爽やかミントのカップケーキ【魔】

文字数 2,494文字

 アイドルフェスタ楽屋裏。ひょんなことで誘われて参加することになった(見習い)魔法使いのヤホ&ウィズ。ヤホはスタッフの人が用意してくれた衣装に袖を通し、最後の口紅をさしたところだった。
「うん! かわいくできましたよ!」
「……うわぁ……すごい。これ、ほんとにあたし??」
 ずっと書庫に籠って魔法書物を読みふけっていたり、錬金材料とにらめっこをしていたときの自分とは思えない自分が今、鏡の前にいる。
 ぱっちりとした瞳の上には星が瞬いているかのようなラメ、頬には薄い桃色のチーク。耳には大きな星をかたどったイヤーカフ、柄違いのソックスは光が当たると違った色を見せる仕様になっている。あとは、リハーサルの通りに歌って踊るだけ……なのだが。
「うぅ……やっぱり緊張してきた……」
 ウキウキした気分から一変し、突然の緊張感がヤホの足をぎゅっと縛り付けた。人前に出ることがあまりないヤホにとって、大勢の人の前に立つという行為はかなりの勇気のいる行動だ。それでも、前に出なくちゃ……でも怖いを繰り返し、相棒のウィズに助けを求めた。
「ねぇウィズ。この緊張感どうにしかできる方法ないかな」
 メイク担当の人が何に話しかけてるのか不思議に思っていると、楽屋の棚の上に無造作に置かれたとんがり帽子から声が聞こえた。
「そやなぁ……そんなんだったらええ方法あるでぇ」
 とんがり帽子がぴょんと跳ねながら向きを変えた。それは絵本に出てくるような可愛らしい顔をしたおしゃべりをする帽子─ウィズだった。驚きながらも興味津々なメイク担当者は挨拶をすると、ウィズも丁寧に挨拶をしからからと笑った。
「よっしゃヤホちゃん。がちがちに緊張した体を解すとっておき、教えるでぇ!!」
「う……うん! お願い!!」
「それはやなぁ……大きく息を吸って、吐いて……を繰り返すんや」
「……って、そんだけ?」
「そや。そんだけのお手軽さないかい」
「そーじゃなくって! こう、人前に出ても動じないような魔法ってないの??」
「そんな魔法あらへんって。それにできたとしても、まだまだヤホちゃんには難しいかもしれへん」
「ウィズぅ……」
 怒りと悲しみが入り混じった声を漏らすヤホは、仕方なく深呼吸をするというなんともひねりのない方法で緊張感の緩和を試みた。
「吸ってぇ……吐いてぇ……はい吸ってぇ……はい吐いてぇ……どや?」
「……あんまり変わっていない気がする……あぁ、もう少しで自分の番なのにぃ……」
「仕方ない。こうなったらとっておきの魔法を使うしかないな……」
 ウィズがいつになく真剣な表情になり、なにやら低く唸りながらヤホをじっと見つめていた。
「な……なによウィズ。いきなりそんな怖い顔しちゃって……」
「ちょっと待ってなヤホちゃん。今、大事なとこやねん。むむむむむぅ~~! あ、目、閉じて楽にしとってな」
 ウィズの顔が鼻を中心に集まっていき、さながら酸っぱいものを食べたかのような表情になるとさすがのヤホも心配になりながら目を閉じていると、気のせいかさっきまで足元に感じていた拘束感が薄れなんだか風通しがよくなったように感じた。
「あれ……? なんだか……足が楽になった気がする……」
「むむむぅぅう~! まだやで~~!」
 更に力むウィズ。すると今度はまるで心地のよう風に抱かれたような感覚に襲われ、ヤホは一瞬にして緊張感から解放された。
「あ……すごい! ウィズってばこんな魔法使えるの?!」
「むむぅう!! どやぁ、わしの魔法もすごいもんやろう!」
「ヤホさぁん。そろそろ会場に……きゃあ!!」
 すっかりウィズの魔法に魅力を感じていた矢先、会場案内担当者の悲鳴で現実に戻され何事かと思い担当者の視線を辿っていった。すると、ウィズがヤホの足元に魔法陣を作りそこからただ風を送っていただけだということがわかってしまった。
「あ……バレてしもた……」
「ウィズ……ちょっといいかしら」
「そんなぁ……そんなに怒らんといて? な?」
「ウィズ、あたし怒ってるからこっちおいで」
「そんな殺生なぁ……な、許したって? な? お茶目な魔法だと思って……な?」
「ウィズ。もう一回だけ言うわよ。こっちいらっしゃい」
「……うぅ……ヤホちゃん……ごめんて……」
 悲しそうな表情を浮かべながらヤホの足元へとやってきたウィズを、がしと掴み思い切りビンタした。
「なんてことすんのよ!!」
「あいたぁ! 手厳しいぃい!!」
 ぜぇぜぇと肩で息をしながら、怒りのすべてをとんがり帽子にぶつけると……今度こそ緊張感が薄れたような気がした。
「……ウィズ。本番でそれやったら、ビンタじゃすまないんだからね」
「ヤホちゃん……そんな本気で叩かんでもええやないの……」
「うっさいわね! だいたいあんたが変な魔法使うからでしょ!」
「それはヤホちゃんの気を紛らわそうとしたんや……堪忍や」
「……もう。わかったわよ。おかげで少し気が楽になったから、これで許してあげる」
「ヤホちゃん……」
「いい? 本番では絶対にやらないこと! それと、打ち合わせ通りにすすめること! こうなりゃヤケよ! いくわよ!」
「ヤホちゃん……おおきに」
 迷惑をかけてしまったメイク担当者に何度も頭を下げ、楽屋を後にし向かうはたくさんの声援が飛び交うステージ。ヤホとウィズは緊張感をも味方につけ、マイクを握り弾ける笑顔を見せながら登場した。
「は……初めまして! 今日は楽しんでいってくださいね!!」
「では聞いてください。『おっかさんがくれた飴ちゃん』」
「え? は……『ハピネスキャンディ』でしょ??」
 ウィズに突っ込みを入れている間に音楽が始まり、ヤホは簡単なステップを踏むとそれに合わせて音符が現れ小さく弾けて消えた。やがてその音符はヤホの気持ちが高まれば高まるほどたくさん現れてきれいに消えることがわかり、ヤホはその音符を上手に使い会場を大いに盛り上げた。

 無事に歌い終わり、楽屋に戻るとヤホは静かにウィズに話しかけた。
「ウィズ~、ちょっといいかなぁ?」
「なんや? ヤホちゃん。お腹痛いんか?」
 楽屋から大きな破裂音が聞こえたとの報告があとを絶たなかった。
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