しゃきっと目覚める♪ オレンジのペーストリー【魔】

文字数 4,783文字

 魔族の父と人間の母の間に生まれた少女─シアン。耳は魔族特有のとんがり耳、髪は完熟したブドウをそのまま模したような綺麗な紫色、瞳はラズベリーのように怪しくも甘い色を携えていた。魔族である父は強大な魔力を有していると有名で、その魔力の前では誰しもが震え上がるとかなんとか。そんな父に憧れ、いずれは父のような魔力を操る人になりたいと思っていたのだがそれは叶わぬ夢となった。魔力を有していない種族である人間の母の血がそれを阻害したのだ。いわばシアンは魔族と人間のハーフといったところか。魔力は父から、美貌は母から受け継いだシアンはあまり嬉しくなさそうな顔をしていた。
 それは魔力を受け継いでいても、父のような強大な魔力を使うことができないからだ。何度も何度も試してみたのだが、父のような魔力を自身で生成することができずにいらいらしていた。その原因は母であると決めつけ、シアンは事あるごとに人間である母を憎んだ。何度も何度も何度も。
 しかし、とある出会いがそれを払拭し今は素直に母に謝りたいという気持ちになり、帰路に就こうとしていた。屋敷を飛び出したときに感じていたあの胸の中をぐるぐると渦巻くものはすっかり消え失せ、今の空模様のようにすっきりとしていた。
「あたしの言葉できちんと謝らないと。お母様にも、お父様にも……ね」
 今だったらまっすぐに気持ちを伝えることができるかもしれないと思ったシアンは、ついさっきまで来ていた道を思い出しながら歩いていた。柔らかな風がシアンの髪を撫で、それを追いかけるように若葉の甘い香りがシアンの鼻をくすぐった。その香りにあたりを見回すと、あちこちで春の訪れを今か今かと待っている植物でいっぱいだった。その懸命に生きようとする植物を応援しようとシアンは低くかがみ、もう少しで開きそうな花の頭をやさしく撫でた。
「もう少しだから。頑張って咲くのよ」
 いつも以上に優しくなれている自分に少し照れながらゆっくりと立ち上がり、出発しようとしたとき、さっきの柔らかい風とは正反対の暴力的な風がシアンを襲った。踏ん張りがもう少し弱かったらバランスを崩していたかもしれない位の強風に何事かと思い、髪を直しながら空を仰いだ。上空には巨大な影が列を成してどこかへと向かっているようだった。
「なんなのよ……もう」
 さっきまでの優しい気持ちを返してとばかりに頬を膨らませ、シアンは怒った。暴力的な風が通り過ぎたあと、ふとシアンは足を止めた。
「……なにかしら。なんだか胸騒ぎがする……」
 不安を覚えたシアンは振り返った。シアンの視線の先にはさっきまでお世話になった竜の住処があった。そしてその住処は縦穴になっているのだが、その巨大な影はその中に吸い込まれるように入っていった。
「……ちょっと。まさか……」
 急に不安一色になったシアンはその縦穴に向かって走った。そこには自分の気持ちを受け止めてくれた竜─テレジアとその子供たちがいるのだ。シアンは転びそうになりながらもその縦穴に向かって全速力で駆けた。

