ごろごろミックスベリータルト【魔】

文字数 4,580文字

 オセロニアギルド内、自室。今日はなんとなく部屋の中で調べものをしたい気分だった。今まで経験したこともそうだけど、自分が疑問に思ったことを残しているノートを開き書き記している。こうやってみると、いつの間にかこんなに感じたことや思ったことがあったなんて自分自身驚いている。ちょっとだけ得意げに鼻を鳴らして書き続けていくと、記憶が曖昧であともう少しで書き終わるはずなのに書き終わらないもどかしさ。別に急いではいないのだけど……もやもやを解消するためにぼくはこの前寄ったあの図書博物館へと行くことにした。そこまでの道のりはそこまで険しくないのだけど、絡まれてしまうと少し厄介という少々運任せなところがあるので、念には念をという言葉通りに鞄に適当なデッキを忍ばせて自室を出た。
 ギルドを出たところで、膝を抱えながら空を仰いでいる少女─トネルムがいた。
「あ……こ、こんにちは」
 トネルムは少し驚きながらもぼくに挨拶をしてくれた。ぼくも挨拶を返し、なにかあったのと尋ねた。トネルムは小さく首を横に振ってはみたものの、なにか落ち着いていない様子だった。
もしかして、ギルドの中でなにかあったのかな……ぼくは心配になってそれを聞いてみたけどそうではなく、むしろギルドの人たちはみんな優しくしてくれているみたい。それはよかったけど……。
「私……何がしたいのかもよくわからないの……」
 ぼくは小さく唸り、一つ提案をしてみた。よかったらぼくと図書博物館に行かないかい? と。すると、トネルムは首を傾げながらそれはどんなところなのですかと聞いてきた。そこはたっくさんの本があって、色々なことを学ぶことができる建物だよと教えると、トネルムの顔はぱっと明るくなった。
「ほん……どんなものがあるのか気になる……私も行ってもいい……の?」
 もちろんとぼくは答えると、やったぁと声に出して本当に嬉しそうに笑った。初めて会った時よりも表情が豊かになったなとぼくは嬉しく思った。早速、ぼくとトネルムはたくさんの知識が集まる図書博物館へと向かった。

「はい、いらっしゃい。ゆっくりしていってね」
 受付を済ませ、ぼくは扉を押して開きトネルムを中へと案内した。入ってすぐトネルムはずらりと並ぶ本棚、天井に描かれた美しい描画などに驚いた。
「うわぁ……すごい……」
 きれいに整えられた本棚はそれだけで芸術品並みに美しく、清掃も行き届いていてとても快適だった。この前来た時よりも人は少なく、調べものをするにはとてもよさそうだ。そうだ、トネルムはどんなお話に興味があるんだろう。一緒に探してみよう。
「えーっと……おとぎ話っていうのを読んでみたい」
 おとぎ話か。だったら、この先に……あ、あった。ぼくはおとぎ話がきっしりと収められている本棚を案内すると、トネルムは嬉しそうに跳ねた。
「これ……全部が……おとぎ話?」
 ぼくは頷くと、トネルムは気になったタイトルを適当に引っ張り出し、それを大事そうに抱えた。気になったものがすぐに見つかってよかった。トネルムにぼくが読みたい本があるからもう少しだけ付いてきてくれる? と小さく頷いた。ごめんね。本当はすぐにでも読みたいと思うだけど……もうちょっとだけ待っててね。
 調べたいものの本棚に着き、どこかなと指で探していると読みたかった本がすぐに見つかり引っ張り出そうとしたとき、他の人の指に触れた。そのとき、ぼくは小さな電流のようなものが指に走った。
「あら、君もこれに興味があるの?」
 まるで完熟した果実のような甘い声だった。赤紫の髪から生える二本の角、レンズ下辺部のみのフレームの眼鏡から覗く視線は常に何かを得ようとする意識で溢れた獰猛さを感じた。露出度の非常に高い衣服に身を包み、男性でも女性でも一瞬目のやり場に困ってしまうような服装だった。手には禍々しいロッドを持ち、ぼくをじっと見つめる姿は人ではない獣のような威圧感を感じた。
「……ふぅん。君、中々面白そうじゃん。ねぇ、ちょっと私に付き合ってみない?」
 声は甘い……しかし、視線は危険そのものに感じたぼくは、断らずに彼女の誘いに頷いた。もし、断ったらトネルム……いや、この建物も無事ではすまないと直感が告げていた。
「そう。じゃあ、こっちにきてお話しましょ……大丈夫。悪いようにはしないから……」
 緊張感の走る背中から察したのか、トネルムは本を置きぼくのあとを静かについてきていた。ぼくと彼女は談話室のような個室に入った。そこで彼女は指をパチンと鳴らすと空間が切り取られ、ぼくと彼女(それと隠れているトネルム)だけの世界になった。
「君……持ってるんでしょ?」
 ぼくは何を言っているのかわからず、首を傾げると彼女は声を出して笑い出した。
「ねぇ、教えて。君が今まで経験したこと、全てを私に教えて頂戴!!」
 再び指を鳴らすと、彼女から禍々しいオーラが現れた。その色は彼女の髪色に似た赤紫色をしていた。彼女は戦う気だ……そう察知し、ぼくは鞄から適当に持ってきたデッキを取り出す。
「そうそう……何もしないで倒れたら……承知しないからね」
 冷ややかに言い放ち、彼女はロッドを振りかざすと大量の魔力が溢れだし、やがてそれは紫色の霧となりぼくを包む。
 
