ふわふわキャラメルパンケーキ バニラアイス添え【神】

文字数 6,154文字

 コンコン
「どうぞ」
「失礼します。ガブリエル、入ります」
 指令室に入ると、既に何人かの天軍が準備をしていた。その中でも圧倒的な戦力を誇るのが彼女、ガブリエル。遠方からの射撃を得意とし、危険を察知すると、すぐさま魔法を詠唱し魔法陣から現れる氷の精霊が周囲の仲間を守る。仲間内では彼女がいればいくところ敵なしと言われている。
「きてくれてありがとう。要件はさっき伝えた通り、悪魔たちがこちらに攻めてきていると偵察軍から連絡がきてね。それで君を呼んだんだ」
「ありがとうございます。速やかに対処します」
 踵を返しすぐに出撃準備に取り掛かろうとする彼女を、司令官の一人が呼び止める。まだ何かあるのかと思い、振り返る。ちょっと待つように言われて待っていると、指令室に入ってきたのはまるで緊張感のない一人の少女だった。
「こんにちはー。よろしくお願いしまぁす」
 眠たそうな声、ふわふわとした存在にガブリエルの眉がぴくりと動く。まさかと彼女は思ったらしく、その顔のまま司令官を見やる。すると司令官は大きく一回頷いた。
「今回、彼女をサポート役として同行してほしい」
「ちょっと待ってください。彼女はまだ戦場に出たことがないのでは」
「そうだ。しかしその……。ともかく、いざとなれば彼女も戦うそうだ」
「頑張りまぁす」
 元気に手を挙げて返事をするも、どこか頼りなくガブリエルは不安からか大きなため息を吐いた。司令官も思うところは同じなのだが、それはもう変更ができないのでこのまま向かってもらう他なかった。
「……仕方ありません。あなた、お名前は?」
「イザベラですぅ」
「イザベラさん。自分の身は自分で守ってくださいね」
「はぁい」
 イザベラと名乗る少女は特に問題なさそうに返事をするも、それと一緒に行くガブリエルの表情は曇りっぱなしだった。
 イザベラが先に指令室を出ていったのを確認したあと、ガブリエルは司令官に理由を尋ねた。すると司令官は困り顔で説明した。
「それが、今ありこちで戦いが勃発していて……。他の隊員たちはそっちに出払ってしまったいるんだ」
「それで、手が空いているのがイザベラ……だと」
「終わり次第、すぐそちらに向かわせる。約束する」
 仕方ないと思いつつも、溜息を出さずにはいられないガブリエルだった。

 空を切りながら進む二人。ガブリエルは真剣な間刺しで真っすぐ見ているのに対し、イザベラは気持ちよさそうに泳ぐようにして進んでいる。それを見たガブリエルの眉がまたぴくりと動く。
「イザベラさん。もっと真っすぐ飛行はできないのですか?」
「できますけどぉ、今日はなんだかとっても風が気持ちいいのでぇ」
「ちゃんと飛びなさい。天使たるものしっかりしていないといけません」
「……はぁい」
 言われてしゅんとしたイザベラは泳ぐことを止め、普段通り直進飛行へと切り替えた。いう事を聞いて聞いてくれたことには感謝だが、ちょっと気になるところが多いと感じたガブリエル。

 ガブリエルは厳格な主のもとに産まれ、育った。特に相手に失礼のないようにと徹底的に教えられ、幼い頃は何度も叱られ泣いた。それが徐々に意味を理解し始めたころ、彼女の礼儀や作法はみるみる上達し、それが今の彼女の戦歴にも表れている。自分に厳しく、規律を乱すものには特に厳しく。それが、彼女を根本的な考えだった。
 そんな彼女の考えとは真逆なイザベラと同行しないとなったとき、ガブリエルはストレスで参ってしまうか戦で敗北するかどちらかを覚悟していた。それほどまでに規律を守らない相手とは相性が悪かった。
「ガブリエルさぁん。顔色悪いですけど、大丈夫ですかぁ?」
