ルビーレッドロリポップ【竜】

文字数 3,956文字

 ハロウィン。それは各々が仮装をして街に繰り出し、みんなで行進をしたりお菓子を貰ったりと楽しいお祭り。ぼくも依頼でこの街にきたとき、街にはかぼちゃを模した飾りを入口のフェンスに飾ってあったり、蝙蝠のガーランドを門扉に付けているのを見かけて心が弾んだな。せっかくだからぼくも街の人にお願いをして仮装衣装を貸してもらい、街を散策することにした。ちょっと長めのローブだけどこれにランタンを持てばそれなりに雰囲気は出るとアドバイスをもらったので、その通りにしてみたけど……似合ってるかな? 鏡で確認をしてみたけど……うん、いいかも。
 ちょっと前が見えにくいけど、足元に気を付けながら街を歩いていると、賑わっている街の中心から外れて歩く人影を見つけた。ぼくはなんとなく気になってしまい、静かにその後を付けてみた。やがて静かな森の中へと着いたぼくは段々と心配になってきたけど、その人物の足は止まらずどんどんと奥へと進んでいく。そしてその森の奥には数多くの墓石がありいかにもっていう場所だったけど、その人物は迷わずその中へ入っていった。どうしようか躊躇っていても仕方がないし、ここまで来たらというものもあり勇気を出して中に入った。
 その人物は一つのお墓の前に立ち、辺りを見回していた。誰かを待っているのだろうか、やけに落ち着かない様子だった。見たことのある背中……もしかして……グエリアスかなとぼくは思ったけど、それにしても……と考えていると小枝を踏んでしまいその人物にばれてしまった。
「誰だ! ……あぁ、あんたか。どうしたんだい。仮装会場はここじゃないぜ」
 グエリアスに似た人物だが、物腰が柔らかい……確か、グエリアスの弟のレオンハルトだったかな。そんなレオンハルトもハロウィンらしくおめかしをしているので気になってついてきたと正直に話すと、レオンハルトはあんたも物好きだなぁと笑いながら言われた。
「……まだ、来てないか。なら、聞くかい? 俺のちょっとした昔ばなしを」
 小さく息を吐き、レオンハルトは夜空に浮かぶ満月を見上げながら口を開いた。

 あれはまだ俺が王家にいたときの話さ。あんたも知っての通り、俺の兄貴はグエリアスさ。力こそが正義だって謳ってばかりの……な。王家には代々しきたりってもんがあって、そのときの皇帝と決闘をして、勝てば次期皇帝で負ければ……っていうものがあるんだ。んで、その時の皇帝っていうのが俺たちの父さんなんだ。グエリアスは一刻も早く皇帝になり力こそが正義だという完全実力主義の国を設立しようと企んでいた。父さんはそこまで実力主義ってわけではなかったけど、まぁそこそこって感じかな。可もなく不可もなく……俺には丁度いいくらいだった。
 だけど、グエリアスはそんな生ぬるいことは言ってられないと言って、玉座に入るや否や父さんの胸に剣を突き立てやがった……ただ穏やかに過ごしていた父さんに対して容赦なく……な。かくしてしきたりに則らずに完全実力主義の国が産声を上げちまったんだ。俺はすぐにグエリアスはに異議を唱えたさ。そんなのは正式に則ってない。だから無効だと。だけど、グエリアスはそんなことを聞く耳すら持っていなかったのさ。そして、俺の顔を見てまるで嫌なものを見るかのような目でこう言ったのさ。
「出来損ないの分際で何を言う。貴様はその辺で這いつくばっているのがお似合いだ」
 出来損ない……この言葉にかちんときた俺は剣を抜いて、グエリアスと喧嘩を始めた。周りに侍女がいるのをお構いないしに、父さんが大事にしていたお城だということも忘れてただひたすらに剣を振るった。何度も何度も何度も……振るっては弾かれ振るっては弾かれ、それをグエリアスは全て軽くあしらって鼻で笑っていた。その顔を見た俺は益々頭に血が上り、ただがむしゃらに剣を振っていた。
「……だから貴様は出来損だというのが……まだわからないのか」
 グエリアスが一言だけ発し、剣を振るうとまるで突風に吹き飛ばされたかと思うくらいに体がグエリアスから遠のき、城壁に穴を開けた。肺の中にある酸素が全て吐き出される嫌な感じがし、俺はグエリアスを睨んだ。そこには悠然と剣を構え俺を見下したグエリアスがいたんだ。さらにその背後には真っ黒な竜が翼をはためかせ、いつでも俺を吹き飛ばせるとばかりに大きく鼻を鳴らしていた。
「本気を出してもいいんだぞ。俺様が憎いなら本気を出して来るがいい」
 挑発されているのは始めからわかっていた。わかっていたとしても体はそれに気付かず、グエリアスに向かっていった。弾かれるもしくは吹き飛ばされることをわかってて突っ込んだ俺は剣を薙いだ。きれいに横一線に薙いだつもりだったが、俺の耳に入ったのは何かが砕け散る音だけだった。最初、ガラスかと思ったけど違くてもっと近くで聞こえて……ふと目をやると俺が持っていた剣が粉々に砕けていたんだ。なんで砕けたかを知るのはその五秒後だった。あぁ、そうか。砕けたのはグエリアスの背後の竜が庇ったからかと完全に理解した瞬間、俺の目には竜の腕が迫っていた。