 ごほっ!! ごほっ!! これは……毒だ。長時間は危険だと思い、短期決着を決めたぼくはデッキから駒を一枚展開した。

 目ぇ、逸らすなよ!!

 味方の士気を上げる呂蒙を出し、次の攻撃に備えた。すると彼女は何か嬉しそうにメモをし、ぼくを見る。まるで実験をしているかのような気分になったぼくは唇を強く噛み、次の駒を展開した。

 食材はたんまりあるぞ!!

 竜人アルンが香ばしい肉の焼く匂いで更に味方の士気を上げる。これである程度の攻撃も通じるはず。ぼくは次の駒を選んでいると、彼女がくすくすと笑いながら指を鳴らした。

 惑わせてあ・げ・る

 夢魔サキュバスを召喚し、ぼくの士気を一気に下げてきた。せっかく士気があがっているのにこれじゃ十分に攻撃を与えることができない。仕方なく、ぼくは攻撃の駒ではなく、また士気を上げる駒を展開した。

 清流の加護があらんことを

 清らかな舞で呂蒙とは違った形で士気を上げてくれるマーレア。これで士気はかなり高まっている。今度こそと意気込むぼくを知ってか、彼女はまた不敵に笑いながら指を鳴らす。

 全てを闇の太陽に……抗うのはおやめなさい

 現れたのは深紅の太陽に祈りを捧げるシャーマンのような女性─ククルカ。深紅に染まった頭蓋骨がぼくに向かって突進をしてきた。物理的な衝撃はなかったとほっとするのもつかの間、ぼくはすぐに身体的に異常を感じた。なにかが……ぼくを蝕んでいく……。
「へぇ、呪いにも強いんだ……これはいい結果になりそうね」
 またしてもぼくをそういう目で見てくる。しかし、ぼくは彼女のロッドから放たれる毒、それとこの呪いによってじわじわと生気を吸われている。このままだと……。とそこへ、トネルムがぼくの前へ飛び出た。
「この力……使うのは嫌だけど……これは守るため……」
「君……なにそれ! 面白いわ……実に面白いわ……もっと持ってるでしょ! 私の知らない知識をっ!!」
 興奮する彼女に対し、冷静なトネルムは体内に蓄積してあった電気を放出し、薄い膜を張った。それによる効果なのか、程よい電流が味方の士気をほんの僅か上げているような気がした。ぼくは胸を抑えながら次の駒を展開する。これで……決まってくれ!!

