つぶつぶたっぷり♪小豆鹿の子

文字数 3,809文字

 少女は忘れ物がないか念入りに確認していた。一つ一つ指をさして確認を終えると、それらをまとめてしょい込み、玄関を出た。明日はきっと、みんなにとって幸せな日になるようにまずは楽しまなくては……もう一度自分に喝を入れ、少女はとある場所へと向かった。

 活気溢れる街。今日は異国の祝い日「正月」という。新年を祝い、新しい気持ちで一年を過ごせるようにと神社にお参りをしたり破魔矢やお守りなどの享受を受ける。新年のあいさつを済ませないといけないと焦っている少年─ハルアキは式神であるアヤメに頭を何度も叩かれながら走っていた。どうやら寝坊をしてしまったようで寝ぐせのついたままの髪をなびかせながらお世話になっている神社へと向かっていた。アヤメはハルアキが式神召喚の儀で初めて呼び出せた式神で、付き合いは長い。座敷童の容姿で表情はないものの式神にしては珍しく喜怒哀楽を持ち合わせていて、こうして寝坊して情けない召喚者の頭を今もなお叩き続けている。
「わかったってアヤメ。ぼくが悪かったって……痛い痛い」
「……っ!!」
「いたたたた!!! か……髪を引っ張らないで!」
 腹の虫が収まらないアヤメは叩くだけでは飽き足らず、変な方向についた寝ぐせを引っ張り出した。これにはたまらずハルアキも声をあげる。その様子を行き交う人々は冷ややかな視線を送っていることにハルアキは気づくことなく、お世話になっている神社へと向かっていた。

 ようやくアヤメが落ち着きを取り戻した頃、お世話になっている神社に到着した。家を出たときよりもぼろぼろになっているのは気のせいかもしれないが、ハルアキは玄関に飾られている松の飾り─門松を見て気持ちを整えてから呼び鈴を鳴らす。ちりんちりんと軽い鈴の音が聞こえてからしばらく、神主さんが現れてハルアキの顔を見てにんまり笑うと、「中へどうぞ」と無言で言っているような様子に少し戸惑いながらも中へと入る。履物を揃え、中へと入ると家の中だというのにしんと静まり返っている様子にさらに戸惑うハルアキ。肩に座っているアヤメも驚いている様子でさっきから動いていない。
「さてハルアキ。まずは……明けましておめでとう」
「あ……お、おめでとうございます。それと……遅れてしまって申し訳ございません」
「いやいや。わしは気にしておらん。お前さんが無事に来てくれただけで嬉しいよ」
「あ……はい」
 簡単に挨拶を済ませたあとは、広間に移動し新年を祝った料理─お節をごちそうになった。重箱にはたくさんの縁起物が詰め込まれており、崩してしまうのがもったいないくらい美しい飾りなどもあった。神主さんと巫女さん合わせて数十人が一同に集まり、手を合わせ恵みに感謝を述べてから食す習慣は異国ならでは。ハルアキは生まれたときからそうであったからもう違和感というものはないのだが、時々ほかの世界からやってきた人はその習慣に慣れておらず、あたふたしているのを見てきた。ハルアキが簡単に一連の流れを説明しながら一緒にやっていくうちに、その人の顔からは緊張感がなくなり、次第にわくわくした顔へと変わっていった。それから打ち解け二本の棒で食材を掴んだり混ぜたり切ったりする方法にも慣れたころはすっかりこの習慣が気に入っていた様子で、巫女さん曰く、ハルアキよりも上手だったという時も少なくない。
 ちょっと前のことを思い出していたハルアキを呼び戻したのは、言うまでもなくアヤメだった。ぺちぺちと頬を叩かれて我に返ったハルアキは、早速お節をいただくことにした。れんこん、栗きんとん、伊達巻などが入った重箱からいくつか小皿に取り分けてから口へと運ぶ。れんこんは甘酸っぱく、栗きんとんは上品な甘さ、伊達巻はふわふわに仕上がっており一つ一つが丁寧に作られているということが分かった。
(ぼくじゃこんな味は絶対に出せないな……はぁ……もう少し食に関して考えないとなぁ)
 自分が作ったときとはかけ離れた美味しさに、思わず弱気になってしまうハルアキ。一応、最低限のことはこなすことはできるのだが、料理に関しては「食べられればいい」ということに重点を置いており、そこまで手の凝ったものは作らない。簡素なものであってもなんら問題がないといいつつも、ここまで格の違う料理に出会ってしまうとさすがに考えざるを得ない。しょげているハルアキを見た神主さんや巫女さんはくすくすと笑っていて、それが自分だと気が付いたハルアキは顔を真っ赤にしてもじもじとしていて、さらに笑い声が大きくなった。真っ赤になっている召喚者を見たアヤメはやれやれと言わんばかりに首を横に振った。
 食事も終わり、一斉に食後の挨拶を済ませるとハルアキは神主さんから別室へ来るように言われた。何かと思いすぐに別室へ向かうとたくさんの式札が宙を舞っていた。式札一枚一枚に術式が書かれていて、ハルアキはどの札がどういう効果をもたらすのかすぐにわかった。そして、そのうちの一枚を手にした神主さんは小さく息を吹きかけその式札に書かれていることを具現化する。
「お前さんの持っている式札を、ちょいといじらせてもらったぞい」
「え……」
 ハルアキは懐に入れていた式札を確認してみた。すると、昨日まで札が傷んでいたのがまるで新品のように変わっていた。かすれて読めなくなっていた文字もきれいに書き直されていた札を見たハルアキは喜びの声をあげた。
「それほどまでに使い込んでるということというのは、それほど札を大事にしなきゃいけないということ……本来は修理費用を貰うだが……今回はまぁ、新年ということで大目にみよう」
「ありがとうございます」
「それに、そのおちびもちょっとばかし手を加えておいた。また来年、お前さんが力をつけてここへ来るのを楽しみにしておるよ」
「……何から何まですみません」
「いやいや。わしにとってはお前は孫のようなもんじゃ。困ったことがあればいつでも来なさい」
「は……はい。ありがとうございます」
 それに気が付いたのか、アヤメは神主さんに何度も頭を下げていた。無表情ではあるもののどこか喜んでいるように感じたハルアキは重ねて礼を述べた。

