人魚の微笑み マンゴージュレ添え【神】

文字数 3,704文字

 ぼくは海に来ていた。リフレッシュはもちろんだけど、今日はとある人物からの依頼でもある。その人物とは、鎖の女王ことアンドロメダ。今回は彼女の依頼で海にきていた。依頼の内容は「海で泳ぎたい」だった。彼女の話によると、長い間島に取り残されていてしまい、泳ぎ方を忘れてしまったとのことらしい。そんな彼女は普段、銀色に輝く鎖と行動を共にしている。しかし、その鎖は意思を持っているかの如く、彼女の手や足に絡みつき操る。それは彼女の意志とは無関係に、鎖の意志のみで彼女を守ったり操ったりしているらしい。
「あ……あのう。準備ができました……」
 ぼくの背後で聞こえる柔らかい声。白い水着にクリアアクアの浮き輪を持ちながら、もじもじとしていた。その周りを銀色の鎖はじゃらじゃらと動いている。実際に見ると、本当に意思を持っていて彼女を守っているようにも見える。
「お……遅くなりました。では、行きましょうか」
 自ら率先して海へと向かうが、波打ち際で突然止まってしまう。その足は少し震えているようにも見えたぼくは、アンドロメダに無理はしなくてもいいと声をかけた。
「いいえ。自分からお願いしたのにここで挫けるなんてできません……っ!」
首を大きく横に振り、退かないと断言する。それでも意思に反して足は全く動こうとしないアンドロメダ。最初はぼくが海に足を浸すと、心地よいひんやり感が伝わってきた。もう少し深い所へ進み潜ってみると、色彩鮮やかな魚たちが優雅に泳いでいた。綺麗だから覗いてごらんとぼくは手招きをしたのだが、それでももじもじしているアンドロメダ。

 カチン

 なにかが打ち合ったような音が聞こえると、アンドロメダが小さな悲鳴を上げた。どうやらもじもじしていて動かないアンドロメダに業を煮やした鎖が無理やり海に行くよう彼女を動かしていた。少しずつではあるが確実に海へと進むアンドロメダを、ぼくは静かに見ていた。
「きゃあっ! つ、冷たいですっ!」
 くるぶしまで浸ると、冷たさのあまりに小さく跳ねる。ぼくは慣れれば大丈夫だといい、少しずつ慣れしてごらんと助言した。言われたアンドロメダは手で水をすくい、自分にかけていった。しばらくかけていると慣れたのか太ももあたりまで水に浸かり、浮き輪を水面に浮かべた。
「だ……だいぶ慣れました。お騒がせしてすみませんでした」
 ぼくは気にしていないというと、アンドロメダは顔を赤らめた。どうかしたのかと聞くと、アンドロメダは静かに口を開いた。
「私、島に独りぼっちのなっていて、それから泳ぐことも海も怖くなっていたんです。あの時を思い出してしまうから……でも、今日はそれを克服するために来たんです! ご指導お願いします!」
 怖がっている自分との決別……か。ぼくは過去の恐怖と戦っているアンドロメダがとてもかっこよく、そして華憐に見えた。そんな彼女にぼくは浮き輪で体を浮かすことをミッションとして出してみた。するとアンドロメダは浮き輪をすっぽりとかぶり、ぷかぷかと気持ちよさそうに浮かんだ。このミッションは簡単だったかな。ぼくは次のミッションに、太陽を見るように浮かんでみようというと、アンドロメダは物凄い難しい顔をして悩み始めた。
「それは……こう……いうことですか。でも、これをするには……こう……かな」
 独り言をぶつぶつ言いながら色々と試すアンドロメダに、ぼくはあえて何も言わないでおいた。そして何かを閃いたアンドロメダは無事にミッションを成功させた。
「見てください! これが正解ですね!」
 ぼくは頷くとアンドロメダはやったーと歓声を上げた。ひとしきり悩んだ結果、成功に結び付いた喜びを味わっていると、カチャカチャと鎖が動き出し、アンドロメダの足や手に絡みつきだした。
「え、鎖が絡みついて……あ、暴れないで! きゃあっ!」
 せっかく乗ったというのに、鎖が暴れだしアンドロメダは盛大な水飛沫と共に真後ろにすてーんと倒れてしまった。浮き輪もぽーんと飛んで行ってしまい、それをキャッチしつつぼくはアンドロメダの安否を確認する。
「っはぁ! び、びっくりしました……」
 ちょうどぼくの目の前で顔を出すアンドロメダ。ほんと、鼻先がもう少しで着くくらい……。
「あ……ご、ごめんなさい」
 顔を真っ赤にしながらすぐ顔を背ける。ぼくも小さく謝り視線を逸らす。ぼくは大きく息を吸っては吐いてを繰り返し、気持ちを落ち着かせた。ぼくの背後のアンドロメダも息を吸って履いてを繰り返していた。呼吸に荒さがなくなったのを確認して、ぼくがアンドロメダに向き直り、今度は少し顔を付けてみようと提案した。ぼくの目の前にはアンドロメダの背中がうつっているのだけど、その背中がびくっと跳ねた。
「わ……わかりました。まだ少し怖いですが……やってみます」
 気持ちを落ち着かせて、水の中へと顔をつけるのだがあまりに勢いよくいったせいか、アンドロメダ周辺に大きく水飛沫があがりぼくはちょっと驚いた。
「ぷはぁ! ど、どうでしたか?」
 苦しくなって顔をあげるアンドロメダにぼくは上手だったというと、アンドロイドは嬉しそうに笑った。これに調子が出たのかアンドロメダはもっと深くまで潜ってみますと張り切り、大きく息を吸い込んでから水に沈んでいくとぽこぽこと気泡を出しながら耐えている。さっきよりも長めに息を止めることができているのでぼくが感心していると、銀色の鎖が水面に生えてきた。ぎょっとしたぼくは最初何が起きたかわからなかった。鎖が水面に出ると、溺れかけのアンドロメダが救助されていた。

