マスカットティーソーダ【神】

文字数 3,498文字

「……はぁ。退屈ぅ」
 天界にある自室でごろごろと転がっている天使─ロザンナがいた。左右にある新緑を思わせる髪をお団子にしオレンジ色のヘアバンドでワンポイントを作り、ぷっくりした唇はお気に入りのリップスティックで潤っていた。
「なんかこう……刺激的なことってないかなぁ」
 何度も左右にごろごろと転がり気分が悪くなったロザンナは、一息ついてから本棚にあるファッション雑誌を手に取った。しっかりと目を通してないということを思い出したのか一ページ一ページをじっくりと読み始めた。
「へぇ。今の人間界ではこんなファッションが流行ってるんだぁ。いいなぁ」
 天界では決められた装いしかできないというルールがあり、おしゃれを楽しみたいというロザンナの気持ちとは相反してしまっている。それでも天界に住んでいるのにはもちろんわけがある。それは、ロザンナにしか扱えない神器があるからだ。それは槍の形状をしており、他の人が持っても何も起こらないがロザンナが持つと半透明のオーラを纏い神々しい光を放つのだ。そしてその槍はロザンナの意識とリンクし、投げるタイミングや槍を振るうタイミングを正確に把握し力を調整している。まるで意思をもっているかのように。そんな槍の使い手として認められた以上、すんなり手放すわけにもいかずこうして天界での生活を送っているのだ。
「まぁ……お給料が悪いわけじゃないし、体を動かすことは嫌いじゃないからいいんだけどさ」
 ページを捲りながらぼやくロザンナ。それは決して悪いことではないとわかっていても、心はどうもそれを肯定できていないでいた。おしゃれもできて体も動かせるというのが一番の理想なのだが……中々それの折り合いがつかずにもやもやとしていると、ロザンナは今まで抑え込んでいた気持ちを吐き出した。
「あー! こうなったらショッピングで発散させるわよ!! 今のわたしはショッピングがしたくてたまらないんだから!!!」
 そう言い、引き出しからお小遣いを取り出しポケットへ。思い切り伸びをしてから背中に折りたたんでいた羽を広げ勢いよく窓の縁を蹴り、大空へ。いや、この場合は下界へといった方が正しいか。雲の中を通過し、冷たい風を切りながら落下していく感覚はいつ味わってもいいものだと思いながらロザンナは地上への落下を楽しんだ。しばらく落下し、目的地の地上が見え始めるとロザンナは羽を広げる準備を始めた。
「目的地は……てきとーでいっか」
 場当たりで見つけたおしゃれな服もいっかと思い、ロザンナの気分で目的地を決定した。誰も通りそうにない路地でホバリングをし、無事に着地をしてから羽を折りたたんだ。これでどうみても一般少女だと思われる格好になったロザンナは鼻歌混じりにスキップをし、路地からメインストリートへと出た。
「うわぁ……これよこれ! 天界にはない!! このわくわく感は味わえないわ!」
 青い光が灯っている間、白い線の上をたくさんの人が歩いていく光景を見るたび、ロザンナの心は高鳴り一人はしゃいでいた。はしゃいでるロザンナを物珍しそう見る人や、それを無視し通り過ぎる人もいるなか、ロザンナは正気に戻りみんなと同じ流れに乗るように白い線の上を歩いた。あちこちきょろきょろしながら散策をしていると、さっそく見つけた洋服屋へ飛び込むように入ると「New Arrival」と書かれた紙の下にぶら下がっているフリルがワンピースを見て小さく嬉しい悲鳴をあげた。
「か……かわいい……!! この色使い、さいこー!」
 緩いウェーブがかかったフリルがロザンナの好みにヒットしたのか、何度も鏡の前で試着をしては「どうかなどうかな」と呟いている。それを見ていた男性店員がゆっくりロザンナに近付き試着を進めた。
「え……し、試着できるんですか??」
「ええ。すごくお似合いですよ」
 柔らかい笑顔でそういわれてしまっては、試着しないわけにはいかない。ロザンナは顔を真っ赤にしながら試着室に入りワンピースを試着してみた。普段付けている鎧を取り外し、いつもとはちょっと違う自分を見たとき、ロザンナの胸の高鳴りは最高潮に達した。
「はぁ……かわいいーー! これ、買おうっと♪」
 くるくると回る度に緩くウェーブのかかったフリルが可愛く揺れる。それが気に入ったのか何度も鏡の前でくるくると回ってみせると、今度はワンピースから鎧へと戻っていく。鎧といってもがちがちな鎧というわけではなく、機能性と機動性を重視した非常に動きやすいものなのだが如何せん種類が少ないことが不満という。店員さんにワンピースを預け、他の新商品を見て回ろうとウキウキしている中、店の外で悲鳴が聞こえた。
「きゃーーー!! ひったくりよーーー!!」
 その声にいち早く反応したのは、誰であろうロザンナだった。すぐに声のする方へと向くと脱兎のごとく駆けた。さっきまで少女のようなあどけない顔は、いつしか仕事モードの顔へと変わっていた。道の途中で倒れている女性がいて、介抱を行い事情を聴いた。するとこの先の道をまっすぐ走っていったという情報を聴き、ロザンナは女性ににこっと微笑み「大丈夫! あたしが取り返してきますからね♪」と言い、逃げた犯人を追いかけた。


