とろける甘さのプリンシェイク【魔】

文字数 3,079文字

 とある喫茶店にて。今日のお昼時はいつもより人も少なく、比較的落ち着いた店内だった。給仕たちも混雑している状況に慣れている人たちばかりだったので、お客様に料理を提供するのにもそう時間はかからなかった。

 カランコロン

 店内にお客様が入ってきたことを告げるドアチャイムが鳴り、給仕の一人が颯爽と出入口へと向かっていった。ところが、確かにお客様が入ってきたはずなのに、人影が見当たらず辺りを見回すと、フリルのついたエプロンをくいくいと弱い力に引っ張られ、その方へと視線を移すと今にも泣きだしそうな女の子が立っていた。その女の子はウサギのぬいぐるみをぎゅっと抱き、目には涙を浮かべながら何かを訴えていた。
「お嬢ちゃん。どうしたの? 迷子?」
 給仕が女の子の目線になるよう屈みながら質問をすると、女の子は首を縦に動かした。
「ママとはぐれちゃったのかな……ほかに一緒にいる人はいるかな? ママとかパパは……?」
 女の子は首を横に振り、いないと答えた。すると給仕は「どうしましょう……」と悩んだ末、キッチンにいる店長にも相談し店内で一時的に保護することにした。給仕は二人掛けのテーブル席へと女の子を案内し、両脇を抱え席につかせた。すると、女の子は少し安心したのか給仕に小さく頭を下げた。給仕はにこっと笑いながら女の子の頭を撫で、さらに安心させると品書きを見せて「なにか飲みたいもの、あるかな? あったらこれって教えて」と、指をさすように表した。品書きを何度かめくった女の子は、とあるページでぴたりと止まり指をさした。
「これが飲みたいのね。わかった。ちょっと待っててね」
 女の子が指さしたものを注文用紙に記入し、給仕がキッチンへと向かっているとまたドアチャイムが鳴った。

