ポッピンキャンディ【神】

文字数 2,198文字

「え? ハロウィンのお菓子を用意して欲しい……ですか?」
 錬金術師であるルチルの元に一枚の手紙が届いた。とある王国の一角に居住をおいているルチルは、王国の依頼をいくつか受け持ちその報酬を生活費や材料費として使っている。今回は全ての依頼品を納品し終えたあと、自宅の郵便受けにこの手紙が入っていたのでもう次の依頼かと思い封を開けたのだった。
「お菓子……ですか……具体的にはどのようなものとは……書いてないですね」
 赤い錬金術帽を被り直し、栗色の髪をまとめふんと鼻を鳴らした。お菓子と一口に言っても様々なものがある。キャンディやクッキー、チョコレートやゼリービーンズなど挙げだしたらかなりの数になる。その中でもハロウィンという行事に注目し、どのようなお菓子が好まれるかを考えた。そうすると数ある選択肢が徐々に狭まり答えがうっすらと見えてきた。
「ハロウィンといえば、やはりお子様が主役の行事ですもんね。そうなると、手が汚れなくて食べて美味しい、かつ壊れにくいというものが好ましいですね。そうなると……答えはキャンディでどうでしょう」
 答えを導いたルチルは早速、自室の中にある錬金術の書からお菓子部門を探し栞を挟んだ。そして、次に考えるのは使う道具だった。いつもの錬金釜で作ろうと思ったのだが、さすがのルチルもそれは如何なものかと思考を巡らせた。普段の錬金術ならそれで構わないが、今回は食品を錬金するとなると口に入るものなのだから衛生面的なことを重視しなければならない。そうなると、新しい錬金釜を見繕わなくてはいけない。
「さすがに洗っただけじゃあ……まずいですよね」
 これで失敗してしまったら王国からの依頼もこなくなってしまうかもしれないという思いから、ルチルは本棚の裏に隠してある貯金箱からいくらか金貨を抜き取り錬金術の道具を扱っている店へと走った。

 新しい錬金釜を購入したまではいいのだが、なんとなく気分がのらないルチル。はてその原因は何かと考えていると、頭の中で何かがきらりと光り庭先に転がっているオレンジ色の物体を持ってきてはがしがしと彫りだした。笑っている顔や困っている顔などで彫られたオレンジ色の物体を錬金釜の周りにデコレーションし、ルチルもクローゼットにしまっておいたフリル付きのエプロンを身に着け準備が整ったのか、ルチルは「錬金開始っ!」と元気な声を挙げた。
「材料は上質な粉砂糖にお好きな果実……。材料はシンプルでいいですね。では」
 錬金釜を購入した店で一緒に購入した上質な粉砂糖を錬金釜に入れ、真っ赤に実ったイチゴを投入した。すると、錬金釜から可愛い音をたてながら小粒の飴玉が飛び出してきた。それらを落とさないよう籠の中に収めると、同じ要領で別の味を作成することにした。
「今度はオレンジ味にしてみましょう」
 まんまるの果実をまるごとごろんと錬金釜へと放ると、しばらくして小粒の飴玉が出来上がった。その作業を繰り返し、いつの間にか飴玉でいっぱいになった籠を見つめ満足そうに微笑むルチル。
「これだけあればきっと大丈夫でしょう」
 普段は薬品をメインに製作しているのだが、今回どの位ぶりだか食品の錬金を依頼され心配だったが思いのほか上手くいき味毎にきれいに袋詰めを行い王国へと納めに向かった。

「いやぁ。疲れましたぁ」
 ふらふらになりながら自宅へと戻ってきたルチル。ベッドに倒れこみ疲れのピークに達しているのか、そのまましばらく動くことができなかった。大量に製作した飴玉を王国へ納めに行ったまではよかったのだが、そこで言われたのが人手不足のため、ハロウィンイベントに協力してくれとのことだった。そう言われるや否や、王国の人からハロウィン用の衣装に着替えさせられ仮想を楽しんでいる子供たちに自分で作った飴玉を渡していたのだ。
「トリックオアトリート!」
「あ、は、ハッピーハロウィン」
「わぁい! お姉ちゃんありがとう!」
「お母さん見て! このキャンディ、すっごい透き通っててきれい!」
「あら本当。まるで宝石みたいね」
「いただきまーす! ん! こっちはイチゴ味、こっちはレモン味!」
「二つ一緒に食べると味が変わるものもあるんだ! すごいなぁ、今年のお菓子は」
 自分が作った飴玉をあそこまで気に入ってくれている。子供だけでなく、一緒に来てくれたお父さんやお母さんも子供と一緒の嬉しそうな笑顔で溢れていた。そうこうしている間にも飴玉はどんどんなくなっていき、イベントが始まって一時間も経たないうちに完売となってしまった。そのことを王国の人に伝えると、ほかの場所を手伝って欲しいといわれ配置を変えまたイベントを楽しみにやってきた人たちにお菓子を配り始めた。
「でも……」
 枕の中で声を発したからか、少しくぐもった声になりながらもルチルは錬金術での疲れとはまた違った疲れに心地よさを感じていた。
「案外悪くないですね。間近で喜んでいる姿を見れるというのは……」
 いつもなら依頼された品をただ納品して終わるのだが、今回は目の前であんなにも喜んでくれている姿を見ることができたというのが、ルチルにとってかけがえのない思い出となった。
「……来年も受けようかな。この依頼」
 ぼそっと呟きながら就寝準備を進め、床に就くとあっという間に深い眠りについた。その夢の中でも何か楽しそうにしているのか、寝顔はとても嬉しそうに笑っていた。
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