 追いかけてしばらく、犯人だと思われる人物が息を切らしながら走っていた。手にはさっきの女性のものであろうバッグが握られ、確信したロザンナは他に人がいないことを確認してから羽を広げ風を集めた。集めた風を羽で弾くとまるでパチンコの玉のようにロザンナの体が勢いよく飛んで行った。
「せーっの!!」
 当たっても被害が少なそうな部位にロザンナの鋭い蹴りが入ると、犯人は小さく「がっ」と声を漏らしごろごろと転がり灰色の細い柱にぶつかって止まった。
「ちょっとあんた。なにしてんのよ! 人のものをとってくなんて信じらんなーい!!」
「……」
 目を回して気絶してる犯人の胸倉を持ち、がくがくと揺らしながら声を荒げた。
「ちょっとあんた! 聞いてんの?」
「……っは!」
 意識を取り戻した犯人は怒気で溢れているロザンナの顔を見て悲鳴をあげ、女性から奪ったバッグをそのままにして物凄い勢いでその場から走り去っていった。
「あっ! こらぁ! 待ちなさいよ!」
 ロザンナの静止も聞かず一目散に逃げて行った犯人を追いかけることはせず、無事にバッグを取り返せただけでもよしとしようと自分を納得させ、女性が待っている場所まで駆け足で向かった。


「お待たせしましたー。このバッグで間違いないですか?」
「あ……ありがとう! このバッグで間違いないです。ほんとにありがとうございます!」
「いえいえ。なんか体が動いちゃいました。えへへ」
 女性に無事バッグを届けると、女性は何度もお礼を去っていった。それを見送りワンピースを取り置いてもらっているお店へと戻ると男性は満面の笑顔でロザンナを迎えてくれた。
「お待ちしておりました。突然駈け出されて驚きました。その……お怪我はないですか?」
「ごめんなさーい。体が勝手に動いちゃって。怪我はしてないですよー。ご心配おかけしました」
 そう言ってロザンナは一目惚れしたフリルワンピースをゲットし、店を後にした。辺りがオレンジ色に染まり始めたころ、ロザンナは近くにあったおしゃれなカフェで行き交う人たちを見ていた。それは天界では決して見ることのない光景で、天界に帰る前に見ておきたかったというのがあった。冷めかけの黒い液体をすすりながら、ロザンナは行き交う人たちの顔を見てぽつり。
「あたしの夢……いつ叶うかな」
 ロザンナの夢。それは、優しくて頼もしい男性とお茶をすること。雑誌で見る男性はどれも素敵で輝いていたのを見て、いつしか自分の元にも現れてくれると思っているロザンナの心はちょっぴりセンチメンタルだった。特にさっきの洋服屋の男性店員……お店を出る際に言われた笑顔とともに添えられたあの一言─「またぜひ遊びにきてくださいね! お待ちしてますから!」

  あんなに眩しい笑顔で接されたら……トキめいちゃうじゃない。

「あーー! やめやめ! 確かに恋愛もしたいけど……今はこっちに集中しなきゃ」
 思い描いていた思念を吹き飛ばすように頭をぶんぶんと振り、今は天界でのお仕事を頑張ろうと切り替えた。仕事を頑張ってお給料も満足に使えるようになったときにまた考えればいいかと思い直し黒い液体をぐいと飲み干した。カップをカウンターに返却し、ロザンナは店を出てまた人気のない路地へと潜り羽を広げた。そして力強く地を蹴り空へと羽ばたく姿は、まるで天使のように神々しかった。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み