皮ごと食べられる大粒グレープのプチタルト【魔】

文字数 2,764文字

 ブライダルフェスタ。ここでは著名なドレスデザイナーが手掛ける新作ドレスのお披露目を行っている。華やかなものからシックなものまで幅広いドレスは、訪れた人たちの目を心を幸せ色に染めていった。ブライダルフェスタ参加者は、デザイナー直筆の招待状で招かれた初心者や玄人まで幅広いゲストだった。当日までどんなドレスを試着できるかもわからないため、参加者もどきどきに包まれてやってくる。
 流浪の踊り子リィアもその参加者の一人である。特にあてもなく冒険をしている彼女は、道中や町の一角で華麗なステップを踏み見る人を楽しませている。独特なリズムが癖になるという噂が広がり、どんなリズムなのだろうと興味を持った人たちが彼女を追いかける人も少ないくない。そんな彼女にもデザイナーから直筆の招待状が届き、現地に赴き新作のドレスに袖を通した。漆黒の髪に合うように作られたヴェール、ワインレッドのドレスにシルバーのアンクレット、強化ガラスで作られたというヒールを履き手にはバラの花束を持っている。
「うわぁ……ステキ」
「あら、ありがとう。嬉しいわ」
 訪れた一般のゲストに微笑み、申し出があれば簡単なポーズをとり写真撮影も可能となっている。女性から申し出を受けたリィアはその申し出を受け入れ、花束を高く掲げて静止した。かしゃりという音と共に参加者の女性から「ありがとうございます」と何度も頭を下げてリィアがいる会場を後にした。
「リィアさーん。お疲れさまでした。休憩にしましょう」
「はぁい。ありがとうございます」
 リィアの着付け担当から休憩入りのアナウンスが入ると、リィアは用意された椅子に深く腰を掛け、ドリンクに手を伸ばした。軽食にも手を出そうとしたとき、リィアはふと止まった。そしてしばらく考えてから着付け担当に声をかけた。
「ねぇ、ほんの少しだけでいいのだけど。わたしのお願い、聞いてくれるかしら?」
「? どうかされましたか?」
 リィアはふふっと悪戯っぽく笑うと、すっくと立ちあがり軽く伸びをした。そして表情が少し強張っている着付け担当に「そんなに難しいことじゃないの」と断ってから本題を切り出した。
「ほかの会場に行って、みんながどんな幸せな色に包まれているのかを見たいの」
「幸せの色……ですか?」
 聞きなれない表現に着付け担当は首を傾げると、リィアは「ええ」と頷きながら撮影用のヒールから履きなれたヒールに履き替え準備をしていた。
「あなたが着付けてくれたこのドレスを見たあの子、見た? すごく幸せそうな顔をしていたのよ。それももちろん嬉しいことだけど、他にも参加者がいるのを、わたしもこの目で見てみたいの。そして、その参加者を見た人たちの表情を見てみたいの。できるかしら?」
「そういうことでしたか。ええ、構いませんよ。幸い、次のリィアさんの出番までかなり時間もあるので、ぐるっと見て回っても十分足りるかと思います」
「よかった。それじゃあ、案内してくれるかしら?」
「かしこまりました」
 こうしてリィアは、他の人がどのような幸せを色を出しているのかを見て回ることにした。

「こちらは千代様の会場です」
「ありがとう」
 千代と呼ばれた鬼族の少女が百合の花束を持ち、その場で固まっていた。表情もなんとなくどうしていいかわからないといった色が出ていて、きっと緊張によるものだとリィアは思った。だが、千代の周りで話している人たちの顔は皆、嬉しそうだった。
「この花の髪飾り、素敵ね」
「あ……ありがとう」
「それにこんなワンポイントあったら目立つわよね。あたしには思いつかないわ」
「あ……あたしがアイデアを出してみました」
「え! あなたきっとデザインのセンスあるわよ!」
「そ……そうでしょうか……」
 嬉しそうに話している女性の表情を見て安心してきたのか、千代の表情も徐々に緩んでいき一緒になって笑い始める千代の姿がそこにあった。
「わ、わたしの恰好を見て少しでも喜んでくれたら……嬉しいです」
「うん! あなたのその恰好を見たらわたしも着てみたくなったわ!」
「あなたが? こうなったらわたしも負けられないわ! 素敵なドレスを見れてよかったわ」
 満面の笑顔を浮かべながら参加した女性は、千代に手を振り部屋を後にした。誰もいなくなった部屋に一人、千代は何とも言えない気持ちになっていた。元々、千代は人との関わりを持ちたくないという気持ちが強く、今回の招待状に対しては非常にネガティブな意識を持っていた。なぜなら、彼女の仕事は暗く淀んだ世界での断罪人だからだ。そこで人と関係を持っても千代にとっては特別な意味は一切ない。むしろ、その関係が邪魔になる場合だってありえるのだ。右手に大きなのこぎり刀を持ち、命乞いをする罪人を冷たいまなざしで断罪していく。それを繰り返すだけの毎日だった。
 だが、今回招待状を受け取った彼女は「もしかしたら」という気持ちをどこかで抱いていたのかもしれない。その証拠に今は千代のドレス姿を見た参加者にきちんと挨拶をしていて、その表情もすっかり見違えていた。
「あの子、変ったわね。うふふ」
「これもドレスの力なのでしょうか?」
 着付け担当が口を開くも、リィアは小さくそれを否定した。それは千代自身の気持ちの変化だとだけ答えると、次の部屋へと向かっていった。

 次の部屋は時の女神─ウィブサニアが純白のドレスに身を包み、大きなシャンパンボトルを抱えていた。薄く笑っているだけなのだが、どこか神秘的な雰囲気を感じたリィアは思わず声を漏らした。参加者も男性や女性関係なく、みんな見惚れており会場からは薄桃色の幸せを感じた。
「そんなに緊張しなくてもいいのですよ。さ、みなさんで一緒に」
「い、いいのですか?」
「もちろんです。さ、あちらに向かって笑ってください」
「あ、はい」
 緊張しているゲストを優しく誘導している姿はもう慣れているという言葉しか見当たらなかった。カメラマンがシャッターを何回か切り、現像された写真を見るとウィブサニアもまるで自分のことのように喜んでいた。
「素敵に笑っていますね。あなたの行く先に幸せが多いことを祈っていますよ」
「あ、ありがとうございます」
 行列ができていたせいか、あまり長くいることはできなかったが参加者は皆満足そうに会場を後にしていった。その表情を見たリィアもまた嬉しそうに微笑みながら自分の控室へと戻り始めた。

「はぁ……みんな素敵な笑顔に溢れていたわね。なんだか……わたしももっと頑張らなくちゃ」
 控室に戻り、撮影用のヒールに履き替えたリィアは自分に気合を入れ訪れたゲストに満点の笑顔を届けられるよう準備を始めた。そして、そのときに感じた嬉しさや喜びを踊りに活かせるよう、リィアはとびきりのスマイルで参加者を迎えた。
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