あなたにメロメロ♡メロンクリームソーダー

文字数 5,324文字

 狩猟の女神─アルテミス。そしてその兄妹で弓の名手や太陽神とも呼ばれているアポロン。弓の技術なら他に抜きん出る人がいないほどの実力を有している。しかし、アルテミスにはアポロンにないものを持っている。
 それは、集中力と楽しむ心。狩猟において集中力は欠かせないものであり、これは弓の命中率にも繋がる。そして、獲物を苦しませないためでもある。アポロンはまるで子供のようにはしゃぎながら弓を引き絞り適当に矢を放つだけで獲物の急所へと射ることができる。それに対し、アルテミスは集中しすぎるあまりに急所を外してしまったり、ただ勝負ごとに勝ちたいという真剣すぎるその思いが空回りし、肝心のところで命中させることができないでいた。このことにずっと悩んでいたアルテミスは深いため息を吐いた。
「はぁ……わたしって……どうしてこう上手く射ることができないのかしら……」
 頬杖をつきながら、夜空を見上げるアルテミスはいまいち自分の腕を信じることができないでいた。どうすればもっと上手くなるのだろうと悩んでいると、アルテミスの背後から足音を鳴らしながらそっと寄り添う生物がいた。
「け……ケリュネイア」
 聖獣ケリュネイア。大きな雌鹿は自分の頬をアルテミスの背中にあてると、アルテミスはその雌鹿の頭を優しく撫でた。
「ごめんなさい。ケリュネイア。わたしったら、なんか思い悩んでしまってて……」
 ケリュネイアは「心配しなくていい」とばかりに鼻を鳴らし、また足音をたててどこかへ行ってしまった。その後ろ姿に励まされたのか、アルテミスは夜空に向かって小さく拳をつきあげた。
「……大丈夫ですよね。わたしだって、やればきっと……」
 ちょっとだけ元気を取り戻したアルテミスは、気持ちを切り替えて自分の相棒である弓の手入れをするため、自室へと戻った。こういうことが大事なのかもと思うと、手入れをするときにも自然と力が入り、気持ちも段々と盛り上がってくるような気がした。

 悩み事を抱えてから数日。アルテミスとケリュネイアが辿り着いた町で、なにやら盛り上がっている人たちを見かけ、アルテミスはそのうちの一人に声をかけた。
「あの。なにかあったのですか?」
「ああ。この近くでリゾートっていうなんだか楽しい施設が開業されたみたいなんだ。入場は無料ってんだからこれは行くしかないってみんな大喜びしてたんだよ」
「へぇ……リゾート?」
 聞きなれない言葉に首を傾げていると、町の人がそのリゾートに関するチラシを分けてくれた。なんでも何も持ち物はいらないし、費用もいらない、思う存分遊ぶことができるという内容だった。チラシの下には何やら主催者らしき人物の名前が書かれているのだが、これも見慣れない字体で誰だかがわからなかった。
「なんだろう……へぇ。この近くなんだって、ケリュネイア、行ってみませんか」
 アルテミスの言葉に小さく頷き返事をするケリュネイアは、一瞬何かを感じたのかその気配のする方をぎろりと睨んだ。しかし、そこにはただの茂みしかなく、気のせいかと諦めたケリュネイアはやや速足にアルテミスの後を追いかけた。

 リゾートの入り口では既にたくさんの人で賑わい、まだかまだかとそわそわしている人もいれば友人とまずはどこへ行こうかと話している人と様々だった。しばらく並び、アルテミスの番になったとき、入り口で水着姿の少女に案内を受けた。
「よく来たネ。今日は思いっきり楽しんでいくネ。それがここを利用する条件アル」
「あ、ありがとうございます。行ってきます」
「うん。あんたは相当苦労してるみたいネ。今日くらいははめを外して思い切り楽しむがヨロシ」
「え……?」
「なぁに。商人の独り言だと思っていればいいネ。さ、早く遊んでくるがヨロシ」
「は、はい! おいでケリュネイア」
「これは大きな鹿ネ。大人しくしていれば一緒に遊ぶことも許可するネ」
 ケリュネイアを見た受付の少女は驚きながらも、一緒に遊ぶことを許可してくれた少女に、アルテミスは深く頭を下げてロッカールームへと向かっていった。その楽しそうな後ろ姿を見た少女はうんうんと嬉しそうに頷いていた。

