鬼灯飴【神】

文字数 2,089文字

「なんだか賑やかだな」
 スカイブルーの髪色を揺らしながら歩く青年─オーリック。遠くから聞こえる笛の音色や子供たちの声に顔を上げ、声を漏らした。オーリックは愛する妻を魔族に殺され、その敵をとるため旅をしている。まだ幼い娘を残して。幸いなことにオーリックの親が近くに住んでいたということもあり、面倒を見てくれることにはなったが、オーリックが妻に手をかけた魔族を探す旅には大反対だった。それは単に魔族というだけでは検討もつかないということもあるが、何より一人娘を残していくということに対してだった。それに対してオーリックは申し訳ないという気持ちをいっぱいに込めた謝罪でなんとか押し通すことができた。ただ、条件として適当な時期に必ず手紙を寄越すということ。この条件を飲み、オーリックは妻の敵は魔族という手掛かりだけを胸に家を出た。
 家を離れてしばらく。ふと立ち寄った町では独特の音色が心地よく響き、その音がオーリックの足を止めた。本来はここで足を止めている場合ではないということはわかっているのだが、オーリックはここを通り過ぎてしまっては後悔してしまうのではないかという思いに駆られ、町の入り口を潜った。
 見慣れない服装に身を包んだ子供たちを見るたび、オーリックは自分の娘と重ね頬を緩ませていた。何人目かの子供とぶつかりそうになったとき、ふと我に返り目の前にある建物にようやく気が付く。どうやらここの宿屋のようで、薄暗くなった空を煌々と照らす照明がなんとも暖かかった。その照明に誘われるかのように中へ入ると、エプロン姿の女性がオーリックに声をかけた。
「あら、いらっしゃい。ここじゃ見ない顔だけど、ここは初めての利用かい?」
「あ、ああ」
 元気な声に思わず圧倒され、中途半端な受け答えになってしまいながらも女性はてきぱきと宿帳と部屋の案内をしてくれた。指定された金額を支払い、今日体を休める部屋に入るとこぢんまりとしていてもとても機能的な緑色豊かなに案内された。
「これは……なんとも爽やかな香りがするのだな」
 緑色のふかふかした床を見て思わず声が漏れるオーリック。そして、さっき女性から渡された服を広げてみた。それはさっきすれ違った子供たちが着ていたものと同じものだった。
「これは……初めて見る服だな。どうやって着るのだろう」
 オーリックの髪色と同じ青色の服に袖を通すところまではわかった。だが、長く太い紐のようなものの使い方がわからず、たまりかねたオーリックはさっきの女性に声をかけた。すると、女性はオーリックから紐を受け取ると慣れた手付きで紐を結っていく。ほどよい締め具合に頷くオーリックを見た女性は小さく頷き、説明をした。
「今日はお祭りがあるんだ。あちこちに出店もあるから、楽しんできて」
「で、でみせ?? う、うん」
 でみせとは一体どういうものなのだろうか。少し不安が過るも、その不安はものの数秒で吹き飛んでしまった。軽やかな音色と共にはしゃぐ子供の声、大人たちの心から楽しんでいる笑顔、そして赤い門のようなものを潜った先に様々な食べ物を調理しているテントのようなものがずらりと並んでいた。
「おお……これが

というものか」
 店の前で元気に挨拶をする調理人に「これ食っていかねえか」とか「美味しいよ」とか声をかけられ、断りつつも何にしようか考えていた。そこでふらりと立ち寄ったお店でオーリックは三つ注文をして出てきた。
「あ……しまった」
 手には真っ赤に熟したリンゴを薄い膜で包んだりんご飴、見た目がなんとも鮮やかなオレンジの飴を二つ。これは無意識に注文をしてしまったとはいえ、オーリックには少し複雑な思いが過った。
「あいつが好きだったりんご飴。それと娘が好きなこの飴……今はおれしかいないのに三つ頼んじゃったな……」
 以前、オーリックの妻と娘三人で遊びにいった近所の村での祭りごとで妻は決まってりんご飴、娘はオレンジ飴を買っていた。それにつられるようにオーリックもオレンジ飴を購入するのが定番だった。今はもう叶わないと知っていても、体は無意識にそれを購入してしまう。
「今度、娘が大きくなったらまた来たいな」
 オレンジ飴を見つめながら、オーリックはぽつりと呟いた。胸のあたりがちくちくと痛みが走り、中々飴にかぶりつくことができずにいると空で大きな音が鳴り響いた。


            どーん    ドドーン
    
         ドドーン    どーん  どどどどーん

 空を彩る花火は、そんなオーリックの気持ちを払うかのように大きな音をたてた。頭にずんと響くその音はびりびりと頭に伝わり、やがてふわりとした優しい気持ちへと変わる。それを何度か味わったのち、オーリックは再度オレンジ飴を見つめ、「今度、一緒に行こうな」と誰かに優しく話しかけた。そして花火がよく見える場所に移動し、三つの飴を花火に向けた。最後の大きな花火が打ち上げられ、辺りがしんと静まり返るのを確認したオーリックは真っ赤なりんご飴を齧った。甘くもすっぱいそのりんごは、初めて妻と食べたあの時のりんご飴と同じだった。
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