ディープダークベリーのハニーシロップ漬け

文字数 1,621文字

暗かった

ただただ暗かった

自分の手が見えないほど、暗くて暗くて暗かった

わたしは疑問に思った

なぜここにいるのか

思い出そうにも思い出せない

まるでなにかに邪魔をされているかのようだった

思い出そうとすると、あともう少しというところで集中が切れてしまう

何度か挑戦してみるも、結果は同じだったのでもう諦めることに


カサ カサカサ

わたしの背後でなにかの音が聞こえた

振り返ると、淡く光る花が咲いていた

暗い世界を灯す明かりのようで、わたしはほっとした

少しでも明るいものが欲しいと、わたしはその花に近寄った

数は少ないけど、今、この場所を照らすには十分だった

それを摘もうと手を伸ばす

あれ おかしいな

明かりの近くなら自分の手が映るはずなのだが、なぜか映らない

わたしは、わたしではないのか

希望の光だと思っていたものが、今は絶望に変わってしまった

淡い光を放つ花が風に揺らめく

風が流れてきた方へ向くと、そこには人がいた

その人がいるせいで、淡い光が漏れていたから

わたしはその人に話を聞こうと近寄った

手がなければ、きっと……なぜこうして移動できているのが不思議だった

もしかして、わたしは魂だけになってしまったのか 一瞬、そう考えてしまった

すみません ちょっとお尋ねしたいのですが

声を出してみた しかし、声は出なかった 意思が闇に吸い込まれているようにも感じた

その人がすっくと立ち、首だけをこちらに向けた

まるで修道女のような出で立ちの、真っ黒な衣を纏った色白な女性だった

その女性はうっすらと笑い、また花を摘んでいた

ひとつひとつ、愛でながら 慈しみながら 微笑みながら

お花を摘んでいる最中、すみません ここはどこなのでしょう

わたしは女性に念じてみるも、こっちを向いてくれない

ならば、もう少し強く念じてみるしかない

ここはどこですか

短ければそれなりに伝わるだろうと思ったわたしは、さっきよりも強く念じた

すると、女性はまた立ち上がり首だけを少しだけこちらに向けて微笑んだ

あの、話を聞かせてくれませんか

ここまでわかっているのならあと一息だと思い、わたしは更に念じた

ただ女性は、口元だけの微笑みでなにも言葉を発しなかった

なぜ……あと少しなのに お願いだから教えてくれ……

すると、女性はわたしに向き直りゆっくり歩み寄ってきた

よかった これで話ができ……

わたしは視界に映っているものを疑った

淡い光に照らされているせいなのか、顔は色白く病的にやせ細っていた

そしてなにより……首から下が白骨化していたのだ

女性は嬉しそうにわたしに近づき、花を見せた

きれいでしょ? あなたにもひとつあげるわ はい どうぞ

受け取るにも受け取るためのものがないため、わたしはなにもできないでいた

あら……いらないの? こんなにきれいなのに 残念ね

女性は少し俯きながら言うと、すぐにわたしを見てにんまりと笑った

あなた とってもきれいね 笑って見せて ね? ほら そう 笑顔がすてきな人 好きよ

わたしは女性に言われるまま、笑って見せた いや、笑ってみせたふりなのか

わたしがわたしであったときと同じ要領で、笑っただけだが……女性はとても喜んでいた

もっと笑って もっと嬉しそうに そうしたら うふふ 

女性はくすくすと笑い、わたしにもっと笑ってほしいとお願いをしてきた

今、ここにはわたしとこの女性しかいないし……仕方なく、わたしは笑って見せた

嬉しかったこと、楽しかったこと、成し遂げられたときのこと、あらゆる思い出を笑みに変換

あら あなたの笑顔 とってもまぶしいわ まるでこの花みたいに とっても素敵よ

この花みたいに……という言葉が少し気になっていると、突然わたしの視界がぐらついた

視界が一気に崩れ、わたしは花が咲いている位置まで視線が落ちると女性はわたしに歩み寄る

きれいでしょう あなたにもきれいなお花をプレゼントしましょうね

身動きが取れなくなり、段々と意識が遠のくなか、わたしの視界にはいったものは

淡く 白く ひかる

 きれいな は な
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