きりりと酸っぱいレモンクリームパイ【魔】

文字数 3,930文字

「はむはむ」
「おいアズ。そんなおっきなクレープ、よく食えるナ」
「はむはむ」
 雲一つない晴天の下、美味しそうに巨大なクレープを頬張っている死の天使─アズリエルと頭蓋骨の浮遊霊─骨三郎。気持ちの良い天気が続き、絶好の行楽日和となった季節でもある今、アズリエルと骨三郎は大きなショッピングモールにてお買い物を楽しんでいた。ショッピングモールの中には可愛い洋服や装飾品、本や文房具、はたまたスポーツ用品までなんでも揃う巨大なショッピングモールであーでもないこーでもないと言いながら楽しい時間を過ごしていた。モール内を歩きすぎて少し疲れたのか、アズリエルは外にある休憩エリアで腰を落ち着かせるとどこからともなく甘くて美味しそうな匂いが漂っていた。その匂いを頼りに進んでいくと、そこにはクレープを売っているキッチンカーがあった。
「あ、みつけた」
「おいアズ。勝手にいなくなんなって」
「骨三郎がおそいのがわるい」
「なんだとー! お前を追いかけるのにどれだけ必死になったカ!!」
「骨三郎。うるさい」
 そんなやりとりをしていると、アズリエルのお腹から空腹を知らせる音が聞こえた。それを骨三郎に聞かれたのが恥ずかしいのかそうではないのか、アズリエルは骨三郎の頭を思いきり叩いた。
「いったー! 暴力反対っ!」
 一人叫ぶ骨三郎に構わずアズリエルはキッチンカーへと走ると、店員さんにおすすめのクレープを尋ねそれを迷わず購入。お腹が空いているという効果も上乗せされているのか、周りの人が食べているクレープが可愛く見えるくらい巨大なクレープがアズリエルの手に渡った。
「わーい。ありがとう」
「落とさないように気を付けて食べてくださいね」
「はーい」
 大粒のブルーベリーがたっぷりのった巨大なクレープを美味しそうに頬張るアズリエルの顔は幸せに包まれているのを見た骨三郎は「仕方ねぇナ」と言い、じんじんと痛む箇所を我慢しながらアズリエルに近付いた。そしてその巨大すぎるクレープを見上げ、骨三郎は口をあんぐりとさせた。
「アズさん……これまたおっきなクレープを注文したようで……」
「うん。おいしいよ」
「味を聞いてるんじゃネーよ! でもまぁ、それを食べたらそろそろ……」
 帰ろうと言おうとした骨三郎の視線の先に、なにやら人だかりができているのが映った。眉をひそめながら骨三郎は様子を見てこようとすると、そこにはたくさんの女性が嬉しそうな声をあげながら話していた。どれどれと思い、骨三郎はその中に紛れると竜人族の少女が満面の笑顔で営業トークを炸裂させていた。
「そこのお姉さん! よかったらあたしと一緒にアイドルやりませんか??」
「え? あ、あたし? ど……どうしようかぁ。そんな柄じゃないし……」
「控え目なところがなんともキュートですねー!」
(おいおい。新手の勧誘かヨ。アズはこういうのには興味ないから大丈……)
「なになに?」
「ぶーーーーーー!!」
 あの巨大なクレープを食べ終えたアズリエルが人だかりの中へとやってきた。口にはクリームをつけたままのアズリエルを骨三郎は保護者かのようにティッシュで拭っていると、骨三郎の背後から「あーーーーー!」と叫ぶ声が聞こえた。びくりと体を震わせ、振り返ると竜人族の少女はきょとんとしているアズリエルと片手にティッシュを持っている骨三郎を凝視していた。
「アズリエルさん! それに、骨三郎さんまで! なんという偶然! なんという奇跡!!」
(やばいやばいやばい! 見つかっちまった! こうなったら強引にアズをこいつから離さないと……!)
「な、なぁ。アズ。早く帰ろうぜ」
「えっと……だれ?」
「あー。これは申し遅れました。あたし、クロリスって言います。今、アイドルを発掘しておりまして、ぜひアイドルになってもらえませんかね?」
「あい……どる?」
「アイ……ドル?」
 二人して声が被ると、クロリスと名乗った少女は颯爽と名刺をアズリエルに握らせた。そしてアズリエルが許可をする前にあれやこれやと書類の準備を進めていた。そしていつの間にか見知らぬ部屋の中へと通され、巨大な鏡がかかる前へと座らされていた。そして見知らぬ女性に髪を整えられ、化粧をされと着々と何かが進行されていた。
「あなたの髪、とってもきれいな銀色なのね。初めて見たわ」
 髪を整えているスタッフがアズリエルの髪を褒めている中、アズリエルはただされるがままちょこんと椅子に座っている。
「はい。軽くを目を閉じて」
「……こう?」
「そうそう。そのままよ~」
 今度はメイク担当のスタッフがアズリエルの顔に薄くファンデーションを塗っていく。唇には桃色のリップを塗り、そして仕上げにパウダーをぽんぽんとのせ完成。
「はい。目を開けていいわよ」
「……おお~」
「え……アズ? だよな?」
 骨三郎も一緒になって目を閉じていたのか、目の前にいるアズリエルの顔を見て驚いていた。そこには今まで見たアズリエルではなく、さっきクロリスが言っていたアイドルと呼ばれる可愛らしくメイクアップされたアズリエルがいたからだった。
「うん。アズリエルだよ? どうしたの? 骨三郎」
「あ……ああ。なんでもナイ」
 ぷいと顔を背けてしまった骨三郎に首を傾げるアズリエル。なんだろうと思いながらもアズリエルは鏡に映る今まで見たことのない自分に興味津々だった。洋服もきらきら光るジャケットに丈の短い黒のシャツとショートパンツ、お気に入りの黒と白のしましまソックスを履き準備はできた……のだが、この部屋に入る前にクロリスに言われたことを思い出したアズリエルは「あ」と声を挙げた。
「そうそう。アズリエルにはちょっとした設定を用意したから、出番までに確認しておいてね」
 設定……どういうことなのかわからないアズリエルは無言のままでいると、クロリスから小さなメモ書きを受け取った。
「きっと会場は盛り上がると思うから、よろしくねー!」
 そう言ってクロリスはアズリエルの部屋を出て行った。アズリエルはさっきまで来ていたジャケットのポケットを探ると、クロリスから渡されたメモ書きを発見し中を開いた。するとそこには特徴的な字でこう書かれていた。