「えっと……水着は……これにしようかな」
 大きなロッカールームにはアルテミスしかおらず、なんだか落ち着かない様子ではあったがロッカーの中に入っていたレンタルの水着の種類の多さにその気持ちはどこかへ吹き飛びどれにしようかと嬉しい悩みを抱えていた。
「これもいいけど……よし! これにしよ!」
 選んだのは寒空でも映えそうな白い水着に、薄桃色のパレオ。それと、気分を盛り上げようと南国の花をモチーフにした髪飾りだった。どこかおかしいところはないか鏡で確認し、特にないと思ったアルテミスは静かにロッカーの扉を閉め、ケリュネイアとともに大きなプールエリアへと向かった。
「本当に何も持たないで遊べる施設なんて……すごいね。ケリュネイア」
 アルテミスは軽く準備体操をしながらケリュネイアに声をかけた。反響する声に少し驚くケリュネイアだが、すぐに慣れたのか角で器用に水を捉えアルテミスへとかける。
「きゃ! 冷たい! もう! ケリュネイアったら! えいっ!」
 思わぬ攻撃に驚いたアルテミスは、手で水をすくいケリュネイアにかけた。するとケリュネイアも水が冷たかったのか、体をぶるぶると震わせながらもまた角で水をかけるを繰り返し、アルテミスとケリュネイアは少しずつ水に慣れていった。プールサイドに置いてあった大き目な浮き輪を手に、アルテミスは流れるプールへと体を浸した。水をかけあったとはいえ、体に伝わる冷たい水がアルテミスの声をも震わせる。それに心配したケリュネイアも静かにプールへと入りそっとアルテミスに寄り添った。
「ケリュネイアと一緒なら浮き輪は必要ありませんね。後で返しておきましょう」
 アルテミスとケリュネイアはしばらくゆったりと流れる水流に身を任せ、のんびりとした時間を過ごした。流れるプールの真ん中では太いパイプのようなものが複雑に絡んだ建物があり、その中から聞こえる楽しそうな声、または本気で泣いているのかもと思うくらいの悲鳴とが入り交じりとても楽しそうだった。中でも、背中に翼の生えた少女が浮き輪に乗りながらその建物から流され着水したとき、首を横に振りながら係員に誘導されているのを見かけると、アルテミスはあの建物は怖いものと判断し、ちょっとだけ視線を逸らした。
 もうすぐ一周回ってきたと感じたとき、体はまだ流されていたいと思うのだが気分はそれではなく少し休みたいと訴えていた。プールの端にゆっくりと移動し縁を掴みながらプールサイドにあがると、ケリュネイアは体をぶるぶると震わせ水を払った。アルテミスも持ってきた大き目のタオルで体についた雫を拭き取り、ベンチチェアに腰を下ろした。
「ふぅ……ちょっと休憩しましょうか」
 たった一周回っただけだというのに、体は心地よく疲労を感じていた。それに、周りで遊んでいる人たちの声を聞いていると自分もなんだか楽しい気分になってきているのを感じていた。
「……昨日の悩み事なんて、まるでちっぽけなものですね。あの人にはあの人の持ち味があって、わたしにはわたしにしかない何かがあるのでしょうか……」
 ケリュネイアきっとそうだと言いたげな眼差しを送ると、それが通じたのかアルテミスは表情を緩めやっと心から笑うことができた。
「ここに遊びに来れたのも、きっと何かの縁ですね。今日はたくさん遊んでいきましょ」
 うふふと嬉しそうに笑うアルテミスだが、突然ケリュネイアが殺気を放ち一か所をじっと見つめていた。何事かと思いアルテミスがケリュネイアに話しかけようとすると、近くの茂みからがさがさと音がし、アルテミスの恐怖心を高める。
「だ……だれか……そこにいるのですか?」
 アルテミスの問いかけに反応はなく、ただケリュネイアだけがアルテミスの問いかけに答えている。

 

と。

 しばらくの沈黙の末、先に破ったのは茂みの中からだった。勢いよく出てきたのはバラのように真っ赤な髪に長身容姿端麗な弓使い─オリオンだった。オリオンは息を止めていたのか、顔が真っ赤になりながら飛び出してきたため、アルテミスは驚きのあまり尻餅をついてしまった。
「ぶはぁ! もう我慢できねぇ!」
「え……あ……え……あ……あああああなた……」
 震える指先で指さす方向には、かつて何度もケリュネイアに蹴飛ばしてもらったアルテミスの天敵とも言えるオリオンが呼吸を整えている。
「おう。誰かと思えば麗しきアルテミス嬢じゃないか! ここでお会いできるなんてなんたる偶然! さ、ご一緒願えませんか?」
「き……き……き……きゃああああああああっ!! と、殿方ぁああああぁ??!」
 アルテミスは声の限り叫んだ。それもそのはず、ここは

