おかずすいーつ?野菜と果物の白米くれぇぷ【神】

文字数 3,159文字

「ん-ーっ! おいひぃい~!!」
 まるで丘のような白米を頬張りながら顔をとろけさせる神様がいた。小麦色の髪は真っ赤なリボンで結ばれ、澄んだ泉のような瞳は大好きな食事に向けられている。やや長い着物の袖はまくられ、汁物に浸らないよう注意を払っていた。一本歯の下駄を履いているが、歯の幅が広いせいかそれほど歩きにくさを感じないゆったりとしたつくりになっていた。
 彼女の名前はオオゲツヒメ。豊食の神として祀られ、今日も目の前にはたくさんの食べ物がずらりと並んでいた。
「おかわりもありますよ」
 少し変わったアクセントでオオゲツヒメに話しかけたのは、同じ豊穣伸のウケモチ。彼女が経営する食堂にお邪魔をしていたオオゲツヒメは「おねはいひまぁふ」と言いながら、次々と提供される料理に舌鼓を打っていた。

 最初に出されたのは、今年収穫したばかりの新米を厳選した水で炊き上げた白米。と、ウケモチが自ら選んだ最高級の梅を丁寧に種取りをしてから作った、酸味と甘みのバランスが絶妙な梅干し二粒が運ばれてきた。
「おまっとうさん。最初は白米やったね。それと、お供はうち特製の梅干しや」
「うわあぁあ!! 美味しそう~! ごはんも一粒一粒たってるし~、湯気から新米の香りが漂ってるなんて贅沢~。それと、お供の梅干しも大粒で美味しそうっ!」
「うちが選んだからね。間違いはないよ」
「だよねだよね。それじゃあ、いっただきまぁっす! はふっ!」
 まるで丘のようにこんもり盛られた白米を一口頬張ったオオゲツヒメは、口の中に広がる白米特有の甘みに感激し、一瞬にして顔から幸せのオーラを放っていた。
「ううう……ウケモチさぁん。甘くっておいひい……しあわせぇえ」
「あはは。まだまだおかわりもたぁんと用意してますさかい、たぁんとおあがりやす」
 白米と梅干しだけであんなにこんもりと盛られた白米は、あっという間に姿を消した。残ったのはさっきまで盛られていた器のみだった。その器には米粒ひとつ残されておらず、その器をみたウケモチは「こんなにきれいに食べてくれると……ほんまうれしおす」と笑いながら台所へと入っていった。

