ちょっぴり暴れん坊なベリーキャンディ【魔】

文字数 3,125文字

「……もうこんな季節か」
 窓の外をぼんやりと眺めていたベルゼブブは、無意識にそう呟いていた。そのぼんやりとした顔はどうも七罪の暴食を司るものとは思えないようなどこか乙女チックな表情をたたえていた。普段は険しい顔をしながら任務にあたったり雑務をこなしたりと何かと忙しい日々から解放され、今は自室で自堕落という時間を貪っていた。
「……はぁ」
 これで何度目かの溜息を吐く。その度に窓ガラスは薄く曇りしばらくして露となり窓を伝いを繰り返し、いつしか窓枠には雫の塊ができつつあった。彼女が何度も息を吐くのは何も仕事が疲れていたからではない。それ以外……例えば恋愛とか。いくら彼女が悪魔であっても誰かに思いを抱くというのは至極当然である。それが七罪の中でも最高位に値する傲慢を司る悪魔─ルシファーであるということ。何度かルシファーと言葉を交わす機会があるのだが、その都度緊張してうまく話せなくてもじもじしていると、ルシファーはそれを特になにもないと判断しその場から去っていく。言いたいことがあるのにうまく切り出せず、何度もルシファーの背中に手を伸ばしその度に空を切り数秒前の自分を何度も呪った。次こそは……次こそはと思って入るも行動に移すことができずに胸に燻る思いをどうしたらいいかと悩んでいた。
「ルシファー様……」
 甘く哀愁の籠った吐息と共に思い人(悪魔)の名を呼ぶ。叶わなくてもせめて傍に置いてください。それだけでわたしは……ふとベルゼブブは思い人の隣にいる自分を思い描いた。一見、幸せに見えるその光景も一瞬にして霧へと変える。
「なんて……なんておこがましいんだ。わたしは……」
 思わず拳を振り上げ、何度も何度も幸せな妄想を殴りつける。何度も何度も跡形もなくと思っていてもそれは思えば思うほど鮮明に浮かび、それをまた殴りつけるを繰り返しているうちにベルゼブブの胸をきゅっと締め付ける。
「……シファー さま……」
 次第に胸を締め付ける力は強まり、ベルゼブブの意識をじわりじわりと奪っていく。肉体的に傷つくことに慣れているベルゼブブだが、内面的な痛みに抗うことができなくなったベルゼブブの目は幕を下ろすかのようにゆっくりと落ちていった。