 イザベラが心配そうにガブリエルの顔を覗き込む。それを大丈夫ですと一蹴し、ガブリエルは空を切るスピードをあげた。それでも心配なイザベラはガブリエルに追いつこうと羽を大きく動かす。
「ガブリエルさぁん。そんなに急がなくてもぉ」
「いいえ。これは早く決着を付けなければいけません。のんびりしている時間なんてないんです」
「そうかもしれませんけどぉ……ちょっと……うわぁ」
 イザベラの前に悪戯風が吹き、そのせいでバランスを崩したイザベラがくるくると回転しながら落ちていく。それに気が付いたガブリエルはすぐさまイザベラを救出し、手当てする。
「大丈夫?」
「はい……ちょっとバランス崩しちゃいました……すみません」
「はぁ……もっとしっかりなさい」
「すみません」
 イザベラが自分の羽で風を捕まえたことを確認すると、すぐに目的地へ方向を変えて移動した。しばらくしてガブリエルは仲間へ連絡しようと思念を飛ばすも、なぜか上手くいかず焦っていた。それでもなおも思念を飛ばそうとするも何度も失敗し、次第に苛立ちが募っていった。とそこへタイミング悪くイザベラが話しかける。
「ガブリエルさぁん……」
「……」
「ガブリエルさぁんってばぁ……」
「あぁ! ちょっと静かにしていただけませんか!?」
 顔を真っ赤にしながらガブリエル怒鳴った。苛立ちが最高潮に達してしまったせいか、顔にも声にも怒気を感じた。
「……ごめんなさぁい」
「まったく! 連絡してどういう状況かを確認しないといけないのに、連絡ができなくてイライラしているというのに……あなたは」
「……」
「この戦いだって、絶対に勝たなければいけないのです。それはあなたの身を守るためでもあるんですから」
「……」
 ぷいとイザベラから顔を背け、もう一度思念を飛ばす。飛ぶものの所々ノイズが混じってしまい、その音がする度にガブリエルは耳を抑える。真剣な表情で連絡を取ろうとするガブリエルにイザベラはちょんちょんと肩を叩く。
「なんですか。今はそれどころじゃ……」
「にょーん」
 イザベラは自分を顔を崩してみせた。顔をつぶしてみたり引っ張ってみたりと色々としてみたが、表情を崩さないガブリエルに更に手を加えてガブリエルの表情を崩そうと努力する。
「な……なんのまねですか」
「にょーん」
 いくつか顔を崩してみたものの、それでもガブリエルの表情は強固な岩の如く硬かった。うーんと唸ったイザベラは、何かを思いついたようでその顔がちょっと不敵に歪む。
「ちょっと……イザベラさん……なにを……」
「ガブリエルさぁん……こちょこちょこちょこちょぉ」
「あ……ちょっと……イザベラさん……あ……あはははははっ! あはははは!!」
「こちょこちょこちょこちょぉ」
「ちょ……イザベラさん……ちょ……あはははははは……やめてぇ……」
 ひとしきりくすぐり終えたイザベラは、くすぐる手をぴたっと止めた。涙を浮かべながら笑っているガブリエルを見れたことにイザベラは満足し、つられてイザベラの顔もにんまりとする。
「はぁ……はぁ……はぁ……い……イザベラさん……これはどういう……」
「ガブリエルさぁん、硬い硬いぃ。もっとリラックスしましょうよぉ」
 まただ。あの緊張感のない声。そして無責任ともとれる発言に、ガブリエルは再度怒鳴った。
「あなた! どういうおつもりですか……これ以上の狼藉は許しませんよ……」
「ガブリエルさぁん」
「なんですか?」
 その時、イザベラの表情がより一層、ふわりとしたものに変わった。まるで空を漂う雲のようにふわりとした表情はガブリエルの怒気を優しく包み込む。
「ガブリエルさぁん。頑張りすぎですよぅ。もっと力を抜いていかないと参っちゃいますよぉ」
「私がしっかりしなければ、天軍は敗北してしまうのです。敗北は許されないです。だから!」
「だからって、自分を押し殺しちゃだめですよぉ」
「な……に……」
