お口が賑やか☆ミックスフレーバー

文字数 6,127文字

「これは……」
 上空からマッドブロブの被害を見たエウルアは思わず声を漏らした。被害状況が予想よりも酷く、そして予想以上に早く森を侵食していた。マッドブロブが通った後は数秒後に樹木が腐り、その腐臭を嗅ぎつけた他の魔物が腐った樹木を貪りを繰り返している。その数も被害が大きくなるにつれて増えていき、あと数時間もすればこの森はマッドブロブたちによって食い尽くされてしまうということも考えられる。
「これはなんとしても食い止めねば……しかし……わたしとマロニィだけではどうにも……」
 エウルアは自身にできることが少ないことに唇を強く噛みしめながら、魔物たちを睨んだ。そんなことをされているとは思っていない魔物たちはマッドブロブのあとを追いかけるように食事をしていた。
「ほかにこの事態に気付いているやつはいるのだろうか……」
 心配になったエウルアは高度を落とし、木々に間を縫うようにして飛行をした。時々、エウルアの鼻を強烈な腐臭が襲い、思わず顔をしかめる。塞ぎたくとも滑空中はなにもできないので、今はとにかく被害が出ていない方へと急ぐのが先決だった。エウルアの予想が正しければ、このあたりを通過すると思われる場所に止まり、翼を畳んだ。今はまだ鳥たちのさえずりが響くこの場所もしばらくしたら……と思うとぞっとした。しかし、今単独で挑んでも時間を稼げるのは僅かだし気まぐれなマロニィがきてくれるのかも怪しいところだった。なら、どうするか……エウルアが悩んでいると背後でふわりとした風を感じ振り返った。
「あたしも手伝う。この森をあいつの好きにはさせない」
 背後に現れたのは、新緑のフードを被り、背中には弓矢を背負った少女だった。その少女の視線の先にはエウルアと同じものを捉えていた。
「お前は……」
「シルヴィエ。たぶん、あなたと同じ考えよ」
「……助かる。わたしはエウルアだ。共に戦ってくれるか」
「もちろんよ。でも、この瘴気をどうにかしないと先に進めないわ」
 二人が見ている先には毒々しい瘴気が渦巻いていた。その瘴気のせいなのか続々と魔物たちが集まり、腐った木々を貪っている。さっきは上空から見ていたから気が付かなかったが、マッドブロブの先にも木々を腐らせ魔物を呼び寄せる原因があることを知ったエウルアは危機感と共に小さな高揚感を覚えた。
「……任せてくれ」
 頼もしい仲間が増えたことに嬉しさを感じたエウルアが空高く舞い上がった。そして、大きな翼を動かすと風の刃となり狙った一点に穴を穿つ。穿たれた大地から風が放射状に広がるとあたりを支配していた瘴気が跡形もなく浄化された。浄化された大地を見たシルヴィエの表情が少し明るくなり、滞空しているエウルアに頷いて見せた。シルヴィエは立っても大丈夫そうな幹を選びながら飛び、弓を構えてマッドブロブを迎え撃つ準備を始めた。
「……やつはまだこない。ならば、できることを先にやっておこう」
 エウルアは瘴気に侵された箇所がないか上空から確認し、見つけ次第浄化する作業を開始した。その作業が進んでいくにあたり、心なしか呼吸が楽になったと感じ始めた。これも瘴気が及ぼす害なのかもしれないと思いながら、見つけては翼を動かし風の刃を大地に穿っていく。
 浄化作業も落ち着き、エウルアは胸を撫でおろしていると眼下には新たな人影が森を進んでいるを確認した。
「なんだ……あいつら」
 金色の髪にゆったりとしたローブ、足元はサンダルという見ただけで前線で戦う容姿に見えなかったエウルアは首をかしげながら、シルヴィエが待機している場所へと戻っていった。