 やたらと煩い風だと思い、目が覚めるとさっきまで城が立っていた場所は半壊しあちこちが炎に包まれていた。布か何かが焼けているのか辺り一面焦げ臭く、なかには逃げ遅れた奴が瓦礫の下敷きになりぴくりとも動かない奴までもがいた……。ついさっきまで笑っていた侍女、難しい顔をしていた警備兵までもが犠牲になっていてもなお、グエリアスにとっては何のことだと言わんばかりの態度がそこにあった。
「まだやろうというのか……? これ以上は無駄だといつになったらわかるのだ」
 面倒くさそうに溜息を吐くグエリアスを睨むも、俺の体はすでにボロボロで右手はかろうじで無事だが、両足の傷がひどいせいか立っていることが辛かった。このまま立たずにいてしまおうかと甘い囁きが聞こえてきそうだが、俺は首を横に振り必死に立ち続けながら血の塊を吐き捨てた。
「そうか……ならばすぐに楽にしてやろう。実の兄からのせめてもの手向けだ。心して受け取れ」
 正直、避けることなんでできる自信なんてなかった。むしろ、このまま父さんの元へと行けるのなら……と思っていたとき、俺の前に誰かが立ちふさがった。グエリアスの剣はその立ちふさがった人物の胸を深く抉り、傷口から溢れた血液が俺の顔を濡らす。まだ誰か生き残っていたのかなんて悠長なこと考えていた俺だったけど、すぐに目を疑った。
 慈愛に満ちた瞳、真っ白な肌、そして、今までに何度も見てきたその笑顔……まさか。
「レオンハルト……さま……。ご無事……ですか?」
 俺の中でしばらく時が止まっていた気がした。そこに立っていたのは……俺の……俺のっ!!!!
「ちぃ……邪魔が入ったか……。ふん、興が覚めたな……」
 剣を引き抜いたグエリアスはつまらなそうにその場から去り、今は俺と……俺と……あぁああああああっぁぁぁあ!!!!
「レオンハルト様……お怪我はありま……せんか?」
 うん……うん。俺は大丈夫だ……お……お前を今すぐ治療してやるからな……少し我慢してくれるか?
「わたしはもう……長くありません。どうか、レオンハルト様が少しでも……うっ」
 おい……おい!! しっかりしろ!! おい!誰かいないか! ここに急病人がいる!! 誰か……誰か……助けてくれ……お願いだ……
「たぶん……もう生き残っているのは……レオンハルト様……だけかと……っ!」
 わかった。わかったからもう喋るな……お願いだ……
「わたしは……レオンハルト様と一緒にいられた時間が……まるで夢みたいでした。なんの取り柄のないわたしを傍に置いていただき……感謝……という言葉では足りません……」
 喋るな……なぁ、喋るな。傷口が開いちまう……
「初めて……お会いしたときのことが……まるで昨日のようです。太陽のような笑顔に何度も救われました……わたしはあなたと……一緒にいられるだけで……」
 なぁ……聞いてくれよ。お願いだ……喋るな……お願いだ……
「最後のわがまま……なのかもしれません。わたしは……あなたのことが……ずっと……」
 おい……おい!! 返事をしろ! なぁ!! 返事を……してくれ!!

 ああああああああああああああああああああああああぁぁぁぁぁっ!!!!!


 俺の恋人は静かに息を引き取った。最後まで優しく慈愛に満ちた笑顔のまま、この世を去った。俺とグエリアスとのいざこざに彼女を巻き込んでしまい、俺はしばらく、彼女の亡骸に何度も何度も謝った。許してくれだなんて都合のいいことなんて言わない。でも、謝らずにはいられなかったんだ……。
 彼女の亡骸を丁重に扱ってくれる人に預け、よろしくお願いしますと依頼をするとその担当者は日付と場所を指定した紙を俺に渡した。なんのことがさっぱりだった俺はとりあえず素直にそれに従うことにした。
 指定された場所、時間に着いたのが……ここって訳さ。この墓所で待っていたら彼女が現れたって話さ。ハロウィンにちなんだドレスを着てな。それからというもの、俺はハロウィンの一日だけここに来て彼女に会ってるって話。……これ、誰にも言うなよ? あんただから話してるんだからな。ははっ! あんたが頷いたのを見て安心したよ。これで心置きなく……おっと、そろそろ彼女がやってくるころだ。申し訳ねぇが……。

 その先は何となく察しがついたぼくは、静かにその場から去った。一年に一度だけ……か。とてつもなく辛い思いをした……こんな言葉では言い表せないくらい思いをしたんだ……レオンハルト……。いつもは気丈に振舞っている様子だったけど、墓所の方からすすり泣いているような声が聞こえたのは気のせいだったのかな……。
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