ふんわりクリームとカスタードのスティッククレープ【神】

文字数 2,103文字

「はぁ……」
 今日何度目かの溜息を澄み渡る青空に吐き出す少女─マリアン。ドレスを基調とした軽装備を施し、腰には護身用の細剣を差している。さらさらの金色の髪を風に遊ばれながら、ベランダに用意してある紅茶に口をつけた。飲み頃になった紅茶を飲み、気持ちが少し落ち着いたのかマリアンは軽く息を吐きティーカップをソーサーに置いた。
「……もう……難しいわね」
 ぽつりと呟いたマリアンの言葉は、どこか重々しさを宿していた。というのも、マリアンには前から気になっている存在がいた。木々の間をまるで飛ぶように移動し、獲物を狙う鋭い視線がなんともかっこいいと思ってしまう。そして元気な声で「今日も森の恵みに感謝だ」とか言いながら木の葉や木の枝でぼろぼろになりながら帰ってくる青年─ロビンフッドという存在。いつもマリアンを見て少年のように笑う姿に胸をどきどきさせているマリアンは、この気持ちをどう伝えていいかわからないでいた。
 そこで、今年のバレンタイン。思い切って手作りのチョコレートを作ってみたのだが、そこから先がなんとももどかしく不発に終わってしまったのだ。今年こそはと意気込んで作ったチョコレートはロビンフッドの手元に届く前に、どこかへ消えてしまった。
「……そういえば、最近おしゃれをしていないわね」
 ふと窓ガラスに映る自分を見て、マリアンは呟いた。ヘアサロンには定期的に通ってはいるのだが、ドレスを基調とした軽装備には手を付けていないことに気が付いた。不用心は確かにいけないけど、だからといっておしゃれには手を抜きたくないマリアンは窓ガラスに映る自分をみてさらに重い溜息を吐いた。
「はぁ。もう少しおしゃれを楽しみたいわ……って、そう簡単にはいかないのはわかってはいるけどね」
 自嘲気味に言いながらベランダを後にし、自室で本を片手にしていると唐突な眠気がマリアンを襲い、そのままベッドに突っ伏してしまった。

「んん……やだ、わたしったら。いつの間にか眠ってしまってましたわ」
 目が覚めたマリアンはゆっくり体を起こし、軽く伸びをした。うたた寝などどのくらいぶりだろうかと思いながら、マリアンは眠気覚ましをしようと外に出て驚いた。そこはさっきまで自分がいた世界とは全く異なっていたのだから。
「あら……ここ、どこかしら?」
 自分が住んでいた場所にはないようなマルシェやショップがずらりと並んだそこからは、かすかに花の香りが漂ってきていた。まるで柑橘のような爽やかな花の香りに誘われて、マリアンはここはどこなにかを確かめる名目で街並みを楽しんだ。あっちではアイスクリーム屋、こっちでは小物屋さんなどお買い物を楽しむにはもってこいの通りにマリアンの胸は小さく跳ねた。
(なにかしら。ちょっと楽しくなってきましたわ)
 確かにここはどこなのかを確かめるのもあるのだが、マリアンは弾む気持ちを抑えることができず小さなブティックの扉を叩いた。
「失礼しまーす……」
 店内からは仄かにラベンダーの香りが漂い、なんとも清々しかった。ドアチャイムがからんからんと鳴り、来客が訪れたことを伝えると店内から小柄な少女が小走りでやってきた。
「いらっしゃいませー」
 ヤギ族の耳をした少女─メイクレアがぺこりと頭を下げた。エプロンドレスに身を包んだメイクレアの手には裁縫道具(大きな裁ちばさみ)が握られており、ぱっと見ただけで何か作業をしていたのだと察するに容易かった。
「営業中……だったかしら?」
「はい! あ、プレートを出すの忘れてました! 申し訳ございません!」
 メイクレアは慌てて「営業中」と書かれたプレート提げ店内に戻ると、マリアンに店内を軽く案内してくれた。ここにある洋服はすべてメイクレアの手作りとのことで、どれも手の込んだ洋服はとても手縫いとは思えないくらいに縫い目がわからなかった。生地の手触りや装飾も、ひとつひとつこだわっていてワンピースと一口に言っても商品は様々だった。胸に花のブローチがついているものや、シンプルなアクセサリーがセットになっているものなど付属しているものもあれば、好きな装飾品をひとつ選べるという嬉しいオプションがついていた。
「このワンピース、素敵ね。それに、このコートも……」
「ご試着も承りますよー」
「……ちょっといいかしら??」
「どうぞどうぞ♪」
 マリアンは気になった洋服を手に取り、鏡越しにあててみたり試着してみたりを繰り返し、気が付いた時には手にはたくさんのショッピングバッグがぶら下がっていた。
「普段着ないお洋服に挑戦するのって、ちょっとお腹がくすぐったいわね」
 お会計を済ませたマリアンは、今まで着たことのないカジュアルな装いにむずがゆさを覚えながらメイクレアにお礼を言ってブティックを出た。ちょっと買いすぎちゃったかもと思いながらも、これも気になるあの人と真っすぐお話するためなんだからと言い聞かせマリアンは次のお店に足を運んだ。そのころには、ここがどこであろうが関係なかった。ただ一言だけいうのであれば、ここは心から楽しめるそんな場所なのではないかとマリアンは鼻歌を歌いながらウキウキ気分を更に盛り上げた。
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