「……っと……ルゼ。……ルゼったら。聞いてんの? 聞いてるのって聞いてるのこの虫女!」
「……虫女とは言うではないか。このガサツ女」
「なんだ。聞こえるなら聞こえるっていいなさいよ。あと少しで殴りつけるところだったわ」
「……もし本当に振り下ろしていたらそのときはただではすまんぞ」
 意識を取り戻すきっかけになったのは、ここ最近付き合いが多くなった悪魔─アドラメレク。最初はなんでこうも馬が合わないものなんだと思っていたのだが、何度も顔を合わせて言葉をぶつけていく内に少しずつお互いが心を許す存在になってきている。そして今はそんなベルゼブブを心配してかアドラメレクがベルゼブブの顔を覗き込んでいた。当のベルゼブブは少し頭が痛むのか抱えている状態だった。
「たまにはあんたの顔を見てやろうと思って入ったら、あんたが倒れてるんだもん。びっくりしちゃったわ」
「倒れてた……のか。わたし」
「なんかあったの? 特別にあたしが聞いてあげるわよ」
「……」
 ベルゼブブは話そうかどうか迷ったが、今もこうしている間も胸を締め付ける感じが取れないので(仕方なく)打ち明けることにした。すると、最初は茶々を入れながら聞いていたアドラメレクだったが、話が進むにつれて真面目な顔になりしまいには食い入るように聞いていた。すべてを話し終えたベルゼブブは小さく息を吐き、気持ちを落ち着かせてから顔を上げるとそこには顔を真っ赤にしながら肩を震わせているアドラメレクが映っていた。
「なっ……なんて顔しているのだ。お前は」
「ぶっ……あっははははは!! もうダメぇーー!! ベルゼったら……ひぃひぃ……はぁ苦しい!」
 前にも似たようなことがあったが、気にしていられない。人が真面目に話しているのにその態度が気に入らなかったベルゼブブの顔は真っ赤になり拳を振り上げた。
「はぁ……思い切り笑わせてもらったわ。サイッコーのクリスマスプレゼントもらった気分だわ」
「……クリスマスだと?」
「そうよ。今日は特別な日なんだから。楽しまなきゃ。はいっ、これベルゼのね」
 そう言ってテーブルの上にどんと置かれた特大サイズのボトルに呆気にとられていると、どこにそんなに沢山持っていたのかと聞きたくなる位の料理がずらりと並んだ。そしてどれもができたてのようで美味しそうな湯気をたてていた。
「はいはい。恋のお悩みも聞いたところで、ここいらでぱーっとしましょ。ぱーっと」
「ぱーっとって……お前」
「前にも言ったでしょ。あんたはあたしのライバルなんだから、いつまでもメソメソしてるなんてつまらないわ。あんたはムスッとした顔してふんぞり返ってればいいのよ」
「散々な言われようだな」
「それでこそあんたってもんでしょ。時々乙女チックなとこ、あたしは大好きだし。それにね」
 グラスにどばどばとワインを注ぎ、半ば強引に手渡しながらアドラメレクは言った。
「そう言って、いつもあたしに話してくれるあんたが……結構好きなんだから」
 アドラメレクは注ぎ終えたグラスを重ね、照れ隠しをするかのようにワインを一気に飲み干した。ぷはぁと言いながらどこか爽やかな顔をしているアドラメレクの顔を見たベルゼブブはグラスに映る自分の顔を見た。そこには不安や恐怖、苦痛に歪んでいる自分がいた。小さく揺れる度にそれは大きくグラスで波紋を広げ更に表情を歪ませる。
「いつまでそんな顔してるのよ。せっかくこのあたしが来たんだからさ、まぁたつまんない顔したら本気でぶん殴るわよ」
 声には怒気が含まれていながらもどこかベルゼブブを心配しているようにも聞こえるその声は、ベルゼブブの気持ちをほんの少し良い方向に傾かせた。ぐっと唇を嚙みグラスに映る自分を睨みつけた。そして負の感情に染まった自分を一気に飲み込んだ。喉を通るひりひりした感じも押し込んでぷはぁと息を漏らした。
「あんた……苦手だったんじゃないの」
「あぁ。苦手だったさ。でも、今はそんな自分にも負けたくないんだ。それに、いつもお前にはこうして世話になってるし、つまらないことが嫌いなお前を少しでも驚いた顔を見たくてな」
 にやりと笑うベルゼブブににぃと口の端を持ち上げて笑うアドラメレク。まるで「そうこなくっちゃ」と言いたげな顔にベルゼブブはそれを察知したのかグラスをアドラメレクに差し出した。
「あんたにして上出来じゃない。さぁ、湿気っぽいのはおしまいよ。あたしのペースについてこれるかしら?」
「今日ならついていける……いや、追い越せる気がするな」
「へぇ。それは楽しみね。追い越してみなさいよ」
 言うが早いが、こんがり焼けた大きなチキンに手を伸ばしそのままがぶり。アドラメレクが声を出した時には既にベルゼブブの口の中にはジューシーな旨味が広がっていた。
「あっ!!! ちょっとベルゼ! フライングよフライング!」
「おや、負け惜しみか? これでわたしが一歩リードということだな」
「きぃーー! 負けないんだからぁ!!」
 本気で悔しがるアドラメレクを見るベルゼブブの顔は、さっきまでの不安の色から幸せの色へと変わっていた。今までに味わった勝利の味とはまた一味違った調味料に舌鼓を打つベルゼブブは、ライバルであり友であるアドラメレクとのクリスマスを過ごした。いがみ合っていたときに感じなかったが、今だったらはっきり思える。

                


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