「すいません……驚かせてしまいました……」
 ぼくはアンドロメダが無事ならそれでいいと首を横に振った。どうやら張り切りすぎてしまい、途中で頭がパニックになってしまい鎖に助けられたというわけらしい。そのことをまた思い出したのかアンドロメダは顔を覆ってしまった。
「あぁ、恥ずかしい」
 そこまで恥ずかしがらなくてもとぼくは言う。大丈夫。誰だって一度は経験することなんだし、最初から上手くできる人なんていないよと付け加えると、顔から手を離し、今度は涙を浮かべていた。え、ぼくなにか言っちゃった??
「いいえ。あなたのその言葉が……なんだか嬉しくて……励まして下さってありがとうございます」
 にこりと微笑むアンドロメダにぼくはどうしていいかわからず、照れ隠しした。少し泣いてすっきりしたのかアンドロメダは次こそはと意気込んでまた練習を再開させた。さっきまでちょっと臆病だったのにたった数時間でこんなに変われるものなんだとぼくは気持ちの切り替えができるアンドロメダを羨ましく思った。
 何度も息継ぎをしては潜ってを繰り返すうち、アンドロメダはコツを掴んできたらしく少しずつではあるが泳ぐことができていた。ぼくはまだなにも教えていないのに……だ。水面に戻ってきたアンドロメダの顔はとても満足した表情だった。
「ちょっとだけですけど、泳ぐことができました」
 どうして? とぼくが尋ねると、アンドロメダはまっすぐに鎖のおかげですと答えた。く、鎖って万能なんだぁ……。にこにこした表情のままアンドロメダはまた潜ると、さっきよりもスムーズ泳いでいるのが見ててわかる。ぼくも潜って泳いでみると、確かに鎖が水中をうねうねと動きながらアンドロメダの足や手を動かしきちんと泳ぎのフォームになっていた。横で泳ぐぼくに気が付いたアンドロメダは嬉しそうに手を振ってくれた。自然に泳ぎ、魚たちと楽しく戯れている様はまるで人魚のようだった。ぼくは水中であることにも関わらず、アンドロメダに見惚れていた。
「はぁっ! 泳ぐのってこんなに楽しいんですね。今日はなんだかとっても嬉しいです。あなたに依頼をしてよかったです」
 え、ぼくはなにも……。首を振るぼくにアンドロメダも首を振る。ぼくのとは違ってゆっくりと落ち着いた否定だった。
「いえ、あなたのくれたあの一言。それと、最後まで付き合ってくれたからこそ泳げたのです」
 ありがとうと言い、アンドロメダはぼくの手を優しく握った。その手はとても温かく彼女の人柄を表していた。
「今日、こうして楽しい時間をくれたのもあなたのおかげです……本当に……ありが……きゃあ!」
 突然、ぼくの目の前からアンドロメダが消えた。いや、水中にいるんだ。どうやら鎖が彼女の足を引っ張ったみたいだ。ぼくは出てきた鎖にいきなりそれをするのは危険だからやめなさいときつめに注意した。すると、鎖はしなり元気がなくなった様子をみせた。反省……しているのかな。
「……ごめんなさいって言っているんだと思います」
 人でも神でもいきなりそんなことをされては危険だ。改めて鎖に注意をするとさっきよりもしゅんとしなびた。これでアンドロメダからの依頼は達成……かな?ぼくは確認をすると満面の笑顔ではいと答えた。その顔をみたぼくの胸は何かに射抜かれたような感覚だった。
「日も暮れてきましたね。そろそろ帰りましょうか」
 海からあがるアンドロメダは、そっとぼくの手を握った。そのままぼくとアンドロメダは手をつないだままギルドへ帰った。
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