「……ひいてはくれないのですね」
「!!!!」
「あなたはわたしの後ろにいなさい。大丈夫だから」
「!!!」
「大人しく引いていただけると思ったのですが……致し方ありません」
「!!!」
 遠くでそんなやり取りが聞こえたシアン。あともう少し、あと少しと自分に言い聞かせ、息を切らせながら必死に足を動かした。この部屋に入ればきっとテレジアたちがいると思い、シアンは部屋の中を見て戦慄した。
「て……て……テレ……ジア……?」
「シアン? あなた、どうしてここへ?」
「そんなことはどうでもいい! あなた、傷だらけじゃない。それに、この子たちも……」
 真っ白な体にあちこち傷が走っているテレジア、そしてその足元ではテレジアと対峙している者が傷つけたのか、テレジアの子の一匹がぐったりと横たわっていた。無事だった他の二匹はテレジアの後ろに隠れていて心配そうに兄弟を見ていた。
「待ってて。さっきくれたあの葉っぱで」
 シアンはここを出る前にテレジアから貰った葉っぱを取り出し、ぐったりとしている子にあてた。そしてすぐにテレジアの背後に運ぼうとしたとき、テレジアの声と空気を割く音が同時に走った。
「シアン!!」
「えっ?」
 子供にばかり目が行っていたシアンに、対峙していた竜の尾がシアンの脇腹を薙いだ。油断していたシアンは体中の空気が抜けるような感覚を覚えながら吹き飛ばされた。そして思い切り壁に叩きつけられると、乾燥した土から発せられた煙であたりが見えなくなった。
「けっ……かはっ……」
 一瞬、酸欠ににも似た感覚がシアンを襲うも幸い短時間で回復し痛みに耐えながらシアンは相手をぎろりと睨んだ。真っ赤に燃える鱗に獰猛な瞳、これは話し合いでは解決しないということは明白だった。これは……いよいよ使わないといけないのかもしれないと覚悟を決めた。
「シアン。大丈夫ですか?」
「ええ。それより、子供たちを……」
 痛む脇腹を抑えながらシアンは相手をまっすぐに見た。次に未だ目が覚めないテレジアの子供を見た。そして次に現れたのはふつふつと湧き上がる……憎しみだった。
「あんた……絶対に許さないからっ!!!」
 シアンは湧き上がる憎しみの念を込めると、シアンの目の前にどす黒く怪しい結晶が現れた。いくつか結晶を具現化させると、赤い鱗の竜はシアン目掛け突進をしてきた。それを結晶が受け止めると勢い良く爆ぜ、欠片が赤い鱗の竜に突き刺さる。痛みを感じた竜は低く唸りながらも、突進を続けた。それをシアンはひらりとかわしながら両手を挙げた。
「まだよ」
 シアンが魔力を開放させると、竜の足元に毒沼を出現させ体力をじわじわと奪っていった。それと同時に竜の生命力を奪取し、奪取した生命力は白い光を発しながら目覚めない子竜へと溶けていった。少しずつではあるが竜から奪取した生命力で回復している子竜を見たシアンは一先ず安心をしながらも、攻撃の手を緩めなかった。
「あたしの大事な友達を傷つけた代償は……高くつくわよっ!!!」
 さらに膨れ上がる魔力を操りながらシアンは竜の生命力を奪いつくそうと、魔力を注いでいるうちに遠くでテレジアが何度も呼びかけているのにも気が付かず暴走していているのか、そのときのシアンの目は真っ赤に燃えていた。

「……アン。シアン。起きてください。シアン」
「……ん……」
 聞き覚えのある声で目が覚めたシアン。ゆっくり目を開くとそこには心配そうに見つめるテレジアと、その子供たちが映っていた。特に子供たちはシアンが気が付いたことがわかると、何度もシアンの頬を舐めた。
「あ、ちょっと。くすったいわよ。もう」
「よかった。あれから二日間、眠っていたのですよ」
「ふ、二日間も……??」
 まさかそんな時間眠っていたと聞かされたシアンは、頭がくらくらする感覚に襲われた。まだ少し怠さはあるが、動けないほどではないと思ったシアンはテレジアに質問をした。
「ねぇテレジア。みんなは無事?」
 その質問にテレジアは穏やかな声で「ええ。あなたのおかげで」といい、シアンに微笑んだ。
「そう。よかった……」
「あなたのおかげでなのですが……一つ心配なことが」
 そう言われ、最初は子竜のことかと思いどきっとしたシアンだったがそうではなくシアンのことについてだった。
「あなたがこの子たちを守ってくれているとき、あなたの雰囲気が少し違って感じたの」
「あたしが……?」
 言われるまで気が付かなかったが、そう言われればそうかもしれないと思ったシアンは記憶を遡ってみた。確かにあの赤い鱗の竜に対しての恨みが増していくと、自分が何者かに支配されていくような感覚があったのを思い出した。あれはきっと、自分の中に眠っていた魔力の塊のようなものなのだろうか。それが暴走しきってしまったらきっと……と思うと、背筋がぞわっとした。
「あなたの魔力は凄まじく膨れ上がり、そのときはわたしもどうかしなくてはと思って……ごめんなさい」
「いいのよ。止めてくれてありがとう」
 左頬から微かな熱を持っているということは、きっとそういうことなのだろうと思い、シアンは暴走をさせまいと止めてくれたテレジアに感謝の意を述べた。そんなやりとりが終わったのを察したのか、子竜たちは「今度はぼくたちの番だ」とばかりにシアンに思い切り甘えてきた。
「びっくりした。ちょっと、くすぐったいわ。あはははっ」
 代わる代わる子竜たちからの感謝の気持ちを受け取っているシアンの顔は、テレジアから見て心から喜んでいるように見えた。