 次に運ばれてきたのは、これまたこんもりと盛られた白米と自家製の漬物の盛り合わせだった。大根、白菜、きゅうりを調味料で漬けたものが小皿にきれいに盛り付けられていた。運ばれてきてすぐ、オオゲツヒメは漬物に手を出し一口。ぱりぱりとした歯触りから、じわりと溢れてくる出汁の上品な味がオオゲツヒメの味覚を刺激し、さらに一口、もう一口と箸を動かしていく。
「大根はあっさり、白菜はほんのり昆布からのユズの香り、きゅうりはシソが利いてておいひい~! これだけでご飯何杯もいけちゃうよ~」
「お口にあってよかったわぁ。それじゃあ、うちはメインを持ってくるさかい、ゆっくり食べとってな」
「ふぁあい!」
 丘のような白米が徐々に平坦になっていき、あれだけあった白米はものの数分で空っぽになってしまった。まだメインがきていないというのに、こんなにがっつり食べられるというのはウケモチが用意したおかずのせいなのか、それとも白米のせいなのかはわからない。ただ、どっちも美味しいという事実だけは変わらなかった。
「ぷはぁ……はぁ……しあわへ」
 熱い緑茶でまったりしたオオゲツヒメは、メインが運ばれるまでの間、休憩することにした。まだまだ入る……と思われたが、なんだかお腹あたりで締めている帯が少しきつくなってきたような……でも、これを解いたらまた結ばないといけないし……できれば解きたくないなぁと思いながらお腹をさすっていると、店の入り口が乱暴に開けられ、何者かが侵入してきた。
「だ……誰ですか?!」
「黙ってろ! いいからこれにありったけの料理を詰めやがれ!」
 覆面を被っていてどんな人物か判断はできなかったが、声の調子からしてなんとなく慣れているのではないかとオオゲツヒメの直感が告げていた。それともう一つ、オオゲツヒメは気になったことがあった。
(あの子たち……もしかして……)
 席を立ち、侵入者に近づくオオゲツヒメの口調は非常に穏やかだった。低く屈みながら相手の目線にたち、静かに尋ねた。
「もしかして……おなか、空いてる?」
 その言葉にどきりとした侵入者。慌てて否定をするも、侵入者のお腹から可愛らしい悲鳴がそれを物語っていた。
「うふふ。もう、素直じゃないんだから。ほら。一緒にご飯、食べよ?」
 侵入者はぶるぶると震えながらどうしようか迷っていると、台所からこんがり焼きあがった鮭の塩焼きを持ってきたウケモチが何事かと聞いてきた。オオゲツヒメがかいつまんで説明をすると、ウケモチは両手をぱんと叩きながらその侵入者に近づいた。
「ちょうどご飯が炊きあがったんどす。みんなで一緒にどうどすか?」
「え……だってぼく……悪いこと……」
 声を震わせながら答える侵入者に、オオゲツヒメとウケモチは顔を見合わせてから小さく頷くと、その侵入者の両脇を抱え、席につかせた。
「そんな腹ペコさんには~」
「『参った』というまで食べてもらいまひょ」
「え……えええええええ!」
 侵入者の目の前にどんと置かれたのは、オオゲツヒメには及ばないもののこんもりと盛られた炊き立てほやほやの白米だった。そのてっぺんには大粒の梅干しがのっかっており、それを見た侵入者はごくりと喉を鳴らした。
「我慢は体に毒ですよ~。ささ、炊き立てほっかほかの白米はそのまま食べても美味しいですよ~」
「い……いただきますっ!!!」
 我慢できなくなった侵入者は箸を白米を掬い、口の中へと突入させた。途端、白米の甘味が口いっぱいに広がり、噛めば噛むほど甘味が深くなり侵入者の顔は覆面超しからでもわかるくらいに緩んでいた。
「お……おいひい……」
「はい! 極上のおいひいいただきましたぁ!」
「うれしおす~!」
 こうなったら侵入者もオオゲツヒメもウケモチも手が止まらなかった。美味しい白米と美味しいおかずはの組み合わせは、恐ろしいほどに相性がよくご飯がどんどん胃袋に吸い込まれていく。
「こんなに旨いご飯食べたの……久しぶりだよ……うめぇよ……姉ちゃんありがと」
「いやあ、せっかくご飯食べるならみんなでね……って、なんだか外が騒がしいですねぇ」
 なんだか店の外が騒がしいことが気になったオオゲツヒメは、そっと外の様子を窺った。なんと店の外で足元ふらふらの人たちが大きな声を出しながら騒いでいたのだ。
「もう。せっかくのご飯が台無しです。こうなったら……よいしょっ」
 オオゲツヒメはどこからともなく錫杖を取り出し、くるりと円を描き騒いでいる人たちに向けて照準を合わせた。
「静かにしてくださいっ! カロリーービーーッム!」
 ふわふわととした白い煙は一筋の光へと変え、騒いでいる人たちのド真ん中に命中し爆発。あちこちに飛ばされた騒いでいた人たちは、それで目を覚ましたのかそそくさと何処かへ行ってしまい辺りに静寂が戻ってきた。
「ふぅ。静かになったらお腹が空いちゃいました」
 さっきまで苦しかったお腹の帯はいつの間にか余裕が生まれ、オオゲツヒメのお腹にはまだまだ入ることが見てわかった。
「まだまだお料理はたぁんとありますえ! 遠慮なしで食べておくれやす♪」
「えへへぇ。それじゃあ、お言葉に甘えて……いっただっきまぁっす!」
 白米がこんもりと盛られた茶碗を受け取り、オオゲツヒメは美味しそうに白米を頬張った。美味しそうに頬張って食べるオオゲツヒメを見た侵入者とウケモチは、顔を見合わせ一緒に白米をぱくり。たちまち二人はオオゲツヒメと同じ、幸せいっぱいの笑顔になった。
「こんな美味しいご飯があるの……幸せすぎますぅう」
 オオゲツヒメの歓喜に満ちた声は、今日も止むことはなかった。
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