 ガブリエルはイザベラが言っている意味が分からず静止する。気にしないイザベラは自由に空を泳ぎながらこう続けた。
「しなきゃいけないって結構辛いんですよ。周りもそうですけど、自分に一番負担をかけているんです。ガブリエルさんはぁ、知らず知らずのうちに自分を傷付けているんですよぉ」
「そ……そんなこと……」
「ない……って言いきれますかぁ?」
 柔らかい笑みで問いかけるイザベラに胸を張って返す言葉が見つからない。悔しさからかガブリエルの瞳から一筋の雫が零れる。
「何事も完璧にこなそうとすると、どこかで無理が生まれちゃうんです。それは気が付いたら大きな傷になっていることだってあるんですよぉ。今のガブリエルさんは、ひび割れてしまう一歩手前って感じがしました。だから、頑張らなくてもいいんですよぉ」
「……っ!」
 その瞬間、ガブリエルの中で何かが音をたてて壊れた。もしかしたら、それは今までガブリエルを縛り付けていた「義務感という名の鎖」なのかもしれない。
「なにもそんなに力まなくていいんです。自分ひとりでこなそうとしなくていいんです。もちろん、生真面目なガブリエルさんは大好きですけど、もうちょっと緩んだガブリエルさんの方がもっと好きです。えへへぇ」
 人懐っこい笑みで頬を寄せるイザベラにちょっとだけ照れるガブリエル。ばつが悪いと思ったガブリエルはおもむろに咳払いをし、照れを隠す。
「っほん! その……さっきは……冷たくあたってしまって……その……」
「いいんですよぉ。まったりいきましょうよぉ」
「あなたはまったりしすぎなのでは……っ!!」
「これってもしかして……きちゃいましたかねぇ」
 和んでいる二人は嫌な気配を察知した。数は多くないのだが、こちらは二人という状況の中、ガブリエルは苦い表情をした。
「……連絡がまだ取れていないというのに……」
「ここは私に任せてくださいなぁ」
「えっ? あ、ちょっとイザベラさん!! 危ないですよ!」
 いうよりもイザベラが敵軍に向かって飛んで行ってしまった。焦ったガブリエルはすぐに守護魔法を詠唱し、氷の精霊を召喚。すぐにイザベラに着くよう指示をする。
「ちょっと……無茶ですわ!」
 ガブリエルはイザベラに追いつこうと必死に羽を動かすも、中々追いつくことができず更に焦る。さっきまではあんなにゆっくり飛んでいたというのになぜあんな速度が……ガブリエルはさっきまでのイザベラを信じられないといった表情のまま羽を動かす。
 一方イザベラは敵軍を目視できるところに到着すると、両手を高く上げ空気を圧縮させる。それをそのまま敵軍の塊にむけて放つと、まるで槍のように鋭く空気を抉るように真っすぐ飛んでいき、時間差でその塊は散り散りになっていく。
「早く終わらせちゃおうっと。早く終わらせてぇ、あのお店の新商品、チェックしに行きたいなぁ」
 嬉しそうなまま空気を圧縮し放っている様は異様で、どこにそんな力があったのかと疑うレベル。遅れてガブリエルが到着したころにはもう半分も残っていないくらいにまで殲滅していた。
「あ、ガブリエルさん。ほとんど終わりましたよぉ」
「あなた……」
 氷の精霊が着くよりも早く、ガブリエルが到着するよりも早く、敵軍の殲滅をしてしまったこのイザベラという少女が少し怖いと思ってしまったのは気のせいか。気のせいならばこの額から流れる嫌な汗は一体なんだろう……。答えを出すことができないガブリエルにイザベラがあの口調で話し始める。
「あ、そうそう。これが終わったらぁ、私のお気に入りのお店の新商品、一緒にチェックしに行きませんか?」
「え?? わ……私と……?」
「はいぃ。ぜひ一緒に行きたいなぁと……甘いものはお嫌いですかぁ??」
 悪戯っぽく微笑むイザベラにまたこほんと咳払いをし、ガブリエルは照れを隠す。今回、彼女の活躍で大事にいたることがないのは事実なので一緒に行くのも……悪くない。