 聞こえるか 力の咆哮が
 食欲全開放だっ!!
 この軍略を突破できるか!?

 絶対的力を誇る竜─バハムートの力が真っすぐに彼女へと向けられ、対処しようとロッドを振りかざすも時すでに遅し。ロッドを弾き、そのまま彼女の胸へと鋭い一撃が叩き込まれる。殺傷能力はないにしても、その衝撃は凄まじく彼女を一撃でダウンさせてしまうほどだった。
 しばらくの後、ぼくの毒も呪いも消えて体調は元通りになると心配していたトネルムがぼくに抱き着いてきた。
「だ……大丈夫でしたか……??」
 あ、ああ。大丈夫だよ。もう泣かないでいいんだよ。ぼくはトネルムの頭を優しく撫でると、首を小さく縦に動かした。落ち着いたのか離れたトネルムの目は少し腫れぼったかったけど、特に異常はないみたい。それよりも……。
「……はぁ。負けちゃった」
 突然、むくりと起きた彼女は目を擦りながら伸びをした。ぼくはトネルムを背後に隠し、いつでも駒を展開できるよう、一枚手の中に隠しておいた。
「もうそんなに警戒しなくてもいいよ。いきなりこんなことしてごめんね」
 詫びて指を鳴らすと、元の空間に少しずつ戻っていく。あれだけ強大な力を放出したのにも関わらず、談話室の中のものは一切壊れていなかった。
「そういえばまだ名乗ってなかったわね。私はシエンティア。魔術の研究をしている者よ」
 眼鏡を直し、簡単に自己紹介を済ませたシエンティアはロッドを拾い上げてぼくを見ながら言った。
「私はね、知らないことが嫌なの。私は、あらゆる知識を身につけておきたい性分なの。だから、さっき君に触れたときに私の知らないことをたくさん持っている気がしたから……声をかけたの。そしたら予想通り、君は私の知らないことをたくさん持っていたってこと。もし、君に勝つことが出来たら知識の一つや二つ、奪うつもりだったけど……なんてね。逆にやられちゃった」
 舌をぺろりと出してみせるも、ぼくはまだ警戒を解くまでには至らなかった。なぜだろう……この人は危険だという印象が離れない。それはトネルムも一緒みたいで、背後からシエンティアを睨みつけながら微弱の電流を放出している。
「もう……そんなに警戒しなくても平気だって……って言っても説得力ないか」
 シエンティアは肩をすくめると、最後にぼくに謝罪をして出ていった。ぱたんと扉が閉まる音が聞こえてから数秒後、ようやく警戒を解くことができたぼくたちはその場に座り込んでしまった。
「こわかった……です……」
 涙を浮かべながら膝を抱えるトネルムに、ぼくはそっと寄り添った。せっかく楽しみにしながら付いてきてくれたのに……怖い思いをさせてごめんね。トネルムは首を横に振って応えるも、トネルムの嗚咽が止まることはなかった。図書博物館で働く方、申し訳ございません。もう少し落ち着くまで談話室を使わせてください……。


 トネルムが落ち着いたのは、それから数十分が経過したころだった。声をしゃくりあげながらもう大丈夫と言うと、ゆっくりと立ち上がり談話室を出ようとする。ぼくもそれに倣い談話室から出て……あ、そうだ。トネルムが楽しみにしていた本を持ってこないと……。メインフロアの扉を開けてすぐに置きっぱなしの本を見つけて、借りる手続きを済ませた。するとトネルムはぼくの袖を引っ張った。
「だめ……あなたの本がない」
 ぼくはいいよ。それより、今日はトネルムが初めて本に興味を持ったのだから。君を主役にしないとと言うと、トネルムは少し恥ずかしそうに頷いた。
「でも、次はちゃんとあなたの本を借りてね……」
 ぼくは頷き、一緒に図書博物館を出た。出るころの外は少し肌寒かったけど、今日は不思議と温かく感じたのは気のせいだろうか。トネルムは終始、ぼくの手を握っていた。
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