「んー。この辺かしら。あ、いい素材見つけちゃった。これとこれを組みあわせて……」
「ドキシールさん……こんなところで何をするんですか……?」
 ドキシールを筆頭に集まった数人の剣士たちはドキシールの行動に疑問を持った。確か、治療要員との話だったはずなのだが……その治療要員は様々な薬品を広げ始めた。そしてそれらを楽しそうに、時々笑いながら組み合わせていった。どうやら満足のいく組み合わせができたのだろう、ドキシールは鼻歌を歌いながら出来立てのアロマに火を灯した。
「さぁて、どんな効果があるのかしら……うふふ」
「効果って……ドキシールさん……うっ!」
 灯された先から漂う匂いに、剣士たちの顔がくぐもった。鼻を抑え、その場から逃げようとすると足がもつれて倒れる。そして、苦しそうに胸を抑えながら匍匐前進をしている。うちの何人かはぜえぜえと音をたてながら目を真っ赤にしながら泡を吹きながら動かなくなった。
「うん。この調合も悪くないわね。さて、ここの瘴気を混ぜたらどうなるのかしら……楽しみだわ」
「ど……ドキシールさ……ん……わたしたちは……いったい……」
「あら? 言わなかったかしら? あなたたちは

だって」
「そ……んな……ひ……い」
 最後の一人は涙を浮かべながら絶命し、さっきまでいた剣士たちは出来立てのアロマの芳香に次々と倒れ、ドキシールだけとなった。この状況になっていてもなお、ドキシールの表情は不気味なほどに輝いていた。
「こんなことって滅多にないもの。楽しまないと」
 そういってドキシールは嬉々とした足取りでマッドブロブの瘴気の採取に取り掛かった。
「うーん。これだけあれば十分かな。護衛、ありがとね。実験体さん。これでまた素敵なアロマキャンドルが作れるわ。はぁ……楽しみ」
 ドキシールは瓶一杯に瘴気を詰めると、満足そうに笑いながら森の外へと向かった。実験体と呼ばれた剣士たちを置いて……。

 エウルアたちが到着してから数十分後、遠くから間延びした声が聞こえた。それを聞いたエウルアは声を頼りに探っていると、目をこすりながらやってくる人影を見つけた。間違いない。あれはマロニィだ。エウルアはこっちだといい、シルヴィエが待機している場所へと案内した。
「んぁ……やっと追いついた。エウルアってば……はやすぎ……ふあぁあ」
「おお。マロニィ。来てくれたか。こちらは助っ人のシルヴィエだ」
「よろしく」
 軽く会釈をしたシルヴィエはすぐに警戒態勢に戻り、神経を集中させた。するとばさばさと羽音が聞こえ、それはシルヴィエの肩にとまり何かを伝えるとまたすぐに飛び立った。
「なんだ……あれはシルヴィエの友達か?」
「ええ。どうやらもう少しでマッドブロブがこっちにくるみたい」
「そうか……ならば戦闘準備だ。マロニィ、いけるか?」
「ふぁああ……めんどい。けど、早く終わらせる……そして、寝る」
「そうしたら、マロニィはマッドブロブが通ったあとの処理をお願いできるか。わたしとシルヴィエでマッドブロブに攻撃をしかける。処理が終わり次第、マロニィも加勢してくれ」
「あーい」
 大きなあくびをしながら指示された場所へ向かうマロニィを見たシルヴィエは、ちょっとだけ不安になりエウルアに尋ねた。
「あの人、大丈夫かしら」
「マロニィか? ああ。あいつはああ見えて強いからな。心配は無用だ。さて、わたしたちも行くとしよう」
 大丈夫と言われてもいまいちピンとこないシルヴィエは、いつでも弓を打てるよう矢を番えて走った。


