にしててくださいね」
 悪戯っぽく微笑みながら、口元に指をたてるとゼルエルに手を振りながら去っていった。ゼルエルも小さく手を振り返しミネットを見送ると、再度顔の表皮温度は上昇を始めた。
(……はぁ……最高……)
 すっかり元気になった(なりすぎた)ゼルエルは、ゆっくりと立ち上がりヒーローショーの会場へと向かった。その間も心拍数は収まることなくドクドクと太鼓を打ち鳴らしていた。

「ヒーローショーの受付はこちらでーす」
 係員が手を振って誘導しているのが見えたゼルエルは、鞄からチケットを取り出し係員に提示する。半券を受け取り指定された席をすぐに見つけ腰かける。辺りに自分以外いないことを確認したゼルエルは嬉しく思った。そしてなにより嬉しいのは、ステージが真正面に見えるというところだ。
(うそ……ラッキー……)
 小さく拳を握り喜んでいると、背後から賑やかな声が聞こえてきた。どうやらほかのお客さんも続々入ってきたようだ。ゼルエルはなるべく目立たないように縮こまっていると、それに気を遣ってかお客さんはその周辺には座らず少し離れたところに腰を下ろしていく。
(あぁ……私は場違いだったのだろうか……恥ずかしいぃ……)
 お客さんはそういう気持ちはないのだけど、ゼルエルは勝手にそう思い込み消沈していた。やはり、私にはこういう場所は似合わない……出直そうと席を立とうとした時、ステージから大きな音楽が鳴り響いた。
「やっほー! 今日はぼくたちのショーに来てくれてありがとー!!」
「きゃー! ミネットぉー!」
「ラエフォートぉー! こっちみてぇー!」
「カミュったら、恥ずかしがらずにこっち見てー!」
  周りのお客さんがそれぞれ推しの名前を呼びながらはしゃいでいるのに対し、ゼルエルは恥ずかしさからなのか、鞄をぎゅっと抱きながら縮こまっていた。この日を楽しみにしていたはずなのに、恥ずかしさが先だってしまい一緒にはしゃぐことができなかった。
(私も一緒に……でも……私……恥ずかしい)
「もう少しでショーが始まるから、待っててね」
「はぁい!!」
 ミネットはさっきと同じ屈託のない笑顔で観客に手を振りながら舞台袖に捌けていった。ヒーローがいなくなった会場は、それでも熱気に溢れていた。
「今日のミネット君、一段と可愛いわね」
「あら、ラエフォート君だって元気いっぱいだったわ」
「カミュは……あのはにかんだ笑顔が良かったわぁ」
「「「ねぇー!!!」」」
 ゼルエルのすぐ近くでそれぞれ推しの良さを言い合っているのを見て、いいなぁと呟く。すると、同じミネット推しの観客と目が合う。どきっとしたゼルエルは固まってしまい、何もすることができない。
「あなたは誰が推しなの??」
「ラエフォートよね?」
「カミュよね?」
「わ……私は……」
「そんなに緊張しなくても平気よ。ここはあのヒーローが大好きな人たちでいっぱいだもの。なにも怖がることも恥ずかしがることもないわ」
「そうそう。好きな推しの名前を言って何が悪いのよ」
「大きな声で呼べば、いままで苦しかったことなんてどこかへ行っちゃうわよ」
「……そうなのか……」
 ゼルエルは今まで「真面目」という殻に閉じこもっていたのかもしれない。それは身を守るためであり隠すため。それを押し隠して苦しくなって……悲しくなって。でも、この人たちが言うようにこの場はみんなあのヒーローが大好きで集まっている。好きなヒーローの名前を呼んでも恥ずかしくない。
「私は……私は……私は……ミネットきゅんが好きだ!」
「あら、あなたもミネット君なのね! 一緒に応援しましょ!」
「ラエフォートだって負けないわよー」
「カミュだって」
 いつの間にか、ゼルエルとその人たちと仲良くなり席を移動しショーが始まるのを待っていた。

「月が憂いを含んだ夜は、ぼくたちが動き出す」
「狙った宝は必ず頂く」
「隠してたってばればれだね」
「「「怪盗にゃんこ仮面 見参!!」」」
「「「きゃーーー」」」

 そこからのゼルエルは、普段の真面目さからかけ離れたはしゃぎっぷりで会場を盛り上げるほどだった。彼女の応援に会場も続き、ピンチになったミネットに声援を送り必殺の「にゃんこパニック!」を会場全員で叫び、正義のための怪盗ショーは幕を下ろした。

「あぁ、楽しかったぁ……」
「これで明日から頑張れるわぁ」
「気をつけて帰るのよー」
 仲良くなった三人に手を振り別れを告げると、ゼルエルも会場に忘れ物がないかを確認して出ようとしたとき、受付の人に呼び止められた。
「お客様。こちらへお越しください」
「は……はい(な……なにかしたか……??確かに声が大きかったのかもしれないが……)」
 どきどきしながら係員の後ろをついて歩くと、やがて小さな小屋へと案内された。中へ入ると……ゼルエルの顔が一気に熱を帯びた。そこには……。
「あ、さっきのお姉さん! 急に呼び出してごめんなさい!」
「さっき話してたお姉さんってこの方なんだ」
「……きれい」
 怪盗にゃんこ仮面のメンバーの控室だった。元気担当のミネットだけでなく、豪快担当のラエフォートやミステリアス担当のカミュも一緒だった。これは……一体なんのご褒美なのだ? ゼルエルの頭は混乱した。
「ごめんなさい。さっき、声援を送ってくれたのがすっごく嬉しくて……お礼がしたくてお呼びしました」
「嬉しかったよ。応援ありがとう」
「あ……ありがとう」
 もじもじしながら言うカミュにちょっとキュンとしたゼルエルは、すぐに意識を戻しミネットを見る。すると、こっちこっちと手招きされて一緒に撮影をしようと提案してきたのだ。顔を赤らめながらゼルエルは三人囲まれ、ポーズをとる。
「はーい! 撮りますよー!」

 カシャ

 撮影してすぐ、撮られたものが印刷されてそこへ三人が何かを書き込んでいる。そして、書き終えるとミネットがそれをゼルエルに手渡す。
「はい! ぼくたち三人からのプレゼント!」
 撮影したてに加え、まさか三人からのサイン付きとは……ゼルエルの興奮は最高潮に達し、ただ恥ずかしくて顔を覆うことしかできなかった。それを見たミネットはごそごそと何かを取りだし、ゼルエルに手渡した。
「また遊びに来てくれたら嬉しいな」
 それはミネットを模した人形だった。それも、一般に販売されていない貴重なもの……。それを恐る恐る受け取ると、小さく頷いた。
「いいの……こんなに貰っちゃっても……」
「へーきへーき! さっき、ちょっと悲しそうな顔をしてたからさ、少しでも元気になってもらえるなら……ね」
 まっすぐなその言葉にゼルエルは胸を打たれ、涙をこぼした。それから何度もお礼をして、控室を出た。大事に大事に宝物を鞄にしまい、大きく息を吐き大翼をはばたかせながら帰路へとつく。
「……よし。明日からも頑張ろう」
 ゼルエルは違った自分を発見するきっかけをくれたあの三人、それと怪盗メンバーにまた会える日を励みに明日からの訓練に精を出すことを誓った。
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