 カランコロン

「いらっしゃいませー」
 給仕の一人が元気な挨拶をすると、扉から入ってきたのは目にくまを浮かべ、手には大量の袋を抱えた女性だった。一瞬どきりとした給仕だが、すぐにその女性を案内しようと駆け寄るとその女性は一点を見つめながら立ち止まっていた。
「ま……まさか。まさかまさか……っ!」
 その女性は二人掛けの座席で足をぶらぶらさせながら飲みたいものを待っている少女の元へと向かうと、なんと土下座をした。
「そのウサギのお人形、譲ってくれませんか!!」
 いきなりなんのことだかさっぱりわからない少女は、びっくりしてしまいウサギのぬいぐるみをぎゅっと抱きしめながら固まってしまった。店内に少しの沈黙が流れたあと、女性はがばりと顔をあげて少女に謝罪をしてから簡単に経緯を説明し始めた。
 女性の名前はマモン。どうやら夜通しグッズの販売を待っていたせいか寝不足になってしまい、目の下にくまができているという。そして、その寝不足を乗り越え手に入れたのがこの袋の量なのだが、どうしてもひとつだけが手に入らなかくて悔しい思いをしたという。それが、今、少女が持っているウサギのぬいぐるみというわけだった。
 状況を理解した給仕は、うんうんと頷きながらマモンと名乗った女性に優しく諭すと「いやあ、どうしても欲しいのお」と泣き出してしまった。困り果ててしまった給仕が頭を悩ませていると、少女はマモンのもとに歩み寄り、ウサギのぬいぐるみをそっと手渡した。
「え……?」
「……いっしょにいるときだけなら……いいよ」
 か細い声を発しながら、マモンにぬいぐるみを渡すと、マモンはさらに涙を流しながら少女にお礼を言った。
「ありがとう……ありがとう」
「お嬢ちゃん。優しいのね」
「だいじにしてくれそうなひとだから、このこもいっしょにいてもいいかなっていってた」
「そっか。あ、飲み物ができたわよ。さ、席について」
「うん」
「あ……あたしもおなじものくだひゃい」
「はい。かしこまりました」
 少女の目の前には、クリーム色の液体の上にぷるぷる揺れる液体と同じ色の柔らかいものがのってあった。その周りには白いふわふわクリームが踊っており、たくさんのフルーツが散りばめられていた。少女が目をきらきらさせながら飲み物を見ていると、マモンは「さ、先に飲んでなさい」というが、少女は首を横に振った。
「いっしょにのむ」
 少女の真っすぐな思いがマモンの胸に深く刺さり、危うく変な声が出そうになるのを堪え「わかったわ。もうちょっと待ってて」と絞り出すのがやっとだった。ようやく席についたマモンは、少女から受け取ったウサギのぬいぐるみを大事そうに抱えていると、少女はマモンの袖をちょいちょいと引っ張った。
「? どうしたの?」
「ペルデュ。あたしのなまえ」
「ぺ、ペルデュちゃん。よ、よろしくね」
「よろしくね。マモンちゃん」
「マッ……!!!」
 危うくここではないどこかに飛んでしまいそうなマモンをよそに、給仕はマモンが注文した飲み物を運んできた。
「お待たせしましたぁ。『ぷりんしぇいく』です! ごゆっくりどうぞ」
 飲み物が揃うと、二人は手を合わせながら「いただきます」をし、ストローを刺した。卵をたっぷり使ったプリンは、舌触りはもちろん喉越しもよく甘さもちょうどよいスイーツドリンクだった。マモンはちゅるちゅるとドリンクを飲んでいると、ペルデュは大きなスプーンにプリンとクリームを一緒にして口へと運んでいた。そんな食べ方もあるのかと驚いたマモンも早速、ペルデュと同じようにプリンとクリームを一緒にすくって口へと運ぶと、一瞬にしてその顔はとろんと溶けた。
「ん~、幸せだわぁ。疲れた体に染み渡るっていうか」
「マモンちゃん。ウサギさんがむりしちゃだめっていってる」
「そ、そっか。うん。そうだよね。無理しないようにするね」
 ドリンクを飲み終えた二人はしばらく、お人形遊びをして時間を過ごすと店内にある時計から時報を告げる音楽が流れた。その音にはっとしたマモンは、急に焦りだした。
「あっ! え? もうそんな時間なの??」
「……どうしたの?」
「あ……えっと。これからまたグッズの列に並ぶ約束してたの忘れてた……」
「……そっか」
「ごめんね。ウサギさん、返すからまたね」
「……」
 マモンがウサギのぬいぐるみを返そうとすると、ペルデュの目には大粒の涙が浮かんでいた。いずればいばいするのはわかっていたけど、いざそうなると我慢ができなかったペルデュは、袖で涙を拭うと、無理やり笑って見せた。
「マモンちゃんといっしょにいたいっていうおにんぎょうさん、まってるよ」
「あ……う……うん……でも……」
「わたしは……だいじょうぶだから」
「う……あ……あぁん! もうこうなりゃすっぽかすわよ!」
「え?」
「ペルデュちゃんとこうして会えたのも何かの縁だもの。この縁とグッズだったら……この縁をとるわよっ! だから、グッズの約束はなし! だから、もう少しだけペルデュちゃんと一緒にいさせて?」
「……いいの?」
「わたしは……ペルデュちゃんと一緒にいる方が……大事っ!」
「……ありがとう」
「ごめんね。ごめんね」
 マモン謝りながらはペルデュを優しく抱きしめると、ペルデュは何度も小さく首を横に動かした。
「おかわり……しよっか」
「うん!」
「すみませぇん! 同じもののおかわり、おねがいします!」
「はい! かしこまりました!」
 ドリンクを待っている間の二人は、給仕たちはたまた店長から見てもずっと前から友達だったような雰囲気を感じていた。そしてその様子を嬉しく思ったのか、キッチンにいる店長はほんの少しだけ、おまけをした。このおまけで二人が少しでも長くお店で楽しい時間を過ごせるようにと思いを込めた、小さな小さなおまじない。
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