「ツンとしたキャラでよろしく!」

「ツン? ツンって??」
 いつの間にかアズリエルの背後にいた骨三郎がクロリスのメモ書きに目を落としていた。その声にはっとしたアズリエルは、うーと唸りながらメモとにらめっこしていた。
「おいアズ。ツンってわかってるのか?」
「……うー」
「はぁ。出番まであと少ししかないぞ。できるのか??」
「……べ、別に好きでこんな格好してるんじゃないんだからね」
きゅんっ!!!
「どう? こんなかんじ? どうしたの? 骨三郎」
 アズリエルが知っている限りのセリフを試しに言ってみた。すると骨三郎は急に苦しみながら静かに床の上に落ちた。その顔はなんだか安らかな表情に見えるのは気のせいだろうか。
「アズリエルさーん。そろそろ出番でーす」
「はーい。骨三郎。そんなところでねてるとかぜひくよ」
「う……うーん。あ、オレたちの出番だってナァ! いくぞアズぅ!」
「おー」


 きゃー! アズちゃーー! こっち見てーーー!

 ずっと待ってたよーー!

 かわい~!! 大好きだよ~!

 会場から割れんばかりの歓声にアズリエルと骨三郎は一瞬、固まってしまった。真っ暗な空間から見える色とりどりの光、凛とした空気から伝わるほどよい緊張感。みんなが自分の名前を呼んでいるその声一つ一つが、アズリエルを奮い立たせた。
「べ……べつにあんたたちのためじゃないんだからね」
 やや眠たげな声で発したこの一言で、会場が爆発するのではないかというくらいに歓声が挙がった。そして拍手に代わり更には会場と観客が一体となったアズリエルコールが木霊した。
「おめぇら! 気絶してる暇なんかねぇゾ! こんな格好のアズを見られるのは最初で最後かもしれねぇからな! しっかりその目に焼き付けていけヨな!!」

 骨三郎~! 今日もきまってるなぁ!

 骨三郎~~! 似合ってるぞーー!!

 こうして観客の歓声とアズリエル&骨三郎のステージが始まった。会場は終始二人を応援する声が鳴りやまないくらいに大盛り上がりだった。


「アズリエルさん、骨三郎さん。お疲れ様です」
 スタッフの人に誘導され、さっきの部屋と戻ってきた二人。メイク担当の人から簡単な化粧落としをしてもらい、私服へと着替え忘れ物がないか確認してからアズリエルと骨三郎は部屋を後にした。外に出るとすっかり暗くなっており、夜風がほんの少しだけ火照った体に丁度良かった。
「あ~、一時はどうなるかと思ったガ……うまくいってよかったな」
「たのしかった」
 手をぶんぶん振りながらアズリエルは楽しかったことをアピールしていた。それは骨三郎も同じで、いつもよりややハイなテンションについてきてくれた会場の人たちがなんとも心地よかったと思っていたところだった。今まで味わったことのなかったあの興奮だったが故、終わったあとの喪失感というのもかなりのもので、どこか寂しさも味わっていた。
「あそこまで盛り上がるなんてナァ……」
「骨三郎」
「ん?」
 アズリエルは相棒の名を呼んだ。それはいつもと同じ声のトーンのもので、何ら変わりのないただの呼びかけに過ぎない。どうせ下らないことでもいうつもりだろう。そう思った骨三郎いつもの通り返事を返すと、アズリエルは薄く笑みを浮かべこう言った。
「だいすき」
ぎゅんっ!!!!
 予想から百八十度違う一言に、骨三郎は目に見えない何かに貫かれ地面へと落ちていった。地面へと落ちた骨三郎の表情は、さっきよりも安らかに見えたのは気のせいではなかった。
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