「さて、挨拶も済んだし。帰ろう」
 日が暮れる少し前に神社を出たハルアキは真っすぐに帰ろうとしたその道すがら、たくさんの人で賑わっていることに気が付き何かと思い確認をしてみる。
「さぁ、みなさん見ておいで。新年のめでたいときは……これってね」
 金髪に祭り法被というちょっと変わった出立ではあったが、その容姿には気にもせず目の前で繰り広げられている演目に誰もが釘付けだった。
「さらに……こうだ!」
 独楽を回しながら踊ったり、独楽の上にさらに独楽をのせてみたりと一風変わったことをしている様子にハルアキも思わず足を止める。
「わぁ……ほら、アヤメも見てごらんよ」
 ハルアキの頭にちょこんと乗ったアヤメも、その変わった演目にわくわくしたのか手拍子をしてみせた。それに気が付いた金髪の少女が嬉しいねえと笑う。
「そこの兄さん、ちょっと手伝ってくれないかい」
「え……ぼ、ぼくですか?」
「そうだよ。ほら、悪いことしないから」
 手招きをされたハルアキは断ることができず、その少女の前に立つとじっとしていてと言われ、その言葉通りにじっとしていた。しばらくして、頭に違和感を感じたハルアキがそっと手を伸ばすとそこには静かに回り続ける独楽があった。すぐ近くまで触れると微かではあるが風を感じ、確かに回っているということがわかった。
「え……これってどうやったのですか?」
「それは企業秘密ってやつだね。ほんじゃ、次は手を前に出して内側が上を向くように」
 頭で独楽が回っている最中にも関わらず、少女はハルアキに次の指示を出した。あまり動くと独楽が落ちるからねと忠告され、ハルアキはゆっくりと手の内側をむけた。
「よっし。そのまま……それっ!」
 少女が勢いよく紐を引くとまるで意思を持っているかのように、独楽が自らハルアキの手の上に乗った。そして静かに回り続けると観ていた人たちから歓声と拍手が巻き起こった。
「よっしゃ! うまくいったぁ!!」
「あのー。いつまでこうしていればいいですか?」
「もう少しの辛抱だ」
 じっとしているのが辛くなってきたハルアキが弱音を吐くと、独楽たちは急に失速をしてころんと転がった。そして動かなくなると、それを何事もなかったかのように集める少女が最後にありがとうございましたというと、目一杯の拍手が響いた。協力したハルアキにも拍手が送られ恥ずかしそうに頭をかくとアヤメを抱えてその場から逃げるように駆けた。

「いやぁ……恥ずかしかったぁ……」
「……」
 アヤメがハルアキの膝で転がっていると、何かを見つけハルアキに差し出した。小さな紙のようなものだが一体。
「ん? これって……さっき独楽を回してた人だ。なになに……」

 さっきは協力してくれてありがと!
 あたしはお京ってんだ。この近くで独楽を使ってみんなに笑顔を届けるのを仕事にしてる者さ。あんたとはまた会えそうな気がするよ。
 
 感謝状……? なのかなとつぶやくハルアキに、きっとそうだと言いたいようにアヤメが何度も首を縦に動かす。うーんと唸りながらもハルアキは楽しかったからいっかといい、調理場に立った。今日こそはと意気込みながら野菜に手を伸ばし、とんとんと規則正しい音を響かせた。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み