焔満月【竜】

文字数 2,078文字

「だーかーら、あたしは継がないって言ってるでしょ!」
 頭には三度笠を被り、手には大きな錫杖をぶんぶんと振り回す少女がいた。名前はヒナギク。代々寺を継いでいる家系なのだが、ヒナギクは継ぎたくないと何度も何度も訴えているが聞いてくれない。毎日そんなやり取りをしながら、日々を過ごしているヒナギク。今日がダメなら明後日、その次がダメならと少し期間を開けてから再度継ぐ気はないと訴えようと決めていた。訴えようと決めている間にもいやいやながらも修行はしているが、その姿を見た両親は「きっと継いでくれる」と思っているらしく、修行中はなにやら優しい目で見ている。
(だぁかぁらぁ。そんな目で見ても、あたしは継ぐ気はないって言ってるのに……もう……)
 薄目を開けて両親の姿を見て心の中で呟く。いつになったら修行をしなくて済むのか考えながら、ぶつぶつと修行を行っていた。

「よし! 明日は絶対に継がないとはっきり! 何度も訴えてやるんだから!!」
 就寝前のヒナギクは、やけに力を込めて意気込んでいた。というのも、ヒナギクは婿を探してこの家系から引退したいと思っている。主に退魔を扱うヒナギクの寺では、日々困っている人の相談にのったり本来の力を発揮し、不浄のものと戦うといったことを行っている。別に今の仕事は嫌いではないのだが、親の代わりに挨拶を行った際にヒナギクは「この人たちが来た世界ってどんなところなのだろう」と思うようになっていた。同じ世界に住んでいることには変わりないのだが、いかんせんヒナギクは生まれてから実家であるこの寺から出たことがない。そのためか、ヒナギクの寺を訪れる人の世界が気になって仕方がなかった。今日も不浄のものを祓ってほしいという目的で訪れた人をまじまじと見ながらヒナギクは、話半分興味半分で対応していた。
「はぁ……あたし、そんなんじゃないのになぁ」
 頬杖をつきながらいつも愛用している錫杖をちらりと見た。見た目からして女性は持つにはあまりにも重量感たっぷりなその錫杖を、ヒナギクはいとも簡単に持ち上げ振り回して戦う。その際、ヒナギクの目がほんの赤みがかり次第に目元には小さな鱗がぴしぴしと生えてくる。これが、ヒナギクにしかない能力である。両親ともその力が備わっていなく、突然ヒナギクのその能力が目覚めたときは両親は歓喜の声をあげていたとか。
 その力をはっきりと自覚したヒナギクは、その日の晩に何度も何度も何とも重たい溜息を吐いていたのを思い出した。その日に見た空も今日と同じ薄く雲がかかっていたことを思い出し、明日不浄なるものの退治のため床に就いた。

「さぁって、すぐに終わらちゃうんだから」
 錫杖をしゃんと鳴らし、自分に喝を入れたヒナギクは視線を尖らせながらある一点を見つめていた。何やら小さい黒色の靄が渦巻いているところへと足を進めると、そこから小さな餓鬼が数匹ぴょこんと現れ、下卑た笑い声をあげる。
「うわぁあ! で、でたぁ!」
 依頼人は驚きのあまり、腰を抜かしてしまい動くことも逃げることもできなかった。一方、ヒナギクははぁと大きな溜息を吐きながら錫杖を餓鬼に向けた。
「……不満はあんたらにぶつけるわ!!」
 いうが早いが、ヒナギクは大きな錫杖を振り上げ餓鬼の頭目掛け振り下ろした。避けることができなかった餓鬼は脳天に錫杖が下され悲鳴をあげながら霧散した。次の目標を決めたヒナギクはすぐに錫杖を持ち替え、餓鬼へと振り下ろした。これも鮮やかに霧散し、残る餓鬼も同じように錫杖を振り回し撃退することに成功した。
「ふぅ……」
 最後の餓鬼を霧散させたことにより、小さな黒い靄は消え失せ辺りには静寂は戻った。額から小粒の汗が流れるのをヒナギクは軽くふき取り、依頼人に終了したことを告げ自宅へと帰ろうとしたときだった。
「……なんでまだいるのかなぁ」
 どうやらまだ残っている餓鬼がいたらしく、ヒナギクの背後でけけけけと甲高い声で笑っていた。その声がまた癇に障ったのか、ヒナギクはふうと息を吐いてから再度錫杖を構えた。
「あんたらみたいなのがいるから……あたしが迷惑してんのよっ! 天罰!!」
 今までの恨みも不満も何もかも全部盛り込んだヒナギクの一撃は、餓鬼に悲鳴をあげるのを許さなかった。餓鬼が霧散したあと、肩で息をしながらヒナギクは呟いた。
「はぁ……あたし、いつまでこんなことやってんだろ……」
 それでもなんとなくむしゃくしゃが収まらないヒナギクは、錫杖を置きずんずんと丘を登り見晴らしの良い箇所に立つと、大きく息を吸い込んだ。
「婿養子……どなたかいませんかーーーーーーーー!!」
 いっそこのこと、このまま自宅へ帰らず一人で婿養子を探す旅に出てしまったらいいのではないかと考えたヒナギクは依頼人に「もし、親に何か聞かれたら自宅へ帰りましたよと伝えてください」ときつくいいつけ、錫杖を手に来た道とは全く別の道へと歩き出した。
「そっか。最初からこうすればよかったのか」
 これで縛られるものはないとわかった途端、ヒナギクの足取りはいつも以上に軽くまるで羽のようだった。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み