「そ……そうですわね。でも、これはあくまで偵察ですわ。偵察」
「はいはい。わかってますよぉ。偵察しましょーしましょー!」
「ちょ! あなた! まだ報告が済んでませんよ!」
「そんなの後でもいいじゃないですかぁ。早くしないと売り切れになっちゃうかもしれまんよぉ」
「そ……それは……その」
「ほらほらぁ! 早く行きますよぉ! それぇ」
「え……ちょっと……え……ええ……いやああぁあ!」
 腕を掴まれたガブリエルは、おっとりした彼女から想像もできない位の速度で急降下していく。楽しそうなイザベラに対し、ガブリエルは本気で泣いていた。

「いらっしゃいませ。二名様ご案内です」
「おー、間に合ったぁ」
「はぁ……はぁ……」
 店員に案内されたのは、外の景色を一望できるデッキスペースだった。店のすぐそばでは滝があり、大きな音をたてて飛沫をあげる。その飛沫が光と混じり大きな虹の橋を架ける。ぐったりしているガブリエルにその景色を楽しむ余裕は今はなさそうだが、イザベラはきゃあきゃあと興奮していた。そこへ店員がメニューを持ってやってきて、注文を伺う。
「ご注文はお決まりですか?」
「えっとぉ、これとこれと……これ!」
「かしこまりました。すぐにご用意します」
 イザベラは少し迷ったあげく、メニューの名前を指さし注文を終えると、店員にメニューを渡し外の景色に視線を戻す。ガブリエルは少し落ち着いたのか、外の景色を見ると、小さく溜息を吐いた。
「きれいな場所……ですね」
「落ち着きましたか?」
「ええ……まぁ。しかし、あなたがあんな速さで飛ぶなんて……」
「意外でした? 私、早く飛ぶのには自信があるんですよぉ」
 ふいに頭がくらくらする感覚に襲われるも、ガブリエルはそれを振り切り店の雰囲気を味わう。デッキスペースはほとんど人しかいなく、貸し切りに近い状態だった。店内も食事を終えた人たちばかりでそこまで賑わってはいなかった。
「お待たせしました」
「おおー。美味しそう」
 注文した品がテーブルに並べられる。できたての甘く香ばしい香りがガブリエルの鼻腔をくすぐる。遅れて飲み物が運ばれ注文した品が全て出そろう。
「ごゆっくり」
「ではではぁ、いただきまぁす!」
 イザベラが最初に手を付けたのはふわふわに焼いたスフレだった。プリンのような見た目をスプーンで崩すとたっぷりのカスタードクリームが入っている。ふわふわの生地とクリームをたっぷり絡めて頬張るイザベラの顔はとても幸せそうだった。
「美味しいぃい! ガブリエルさんも早く食べないと冷めちゃいますよぉ」
「そ……そうね。いただきます」
 スフレは何度か食べたことあるのだがと思いつつ、スプーンを手に取り少しずつ崩していく。ふわりと香るバニラとカスタードクリームが一体となり温かいアイスクリームを思い浮かべる。
適度に冷ましながら口へ運ぶと、濃厚なカスタードクリームがバニラの香りと見事に調和し極上のひと時を奏でる。
「……なんて美味しいの。初めて食べましたわ……」
「でしょー? ここのおすすめなんですよー。それと、新商品の紅茶も美味しいですよ」
 勧められるままガブリエルは紅茶に手を伸ばす。琥珀色の液体を凝視していると、花の香りがふわりと舞う。春に咲く花々を連想させるような優しい香りだった。
「……上品ね」
「気に入って貰えてよかったですぅ」
 いつしかガブリエルはイザベラとのお茶の時間を楽しいと思えるほどになっていた。最初はあまりいい印象はなかったけど、今回の件でちょっとだけガブリエルの気持ちの枷を外してくれたことに(小声で)感謝をした。その後に飲む紅茶はまた美味しく感じられた。
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