★ちょっぴり薄いレディーグレイ【魔】

文字数 2,810文字

 あたしが生まれたとき、最初に目にしたのはお母さんとお父さんだった。嬉しそうに笑うお母さんとお父さんは、わたしと目が合うと灰色の塊になった。嬉しそうな笑顔のまま、まるで時の流れから置いてけぼりを受けてしまったかのように、言葉を発さずに動かなくなった。それを見ていた近所の人は大きな悲鳴を挙げて何事かと騒ぎ始めた。それもそのはず。だって、さっきまで普通に会話をしたり食事をしていたのだから。それが突然、何も言わない灰色の塊になってしまったのだから。近くにいた人はあたしを抱きかかえて、どこかへ行くとそれからしばらくその人にお世話になった。
 それから何年か経ったある日。あたしは道端に咲いている小さな花を見つけ、屈んだ。風に揺れるその花が可愛くて目を細めながら見ていたら、突然その花が固まってしまった。そして重みに耐えきれなくなって地面に落ちると粉々に砕けて散った。粉々になった花を見て、あたしははっとした。

     



 それからというもの、あたしは誰も同じ目に会ってほしくないという思いから、山奥にある小さな屋敷に身を隠すことにした。それならきっと、誰も傷つけることなんてないから、もう大丈夫だと自分に言い聞かせていた。
 だけど、その思いはすぐに霧散した。どこかで噂を聞きつけた正義の味方のような人たちが、あたしが住んでる屋敷の中に入ってきてこう言ったの。
「お前か。見たものを石にするという

は」
 化け物……確かにそうかもしれない。あたしが見たものに魔力が感知してしまえば石になってしまう。それは紛れもない事実。今はその魔力の制御の練習をしている最中だったのに、その人は意気揚々と刃物をあたしに向けて言った。
「さぁ、おれの剣の錆になれることを誇りに思え」
 あたしは何がなんだかわからなかった。あたしはただ、静かに誰も傷つけたくないからひっそりと暮らしていただけなのに、勝手に入ってきておいてそんなことを言われる筋合いなんかないのに……あたしは小さく息を吐いて、その人に忠告をした。今すぐ出ていけば何もしませんと。しかし、その人はあたしの言葉に耳を傾けることはなかった。嬉しそうにあたしに向かって走ってくると、あたしはもう躊躇しなかった。あたしは一度目を閉じて、思い切り目を見開くとその人の足元からじわじわと灰色の塊が這っていた。
「なっ……! わ、悪かった……! おれが……わるかっ……」
 もう遅いと小さく吐き捨て、あたしは再び魔力をコントロールする練習を始めた。


 ……デューサ……メデューサ?

 ふいにあたしの名前を呼ぶ声にはっとすると、目の前にはあなたがいた。あなたは心配そうにあたしの顔を覗き込んでいた。あたしは慌てて顔を背けて言った。あたしを見ちゃだめだって。あなたはすぐに謝って視線を反らした。お互いが視線を外してしばらく、少しずつ視線を戻していく。
 あなたはなんでここに……? という疑問を浮かべるよりも早く、あなたはあたしの隣に座っった。そしてあたしの頭をぽんと置いた。あたしの髪の一部はヘビちゃんなのに、それを怖がらないで触れてくるその優しさにあたしは胸をぎゅっと締め付ける感覚に襲われた。だめよ、あたしと関わっちゃだめよ。だから……だから。

 メデューサ。辛かったよね。

 予想外の言葉に、あたしは目を見開いた。確かにあなたにはあたしの事を少しだけ話した。だけど、あなたには関係のないことなのに。なのに、なぜあなたは瞳から光の粒を流しているの?
それに、あなたとの視線がすごく近い……だめ、だめだってば。あなたを……石にしたくない……だから、離れて!
 あたしはあなたを突き飛ばした。ふるふると震える体からこみ上げる気持ちを抑えきれず、思い切り声に出して叫んだ。

 もう失いたくないの、もう誰も悲しい思いをしてほしくないの。だから……だから、あたしに関わらないで。お願いだから……これは、あなたのためでもあるというのに……わかってよ……。
 
 あたしは堪えずに叫んだ。今まで分からず屋の人たちに声を張ったことは何度もあったけど、こんなに喉に力を入れて叫んだのは初めてかもしれない。それほど、あなたには迷惑をかけたくないというのに……わかってよ。

 別にそうは思わない。だから、笑って。

 あたしに笑えっていうの。あたしが見たものは石になるというのに、それでも笑えというの?

 メデューサはきっと力を制御できると信じているから。

 そんな無責任なことを言わないで! できなかったら……どうするのよ。この力……。

 大丈夫。自分を信じて。ほら、ヘビさんたちもメデューサのことを心配しているよ。

 え? あ……ごめんね。びっくりさせちゃった……よね。

 あなたに言われるまで、ヘビさんたちがずっとあたしを心配そうに見ていることに気が付かなった。みんなあたしを見ていて優しく頬に寄り添ってくれた。あなたにはもちろん、寄り添ってくれたヘビさんたちにお礼を言うと、あなたは小さく笑ってまた頭に手を置いた。

 だって、素敵なレディになるんでしょ? メデューサなら、きっとなれるよ。だから、笑って欲しいな。

 あたしが口癖のように言ってる言葉をさらりと言われると……なんだか恥ずかしい。そうよ。あたしはきっと素敵なレディになって、みんなの前でダンスを踊ってみたいの。それまでは、ここで魔力を抑える練習をして、いつかきっと……ね。あ、そうだ。あなた、少し時間あるかしら。よかったら一緒にお茶をしない?とっておきの紅茶を用意してあるの。お砂糖なしで飲むと、とっても美味しいんだから。
 あたしはそう言って、お気に入りのティーセットを用意してお茶の準備を始めた。あなたはテーブルクロスをぴしっと張りなおしてくれている間に、美味しいクッキーを準備しているとヘビさんが何個かつまみ食いをしようと、首を伸ばしてきた。あたしはだめと促しても、既に奪ったクッキーを美味しそうに食べている顔を見ると、強く言えなかった。クッキーはまだまだたくさんあるからあなたと一緒に食べても少し余るかどうかという位。こんなにあたしを気にかけてくれる人に会えたことが嬉しいあたしは、いつも以上におしゃべりが楽しく感じていた。いつか魔力をコントロールして、まっすぐにあなたのことを見ることができるようにするから。それまではもう少しだけ、あなたに甘えさせてください。それと、もし叶うなら……叶うのなら、魔力のコントロールが出来て初めて踊るダンスのパートナーはあなただと嬉しい……です。
 そんなちょっと背伸びした願いを胸に秘めながら、あたしはティーポットを傾け紅茶を注いだ。琥珀色の液体がカップに注がれると、そこから華やかな柑橘系の香りが舞った。円舞曲(ワルツ)のように規則正しいリズムに合わせてエレガントに。きっとこんな風に踊れるんだと思い描きながら……。
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