「んもー。めんどいったらないわぁ……ふぁああ……ねむ」
 目の前に魔物が近付いていようとも動じないマロニィは、一際大きなあくびをしながら手に意識を集中させる。やがて半透明の帯が現れマロニィの右腕に巻き付く。それを鞭のように振るうと、横一列にいた魔物たちは音もなく真っ二つになった。
「めんどいなぁ……早く終わらせよう……ふぁあ」
 マロニィが半透明の帯を魔物たちの足元へと叩きつけると、そこからぴきぴきと音を立てながら氷柱が現れ、魔物たちを拘束した。それから再び帯を横に振るうと氷柱もろとも真っ二つにした。どうしても眠気が勝ってしまうマロニィはまた軽く伸びをしてから襲ってくる魔物たちに帯を振るう。
「もー。そろそろ終わりにしてくれませんかねぇ。眠いったらないんですよねぇ……ふぁああ」
 やる気のない言葉とは裏腹に、半透明の帯で魔物たちを次々と切断していく様子はギャップがありすぎて、ある意味不気味ではあるがこれがマロニィの戦闘スタイルである。
 どれだけ帯を振るったかわからないが、気が付いたときには溢れていた魔物たちは綺麗にいなくなり、このあたりの処理は成功した。マロニィはんーと唸りながら頭をぽりぽり、また大きなあくびをしながらエウルアと合流するため歩いた。
「ふぁああ……終わった。あっちも早く終わらせよ……めんどいっす……ぁあ」
 マロニィのぼやきは静かになった森の中へと吸い込まれていった。

「よし……準備は整った。あとは仕掛ければ……お! マロニィ! ずいぶん早かったんだな」
「んぁ? 適当っすわ。てきとー。ふぁあ……早く終わらせましょ……眠くて仕方ないんすわ」
「わかったわかった。あとは機を見計らって突入するだけだ」
「そうなんすねぇ……あたしはいつでもいいっすわぁ……」
 半透明な帯で腰辺りをさすりながらマロニィはぼやいた。しかし……いくら準備ができたとはいえ、巨大な魔物─マッドブロブに三人だけで対抗できるのか正直わからなかった。もしかしたらあの瘴気に飲まれておかしくなるかもしれない、もしくはもう二度とこの森に平和をもたらすことができないかもしれない……そんな恐怖がシルヴィエの足をすくませた。

 怖い 怖い でもやらなきゃ 森のみんなのためにも

 シルヴィエは高音の指笛を鳴らし、猛禽類の友達を呼び寄せた。素早く肩に止まりシルヴィエの指示を聞くとマッドブロブ目掛け矢のように飛んで行った。
「あの子に注意を引き付けるようお願いしたから、それに続きましょ」
「わかった。でも、お友達は……」
 シルヴィエの友達を気にかけたエウルアに、シルヴィエは小さく微笑みながら答えた。
「あの子は平気。ああ見えて結構タフなの。だから、あたしはあの子を信じてる」
 その答えにエウルアは心に通じる何かを感じ、力強くシルヴィエに頷いた。
「……わかった。なら、わたしも信じよう。マロニィ、準備はいいか?」
「んあぁ? いいっすよー。というかもうさっさと終わらせましょ……ねんむいすわぁ」
「わかったわかった。それでは、突撃だ!」
 エウルアが宣言すると、まずエウルアは上空へシルヴィエは木の幹伝いにマッドブロブ付近へ、マロニィは目をこすりながらゆっくりと進行を始めた。

「オレ クウ コノモリノ セイブツ ゼンブ タベル タベル」
 ずりずりと音を立てながら進む沼の魔物─マッドブロブ。果てなき飢えに苦しみながら木々やそれに住まう動物たちを口にしていく。触れられた木々は一瞬で変色しどろどろに溶け、泥と化した下半身がそれらを吸う。そして腐臭に集まる魔物たちがそれらを食べにまた集まる。どんどんと数を増やしていき、この森を食べ尽くすのも時間の問題だ。
「アト スコシ アト スコシデ コノモリ タベツクス モット モット タベタイ」
 終わりが近付いてきたことが悲しいのか、さらに欲するマッドブロブ。しかし、この森以外にマッドブロブを満足させる地域は存在しない。つまり、マッドブロブが餓死することとなる。
「ソンナノ イヤダ オレハ モット タベル タベテ モット オオキクナッテ」
 
