ハスカップツイストソフト【竜】

文字数 2,852文字

─とある地域にて、狂暴なドラゴンが暴れています。討伐していただける冒険者を募ります。
 ギルド掲示板にそう書かれていた、至ってシンプルな討伐依頼だった。ただ、居場所やドラゴンについての特徴の記載はなく、ただそう書かれていてぼくは依頼を受ければ詳細がわかるのかもと思い、その依頼書を手に取った。
 手続きをし、ドラゴンの特徴や所在が書かれたメモを受け取ったぼくは、それをもとに討伐へと向かった。相手はドラゴンということで、今回は体力も攻撃もバランスのいい神属性をベースにしたデッキを持っていくことにした。冒険者ギルドを出発して数分後、やけに明るい毛色をした女の子がぼくを見つけると、小さなスキップをしながらこっちに近づいてきた。その子も冒険者なのかもと思い、ぼくは軽く会釈をして挨拶をすると、その女の子は「こんにちは」と明るく挨拶を返してくれた。
「君、さっきギルドで依頼を受けてたよね? わたしも一緒にいってあげようか? そうしたら、こわくないでしょ?」
 確かにどれだけ狂暴なのかがわからないから、一人よりは心強いかもしれないけど……。ぼくが少し悩んでいると、女の子は「ほらほら。行こ♪」とぼくの腕をぐいと引っ張り歩き出してしまった。ぼくはずるずると引きずられるように歩ていると、女の子は「あ、ごめん。わたしはエルナっていうの。よろしくね♪」とにこっと笑いながら名前を教えてくれた。
 そういえば、エルナと名乗った女の子。狂暴なドラゴンを討伐しにいくというのに、装備は軽装だった。ぼくは心配になり、エルナに装備のことを尋ねると「ああ、わたし重たい鎧とかってだめなんだよね。ほら、動きが鈍くなっちゃうし」と当然のように答えた。しっかりした装備をすれば何も装備していないときよりも被害は少なく済むかもしれないけど、それをなくし動きやすさを重視すると代わりに被害を受けたときはかなり重症になるかもしれないというのに、エルナはそんなことは構わずに軽装備を選んでいた。それと、エルナの持つ武器。彼女の背中にある細長い槍のようなものから、時々妙な気配を感じていた。ぼくはその気配がある度に気のせいだと自分に言い聞かせエルナと狂暴なドラゴンがいると書かれている場所を探した。
 やがてそのドラゴンがいると書かれている場所に到着すると、さっそくぼくたちの目の前に大きなドラゴンがいた。まだこちらには気づいていないようだったので、ぼくがそのドラゴンのことについて調べてみると、どうやら雷の魔法を操ることができるドラゴンだということがわかった。するとエルナは目をきらきらと輝かせながら「ほんとに!」とぼくに聞き返した。ぼくは間違いないというと、エルナは嬉しそうにぴょんぴょんと跳ねながら背中の槍を抜いた。すると、ぼくが感じていた妙な気配の正体がわかった。その槍にはたくさんの鋭い歯が巻かれていて、宝玉だと思っていた部分は実はその槍の目だった。その目がぎょろりとぼくを睨んでから、獲物であるドラゴンを順に睨むと、ぐるぐると巻かれた歯ががちがちと鳴った。
「ねぇ、あのドラゴンどこから食べたい?」
 エルナはまるで槍と作戦会議をしているかのようにごく自然と会話をしていた。だけど、ぼくの耳にはその槍の言葉はわからない。けれど、エルナにはその槍が話していることがわかっているみたいで、時折頷きながら槍と会話をしていた。
「うん。そうだね。美味しそうな尻尾からいこっか♪」
 どうやら槍との作戦が固まったみたいで、最初は尻尾から攻めるようだ。ぼくはエルナの攻撃を援護する形でデッキを取り出し、一枚を取り出し展開した。
「かき鳴らせっ!」
 猫耳フードを被ったギターの演奏者─エクレルを呼び出し、音と攻撃でドラゴンの気を引こうという作戦だった。ぼくは手で合図を送ってからエクレルをドラゴンの前で演奏するように指示をすると、エクレルはスキップをしながらドラゴンまで近づいた。そして、愛用のギターを手に取り弦を弾いた。
「耳から痺れさせてあげるよっ!」
 爪弾く弦から音符が現れ、それがばちばちと音を立てながらドラゴンへと向かっていく。雷に対して耐性があるかもしれないと心配をしていたけど、それについては特に問題はなかった。ドラゴンの有している雷の力よりエクレルの電撃の方が上回っていたからだ。気持ちよさそうに演奏をしている中、ドラゴンの背後からエルナが槍を目標の尻尾へと突き出すと槍はずぶりと深く突き刺さった。さらに槍に生えたぎざぎざの歯がドラゴンの肉にがぶりと噛みついた。耳をつんざく咆哮にぼくとエクレルは思わず耳を塞いだ。しかし、エルナは耳を塞ぐどころか、逆になんだか生き生きしているような顔つきへと変わり、槍を構えなおした。
「たくさん食べていいよ。わたし、頑張るから!」
 エルナはドラゴンへと突進していくと、なんの迷いもなく槍を突き立てていた。それに対しドラゴンはそんなエルナを丸のみにしようと口を大きく開けていた。ぼくは咄嗟に一枚をエルナに向かって投げた。それは黄金に輝く髪をなびかせながら愛を解こうとする女神─ヴィーナスだった。
「あなたを導きましょう」
 柔らかなヴェールがエルナの前に表れたと同時に、ヴィーナスの愛の説法がドラゴンへと向けられた。ヴィーナスの説法がドラゴンに効くかはわからないけど、多少ひるませることはできた。その隙を見逃さなかったエルナは歓喜の咆哮をあげた。
「いっただっきまーーっす♪」
 力強く突き出した槍は、ドラゴンの体に深々と突き刺さるとそこから槍はドラゴンを捕食し始めた。むしゃむしゃと食べている様子をぼくは見ることができず目を背けていると、いつの間にか捕食を終えたエルナの槍は満足そうに目を細めると、そのまま普通の槍へと戻っていった。
「ふう。お待たせ。いやー、あの子も久々に大きい獲物に在りつけて満足だって言ってたよ。手伝ってくれてありがとね。それにしても君、不思議な力を持っているんだね。ね、よかったらわたしと一緒にドラゴンを狩らない??」
 目をきらきら輝かせながらぼくの手を取るエルナ。ぼくは困惑しながら丁寧に申し出を断ると、エルナは残念そうに頬を膨らませた。
「そっかぁ。残念。あ、でも。またどこかで会ったら一緒にドラゴン狩りしようね。すっごく楽しかったんだもん♪」
 ぼくは一緒に行けないことを再度謝罪すると、エルナは「ううん。わたしも無理言ってごめんね」と言いながらどこかへ駆けていった。
「じゃーーねえ!」
 まるで太陽な笑みを浮かべながらエルナは手を振り、ぼくたちは別れた。色々なできごとが一気に起こってぼくの頭はまだ整理できていないけど、これはまた貴重な冒険ができたと思い、あとでゆっくり思いかえることにした。今は、またエルナの元気な笑顔を見るため、無事に冒険者ギルドに帰って報告を済ませることを優先させた。帰って報告して、今日の出来事を振り返って……そう考えるだけでぼくの胸はいつもより少し躍っているようにも感じた。
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