ちょっと大きめ馬拉糕(マーラーカオ)

文字数 2,812文字

「続いては、教職員による借り物競争です! 参加される方は入場門までお願いします」
 アナウンスによって集まった教職員は、さっき行われた生徒の部の借り物競争より少なかった。それでも、場を盛り上げるためや人手不足により仕方なく参加する教職員、もちろん自ら参加を希望した教職員と様々だった。中でもこの学園の教頭でもあるガープも参加していることに教職員は驚いていた。赤い髪は腰まで伸ばし、髪色と同じ立派な髭を生やし筋肉質な体であることはピチピチの体操着の上からでもわかる。最大サイズの体操着でさえも悲鳴をあげるか否かの瀬戸際でがははと大声をあげて笑う。
「おっしゃー! なんでもこーい!」
 腕組みをし、準備万端なガープに対し不安の色全開の社会科担当のオルプネーとそれをプラス思考に考える古典担当の静音。そうこうしているうちに開始を告げる空砲が空を震わせた。
「いくぞー! お、なんだあれは。わし専用って書いてあるぞ……なにっ! チャイナドレスだとっ!!!」
 札には校長直筆で「チャイナドレスに着るにゃ きちんとジャージは脱ぐにゃ」と書かれていた。声を震わせる隣でオルプネーは「アイマスク」、静音は「悩んでいる生徒」と書かれた札を持っていた。すぐに動いたのは静音で、大きな声で悩みを抱えている生徒を探し始めた。次いでオルプネーもすぐに心当たりがある場所へと向かった。一番に札を引いたはずのガープ教頭はまだ唸っていたが、がばりと顔を上げ観戦席で手を振っている教員の元へと猛ダッシュ。その勢いはまるで雄牛のようで近付くにつれガープ教頭の覇気が肌に伝わってくる。チャイナドレスを持っている教員の目と鼻の先で止まり、チャイナドレスを受け取りその場で素早く着替える。目にも止まらぬ早さで着替え終えたのはいい……いいのだが……一つ問題が生じた。
「なんじゃこれ。やけにピチピチじゃの……」
 ガープ教頭の服のサイズを知ってか知らずか、用意されたチャイナドレスは今にも悲鳴をあげそうな程ピチピチだった。ガープ教頭はただ呼吸をしているだけなのだが随所でミチ……という音が聞こえる。もし、これが大きな悲鳴をあげたのなら……教員の顔は一気に冷めていった。
「き……教頭! は、早くゴールに!」
「ん? なんじゃ。なんか言ったか」

 ミチミチミチミチっ!!!

 チャイナドレスから奇声が聞こえた。それも盛大な……。慌てふためく教員に首を傾げながらガープ教頭は肩をぐるぐると回しながらゴールへと向かう。その間にも、チャイナドレスからの悲鳴が絶えなかったのは言うまでもない。


 一方、お題が「アイマスク」だったオルプネーはふうふうと息を吐きながら階段を上り、目的地である屋上へとたどり着いた。ここにアイマスクを持っている生徒がいるとわかっていたから迷わずこれたのだが……果たして。
「はぁ……はぁ……今日も……きっと……屋上で……寝ているでしょう」
 屋上の扉を開き、目の前で気持ちよく寝ている生徒─ガルムの目元にはしっかりとアイマスクがされていた。本当は参加しないといけないはずなのだが……今日も今日とて昼寝をしていた。
「わかっては……いましたけど……はぁ……では失礼します」
 オルプネーはガルムの目元にあるアイマスクに手を伸ばした。すると、気持ちの良い日差しがガルムの瞼に降り注ぎ、眩しそうに瞼を収縮させる。
「ん……まぶしい……あ、先生! あたしのアイマスク返して!」
 目を開けた先には担任が自分愛用のアイマスクを取っている姿だった。ガルムが手を伸ばしてアイマスクを取り返そうにも何かに阻まれてそこから先には届かなかった。
「え……! シャドウワーム?」
 オルプネーの影から伸びた蛇のような生物─シャドウワームが二人の間に入り、アイマスクを死守した。そしてそのままシャドウワームはガルムを威嚇し、まるで「動くな。動いたら飲み込んでやる」と言わんばかりにぐるると唸った。
「後でちゃんと返しますから。シャドウワーム、しばらくそのままでお願いします」
 オルプネーの影からガルムの影と移動し、威嚇を続けるシャドウワームに成す術なくガルムはその場にとどまるしかなかった。

 こちらは静音。グラウンドをぐるりとしながら悩みのある生徒はいないか声をかけて回っていた。静音は焦るどころかむしろ余裕をもった足取りで回っているのだが、誰も挙手せずにいた。それは悩みがないと取った方がいいのかもしれない。静音は教職員の中でも悩み相談にのってくれることで有名だった。つまり、今ここにいる生徒のほとんどは静音に悩みを打ち明け済みなのだ。
「困ったねぇ。誰もいないんじゃあゴールができないじゃないか」
 観戦席半分を回ったところで誰もいない。もう半分回って悩みのある生徒がいるかどうかわからないが、静音の足取りは変わらずゆっくりとしていた。
「さぁ、悩みのある生徒は遠慮なくいいな。終わったら相談にのるからさ」
 嬉しそうに微笑む静音の目に飛び込んできたのは、一人の生徒の手だった。それは真っすぐに上がっていた。そしてその生徒の前に着くとにっこりと笑った。
「協力してくれてありがとう。悩みはあとで聞くから、今はゴールまで付き合ってくれるかい」
 生徒はこくんと頷き、静音の手を取りゴールへと向かった。

 それぞれが目的を果たしゴールを目指す。ガープ教頭はゴールをするかチャイナドレスが悲鳴をあげるかのどちらか、オルプネーは校舎の中から走り、静音は悩みがある生徒のことを気遣ってゆっくりとした足取りだった。
「がっはっは! このままわしが一番じゃーー」
「はぁ……はぁ……しんどい……ですけど……あたしだって……頑張れるところを……っ!」
「さぁ、焦らなくていいから。ゆっくりでいいからね」
 ガープ教頭と静音がゴールテープに重なり、どちらが一着かをその場で係員が判定をする。寸前のところでガープ教頭が一着、次いで静音との判定が下った。生徒は中々手を挙げられなくてごめんなさいと謝ったが、静音はそれを優しくなだめる。むしろ、勇気を出して手を挙げてくれてありがとうとその生徒の頭を優しく撫でた。
「がっはっは! わしが一番じゃー!」


ブチィッ ブチィッブチィッ!!!

 勝利の咆哮をあげた瞬間、チャイナドレスがついに「もうダメだ」と悲鳴を上げた。グラウンドにいた生徒、教職員全てから更に悲鳴が上がり、会場は一時騒然となった。唯一、その顛末を知らないオルプネーは不幸中の幸いだった……のだろうか。
「きゅ……救護班! すぐにガープ教頭に服をっ!! つ、続きましては障害物競走です! 参加する生徒さんは入場門まできてくださ……ひ……ひゃああー!!」
 笑いながら突進してくるガープ教頭に驚いたファイロはマイクがオンになっていることを忘れて叫び、気絶した。
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