 ピイ ピイ

譫言のように繰り返す言葉は、途中何かが通り抜ける音によって阻害された。何かが通りしgたと感じた時には、何か鋭いものが雨のように降り注ぎ、マッドブロブの体に穴を開けていく。
「ナ ナンダ コレハ」
「そこまでよ」
「ナンダ オマエ オマエモ タベテヤル グオオオ」
 怒りに震えるマッドブロブは矢を打ったシルヴィエに手を伸ばした。それをなんなく交し、すぐさま次の矢を放った。迷いのない矢はマッドブロブへ真っ直ぐ放たれ、あちこちに穴を開けていく。
「イダイ イダイ グオオ」
「みんな、力を貸して」
 シルヴィエが祈りを捧げると、木々の先端からシャボン玉のような物体が表れシルヴィエの弓矢に集まっていく。たくさんのシャボン玉が集まった矢はシルヴィエの被っているフードと同じ新緑に染まり、どこか神聖な雰囲気を感じた。
「うけなさい! 森の裁きよ」

 ヒョン

 真っ直ぐに射られた弓はマッドブロブの体に大きな穴を開けた。その痛みに藻掻き苦しんでいる最中、エウルアは鋭い爪を突き出して急降下をしていた。ぎらりと光る爪がマッドブロブの頭に食い込むと、開いた穴から腐臭が噴き出す。
「グオオ コンドハナンダ イダイ イダイ」
「くっ! 大人しくしろ! これ以上は無駄だ。さっさとどっかへいってくれ」
「イヤダ オレハ コノモリ ゼンブ タベル ソレマデ ゼッタイ キエナイ」
 激しく頭部を振り、エウルアの爪から逃れたマッドブロブの視線の先には眠たげなマロニィが立っていた。相変わらず緊張感のない顔から滲み出る怒りにマッドブロブは気が付かない。
「オマエカラ クッテヤル イタダキマース」
「うっさいし臭いし邪魔なんすよ。お前」
 マロニィが半透明の帯でマッドブロブの足元付近を叩くと、巨大な氷柱が表れマッドブロブをじわじわと凍らせていく。やがててっぺんまで完全に凍ったことを確認したマロニィが怒りを込めて帯を振るうと、マッドブロブと氷柱もろとも粉々に砕け散った。そしてその場に安全が確認できるまでエウルアとシルヴィエはしばらく時間を要した。
「ふぁあ……これでやっと静かになったっすかねぇ……よし、寝よ」
 眠気に勝てないのか、マロニィはさっさと自分の居住へと戻っていき、それからしばらく二人はこの森を守ることができたことを喜んでいた。
「あぁ……よかった。この森を守ることができて……本当によかった……」
「シルヴィエ……本当にありがとう。協力に感謝する」
「ううん。あたしもあなたも気持ちは一緒だった。だから勝てた」
「そうだな……ところで」
 エウルアはずっと気になっていたことをシルヴィエに尋ねた。
「その……なんだ。シルヴィエのほっぺについているのは……ジャムか?」
 なんのことだろうと思ったシルヴィエは頬を触ってみると、少しべたついた何かを感じた。指についたそれは……。
「あぁ……なんてことなの。あたしったらずっとこれをつけてたの……恥ずかしい」
「ああ……す、すまない。その……気付いているのかとてっきり……」
「ううん。今気が付いた……。その……もしよかったら、あたしが焼いたベリーパイがあるんだけど……どう?」
「いいのか……」
「うん。せっかくだし、色々とお話してみたいの……この子もあなたにお礼がしたいですって」

 ピイ ピイ

 それはさっき、果敢にもマッドブロブに向かって飛んで行った猛禽類だった。心配してくれたからそのお礼をしたいと言われては断るなんてできない。エウルアは少し恥ずかしそうにしながらもにこっと笑いベリーパイをごちそうになることに。
 そしてその日の夜は、二人にとって忘れられない日となった。シルヴィエは森の出来事を、エウルアは空からみたこの森の情景などを話し、時に笑い時に頷きそして互いの信頼関係を感じながら夜は更けていった……。
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