 ひとしきり子竜からの感謝の気持ちを受け取ったシアンはゆっくりと立ち上がると、くるりと背を向けた。それを見てテレジアは「行きますか?」と声をかけるとシアンは無言で頷いた。子竜たちもシアンがいなくなってしまうというのを察したのか、しきりにきゅーきゅー泣き始めた。
「いなくならないで」
「もっとあそんでよ」
「かなしいよ」
 とばかりにシアンの足元にすがり、泣き続けている。やれやれとばかりにテレジア深いため息を吐くと、それを御するようにシアン子竜たちの目線になるよう低く屈み優しく声をかけた。
「心配してくれてありがとうね。でもね、これでお別れじゃないのよ。きっとまた会えるから。それまでいい子にできる?」
 シアンの言っていることを理解しようとしているのか、何度も首を傾げながら耳を傾けている子竜たち。それを見たシアンは一匹ずつ頭を優しく撫でた。
「大丈夫。きっとまた会えるから。心配しないで。ほんの少しだけのお別れだから」
 そう言い、撫で終わるとシアンはテレジアに向かって小さく頷いた。これでもう心残りはないとばかりのきりっとした瞳を見たテレジアは体制を低くし、シアンが乗りやすいようにした。シアンはゆっくりとテレジアの背に乗り、体制を整えると子竜たちに最後の挨拶をし上昇した。まだ下では子竜たちの鳴き声が聞こえるのがなんとも心が痛むが、きっとまた会えると自分にも言い聞かせ振り向かないようにした。
「このままシアンのお屋敷まで飛んでいきましょうか?」
 なんてテレジアに提案されたけど、シアンはそれを拒んだ。なんでも「自分の足で戻ることに意味があるんだと思うの。それに、何を話そうか考える時間も欲しいし」らしい。それを聞いたテレジアは少し嬉しそうに笑った。あっという間に地上に到着し、シアンは軽く伸びをしながら風に吹かれた。そして思っていることをテレジアに話した。
「あのねテレジア。あたし、この力はきっと持つべきものだったのかなって。だけど、それをむ無暗に使うんじゃなくって、今回みたいに正しい理由で使うんだって思うの。それに気付けて本当によかった。あなたに会えたこと、本当に感謝してるわ。あの子たちにもよろしくね」
「わたしもあなたと会えたこと、嬉しく思います。お母様とお父様に一日でも再会できることを祈っています」
「ねぇ、もしも。もしもの話よ。お父様とお母様にごめんなさいを言い終わったあと、またここに来てもいい?」
「ええ。もちろん。あの子たちもきっと喜びます」
「わかった。今度はお父様とお母様のお話ができるようにたくさん、たくさん話してくる」
「そのときのお話を楽しみにしていますよ。シアン。種族は違えど、わたしの大事な家族の一員だということを忘れないでください」
「うん! じゃあ、今度こそ


「気を付けていってらっしゃい」
 こうしてシアンは再度、自分の屋敷に向かって歩き出した。前にここを出発したときよりも足取りは軽かった。いや、軽くなったのは足取りだけでなく、シアンの気持ちもあるかもしれない。今までに体験したことを両親に話すことが楽しみでならないシアンの足は、止まることはなかった。
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