ころころお餅のあったかおしるこ

文字数 2,864文字

「はぁ……なんでこんなことになったんだろ……ついてないなぁ……」
 竹ぼうきで枯れ葉の掃除をしている少女がいた。上は純白な衣に、下は朱色の袴。おろしたての草履にこれまた純白な足袋を履いた巫女─レムカが大きくため息を吐いた。レムカはカムイ無双流武術という武術の使い手で、普段は師匠であるダーシェを探している。あるとき、ダーシェだと思われる人物を見たとき、レムカの背筋がピンと伸び、声の限り叫びながら背後から声をかけたのがまずかったのか、きれいな回し蹴りを食らい遠くへと飛ばされてしまったのだ。きれいな放物線を描いた先が、今ここで巫女修行として働いている神社だった。なぜ師匠であるダーシェを探しにいかないのかと聞かれたら、レムカはきっとこう答えるだろう。
「ここに住んでる人のおうち、壊しちゃったから……探せないんだ」
 そう。レムカが飛ばされたときの衝撃で、神主の家は崩壊。神社もこのまま継続していけるか微妙なまでの壊れ具合になってしまったのだ。そこで、神主からここでしばらくの間は働くよう言われている最中だったのだ。探しに行きたくても行けない理由がこれなので、レムカはおとなしく従っているというわけだ。
 巫女修行して数週間が経過したときのこと。レムカが住んでいた世界と異なり、この世界には「正月」というなにやらおめでたい行事があると聞いた。新年を迎えることは新しい目標を決めるのに最適な日だとほかの巫女さんから聞いたレムカは、すぐに目標が決まりさらさらと絵馬という願掛けの板に書いていった。

 ことしこそ おししょーにあうぞ

 漢字がわからないレムカは、とりあえず書ける文字を駆使して新年の目標を決め意気揚々と掃除の続きをした。枯れ葉を集めるのも手慣れたレムカは鼻歌を歌いながらささっと済ませると、神主に掃除が終わったことを告げた。すると、神主からこの近くで催しものがあるんだけど息抜きに行かないかと誘われた。どういうものか興味があったレムカはうんと頷き身支度を済ませて、神主とほかの巫女さんたちと一緒に出掛けた。
「どんな催しなんですか?」
 レムカは移動途中、どうしても気になっていたことを巫女さんに尋ねた。うーんと一同唸ったあとに口を揃えて「梯子を使った伝統行事」と答えた。レムカはオウムのように繰り返すも、いったいどういったことなのか想像もできなかった。今度はレムカが低く唸っていると、神主が見たらすぐにわかるよとだけいい、目的地まで案内してくれた。ちょうど神社の真後ろにあたる商店街でさっそく、その梯子をみたレムカは目をキラキラさせながら見入っていた。
「な……な……なんておっきな梯子なんだぁーー」
 太くてしっかりとした竹を使用している梯子は普段使いでもよさそうなのだが、この梯子はその伝統行事のときだけ使うという決まりがあった。長さは優に二階建ての家に相当するくらいで、一般の人が登れば大丈夫だとわかっていても梯子から聞こえる軋む音で足がすくんでしまい、最悪降りることができずに救助された人もいたとか。そんな梯子を使った伝統行事というものがますます気になったレムカは興奮を抑えきないのか、荒めの鼻息をしていた。
「レ……レムカちゃん。落ち着いて……」
 慌てて巫女さんがなだめていると、拍手が巻き起こり何かが始まるようだった。神主も始まるから見ててご覧と待ちきれなかったレムカに梯子を指さしながら優しく言うと、巫女さんでなだめられなかったレムカが一瞬で落ち着き、梯子を凝視していた。数人が駆け足で梯子を持ちながら指定の場所に立ち、つっかえ棒を梯子に噛ませさらに梯子を抑えている。うちの一人が梯子に登っていき不安定の中、華麗な技を決めていく様子にレムカは心の中が段々と熱くなっているのを感じていた。ものの数分しかなかったのだが、それでもレムカはとても満足そうに微笑みながら拍手を送っていた。
「今日は予行演習だけど、それでも楽しんでもらえたかな」
「はいっ! とっても楽しかったです!」
 嬉しそうに微笑むレムカをみた神主は、それにつられて一緒に微笑む。今度はそれをみた巫女さんたちがまた微笑む。微笑みの連鎖は神社に戻るまで続いた。

 翌朝。留守番を任されたレムカは、一人寂しく境内の掃除をしていた。ほかの巫女さんも神主と一緒に行ってしまったため話し相手がいないの寂しさは倍だった。手早く枯れ葉を集め終えたレムカは、木製の大きな筒を見つけた。ずっしりとした重みを感じ中は何があるのかと調べていると、筒の上部には小さな穴が開いていた。
「これ……中を取り出したいんだけど……どうやるんだ……? あ、なんか出た」
 適当に振ってみたら中から細長い棒が出て、ころんと落ちた。それを拾い上げると先端には数字が書かれていた。読めないレムカはその数字が何かを考えながらきょろきょろと辺りを見回していると、それと同じものが書かれている棚を見つけた。
「もしかして……これに書かれているのと同じってことは……えい!」
 レムカは同じ数字の書かれている棚から紙をめくると、そこにはレムカでも読める字で「おみくじ」と書かれていた。そして、そのおみくじの下に運気のいい順番が書かれていた。
「引いたのは小吉ってやつか……うん。あまりよくないんだな。次はどうかなっと……」
 勢いよく振って中から出た棒に書かれている数字と、同じ棚から紙をめくる。次に引いたのは「大凶」だった。
「え! これ、一番下に書かれてるってことはよくないってことじゃん! あーもー! こうなったら一番上のやつ出すまでやってやるーー!!」

 ふりふり ころん めくりめくり ぽい
 ふりふり ころん めくりめくり ぽい
 ふりふり ころん めくりめくり ぽい
 ふりふり ころん めくりめくり ぽい
 ふりふり ころん めくりめくり ぽい

 一連の流れを体で覚えてきたレムカだったが、段々出てこないことにイライラし始め木製の筒を乱暴に振り始めた。時折何かが割れそうな音が聞こえるも気にせずに、レムカはただひたすらに振ってめくってぽい、振ってめくりぽいを繰り返した。
 そして木製の筒が軽くなってきたと感じたころ、もう何度目かわからない振ってめくっての最中ぴたりと動きが止まった。しばらくそのままの後、ぷるぷると震えだし持っているおみくじを高々と掲げながら叫んだ。
「やりました! ししょーー!! 持ってたバイト代全部使って、大吉を出しましたよーーー!」
 嬉しさのあまり、レムカはしばらく大吉と書かれたおみくじを掲げながら境内を走り回っていた。何かが壊れる音がしても、砕ける音がしても、何かを貫いたとしてもレムカの嬉しさを止めるには値しなかった。

 そして、ひとしきりはしゃぎ終えたレムカの目の前には無残な光景が映っていた……。さすがにこれはまずいと感じたレムカは神主たちが帰ってこないうちにどこかへと走っていった。
「もー! ししょーったらどこにいるんですかーーー」
 悲鳴にも似た叫びは賑やかな商店街の声にかき消されていった……。
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