なのだ。もちろん男性専用プールや家族や友達で遊びたい人に向けた通常のプールの用意もある。そこへ男性であるオリオンがいるということは……。さすがにまずいと思ったのか、オリオンの額には大粒の汗がたらりと流しつつせまりくる雌鹿の威圧にたじろいでいた。
「ま……まぁ、話せばわかる。な、話せば……話せば……」
 無言の圧を送り続けるケリュネイアに一歩また一歩と後退るオリオンの背に、どんと何かがぶつかった。ゆっくりと振り返るとそこは行き止まりで、もうオリオンには逃げ場がないことを意味していた。観念の意で両手を挙げて伝えるも、時すでに遅し。ケリュネイアはオリオンに背を向けて準備を整えていた。あとはアルテミスからのお声がかかればいい状態にまで待機していると、涙を浮かべながらアルテミスは言い放った。
「け……ケリュネイア! お願いしますっ!!!」
 自分の名前が呼ばれた時点でもうわかっていた。何をすればいいのかを。この人に害を与えるものは誰であろうと容赦しない。その思いを後ろ脚に込め、赤髪の弓神の腹目掛け放った一撃は、悲鳴すらもあげることも許さず、ガラスを突き破り空へと打ち上げられた。悲鳴を聞きつけた係員と受付にいた少女が事情を聴きにやってくると、アルテミスは涙ながらに全てを話した。状況を把握した係員はすぐさま遠くで気絶していた元凶を捕らえ、そのまま御用となった。

「あら。さっきのお客さんネ。大丈夫アルか?」
「あ……は、はい……」
 受付にいた少女がアルテミスに近付き、そっとタオルをかけた。ゆっくりと立ち上がり、医務室へと案内されたアルテミスは落ち着くまでしばらくの時間を要した。
「……ごめんネ。私の監視が甘かったアル……」
「いえ……そんな。あなた様のせいではありません……」
「いいや。これは責任者である私の不注意ネ。せっかく楽しんでもらおうとしていたのに、こんな気持ちにさせてしまって……ごめんアル」
「…………」
 無言で首を横に振り、少女に非がないことを伝えるアルテミス。そんな悲しそうな姿をケリュネイアはただ見ていることしかできなかった。
「どうかお詫びをさせてほしいネ。なにか希望があればなんでも言うネ」
「え……そんな……悪いですよ」
「いいや。これは私の責任アル。きっちりとお詫びするアルヨ」
 こうなっては一歩も引く気がないと判断したアルテミスは、少し悩んだ末一つ思い浮かんだお願いを口にした。
「あ……あの。もし、よければなのですが……あの建物を滑り落ちるものを試したいのですが……」
「え? ウォータースライダーのことネ? お安い御用アル。よかったら一緒に鹿ちゃんもどうアル?」
「け……ケリュネイアも……? いいのですか??」
「一緒に楽しんでくるがヨロシ! 今、係の人に連絡するからちょっと待つヨシ」
 そういって少女は係員に連絡を入れ、すぐに遊べるように手配をすると少女自らウォータースライダーなる施設へと案内してくれた。段々と流れるプールから離れていく様子に怯えながらも頂上に到着すると、係員が手を振ってボートまで誘導をしてくれた。
「これに乗って思い切り叫ぶアル。下につく頃にはきっと気分も晴れるネ」
「はい……挑戦してみます! 行きましょ、ケリュネイア」
「はい、足元に気を付けてくださいね。両手でしっかりもって……あ、鹿ちゃんは持てないか」
「大丈夫です。ケリュネイアはわたしが抱えています!」
「それじゃ、準備ができたら滑ってくるネ」
「……お願いします!」
 ケリュネイアを両手でしっかり抱え、係員にゆっくり押し出されたボートは水流の力で速度を増し太いパイプの中を高速で滑り落ちていく。未知の体験にアルテミスは我を忘れて思い切り叫び、笑い楽しんだ。やがて光の中へと突っ込んだと思ったらざぶんという音と共にウォータースライダーは終わりを告げた。
「はぁ!! た……楽しいっ!!! 楽しいです!! あははははっ!!!!」
 ウォータースライダーの頂上にいるさっきの少女に手を振るアルテミスの顔は、今を思い切り楽しんでいる一人の少女だった。あまりの楽しさにもう一回とケリュネイアにお願いし、スライダーの頂上へ向かうアルテミスの顔にはさっきまでの沈んだ顔は窺えないくらい弾けていた。
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