見て聴いて楽しい♪かるたクレープビスケット【魔】

文字数 3,524文字

「やっほー! 遊びにきたよー」
 新しい年を迎えた今日、わたしの家に誰かが遊びに来た。わたしはキッチンで洗い物をしていた手を止め、玄関へと小走りで向かった。そこには紫色の振袖をきた少女─サリーが立っていた。彼女は元気溌剌をそのまま体現したような女の子で、さらさらの紫色の髪にぱっちりした瞳、そしてなにより彼女の特徴は腰辺りから延びる太いサソリの尾。そう。彼女はサソリ少女なのだ。普段はしまってあるのだが、気分が高まったり危機を感じると尾を出す。そして今、だれかに会えたことがうれしいのかサリーの尾は元気よく動いていた。時々、緑色の液体が垂れているのは目をつぶっておこう。
 わたしは遊びに来てくれたサリーを迎え入れ、まずは新年を迎える挨拶をした。サリーもそれに倣い挨拶を返してくれた。廊下を歩き、居間へと案内するとサリーの歩調はだんだんと弾むように変わっていった。そんなに嬉しいんだなんて思っていると、今では既に新年のご馳走に舌鼓を打っている仲間たちがサリーの顔を見ると「おお。こっちだこっち」と手招きをした。
「あ! ジークフリートじゃないか。久しぶりだね」
「ああ。元気そうでなによりだ」
「えへへ。あたしはそれだけが取り柄だからね」
 なんて会話を楽しんでいるサリー。どこでどう知り合ったかまでは聞かないけど、ああやって楽しそうに話している姿はなんとも心が温まるもの。わたしは二人の会話を邪魔しないよう、キッチンから追加のご馳走や飲み物を運ぶ準備をした。今年一年が福で満たされますように、みんなが健康で健やかに過ごせますようにと思いを込めたご馳走を運び、取り皿を配る。途中、ジークフリートの妃であるクリムヒルトも手伝うと言ってくれたのだけど、わたしはせっかくだからゆっくりしていってといい、気持ちだけ受け取った。残念そうな顔をして戻るその後ろ姿に、わたしは小さくごめんねと呟いた。
 温かい椀物を準備し、手早く卓上へと運び次のご馳走で最後というとき。わたしはほんの少しだけ寂しさを感じた。食べ終わったらすぐにみんなは帰ってしまうのかな。それとも少しだけ時間に余裕はあるのかな。本当はみんなと一緒にお話ししたり食事を共にしたかった。けど、これはわたしが先頭に立ってやると決めたこと。だから……でも。わたしはお盆をつかむ手に力を込めていた。それも無意識に。どうしようもできないことはわかっているけど……と突っ立っていると、誰かがわたしの服の袖をちょいちょいと引っ張っていた。
「大丈夫? なんか悲しそうな顔してる?」
 サリーだった。いつの間にやってきていたのかわからないくらい、わたしは意識を別のどこかに飛ばしていたのか。わたしはサリーになんでもないよと言うと、サリーの表情は少しだけ険しくなり「うそだ」と言った。ばれちゃったか。わたしはサリーにかいつまんで打ち明けると、サリーは腕を組みながら一緒に話を聞いてくれた。
「そっか……そうだよね。お姉ちゃん。ずっとみんなの為に……あっ! じゃあ、遊ぼ!!」
 え、でもまだ片付けがと言いかけたとき、わたしの体はサリーに引っ張られるがまま動いていた。
「そんなのあとあと! ほら、みんなだってお姉ちゃんと話したいって言ってたもん」
 え、みんなが。わたしは一瞬耳を疑った。だけど、その疑いはすぐに消し飛んだ。わたしが居間に入ると、みんなは「遅いぞ」とか「ほら、ゆっくりしなさいな」と言いわたしを無理やり座らせた。
「お前さんばっかりやらせてすまねぇな。こっからはお前さんも飲んだり食ったりしないとな」
「もう。だから言ったじゃない。あたしも手伝うって言ったのに」
 みんな口を尖らせながら言っている姿に、わたしは胸をうたれた。胸のあたりからこみあげてくる感情を飲み込み、わたしは新年のご馳走をみんなと一緒に味わった。

 食事が済んだところで、今度はサリーが持ってきたカバンからなにやら取り出すと「これで遊ぼう」と言った。それは四角い箱に入ったなにかだけど、箱を開けると文字が書かれているものと絵柄が描かれているものとに分かれていた。
「これはね、かるたっていう遊びなんだ。文字が描かれている札を誰かが読んで、他の人は読まれた札を取る遊びなんだ。みんなで遊べるからいいかなって思って持ってきたんだ」
 なるほど。取り札をばらけさせてそれを囲むようにみんなで遊べば確かに楽しそうだ。遊んだことのない遊びにわたしはわくわくしていると、さっきお手伝いを買って出てくれたクリムヒルトが読み手として立候補してくれた。
「はい! あたしが札を読むわ。他のみんなは絵札を探してね。っと、その前に練習してみましょ」
 そういうと、クリムヒルトは絵札をばらばらに配り始めた。可愛く描かれた絵札がどれも見てて楽しく、なんだかうきうきしてきた。この遊びにはサリーはもちろん、ジークフリートやお酒で顔を真っ赤にした武器職人のヒルディブラントも参加した。
「若いもんには負けんぞぉ。がっはっは」
 豪快に笑うヒルディブラントにわたしも負けませんよと言い、腕をまくった。まずはどんな風に進行するかを確認し、みんなが馴染んだころから本番へと移行した。
「それじゃあ、いくわよ。絵札をたっくさん手に入れた人の勝ちだからね! お手付きは一回休みを守ってね。それじゃあ……『ジークフリート 竜闘気 解放』」
 最初に読まれた字と絵を頼りに探していると、「あった!」と言って手を伸ばした。わたしは最初の一枚をゲットすることに成功した。一枚取るだけでこんなにも嬉しいんだと思いながら、次に読まれる札は何か予想しながら待った。
「それじゃあいくわよ『ヒアソフィア 叡智の書携えし者』」
「はいっ!」
 目にもとまらぬ早さでわたしの目の前から札に手をついたのは、サリーだった。ああ、悔しい。わたしの目の前にあったのに取れなかった。
「お姉ちゃんの前にあったからどうか心配してたんだ」
 次は負けないよとサリーに意気込むと、クリムヒルトは段々読み札に気持ちを込めて読むようになり、自然と気持ちも高ぶってきた。そしてその高ぶりの影響を受けたのはサリーだった。
「うーん。手よりこっちの方が早いかも」
 そういって自慢のサソリの尾をふりふりしてみせるサリー。いやいや。それはさすがに危ないからやめてとクリムヒルトから注意を受けたサリーは少し残念そうに表情を曇らせながら復帰すると、きちんとルールを守って最後まで自分の手を使って札を取ってくれた。こうして白熱したかるた遊びは続いた。

 取り札が全部なくなり、取り札の集計をするとあと少し及ばずでサリーの勝利だった。次いでジークフリート、ヒルディブラントという結果になり終わった後の余韻に浸っていると、サリーは「今度は読む人を変えてもう一回遊ぼ! 全員が読んだら終わりってことでもいいでしょ?」
 これで終わってしまうのかと思っていたのが、あっという間に覆りもう少しみんなと遊ぶことができることにわたしは嬉しくなった。次の読み手はわたしになり、クリムヒルトから読み札を手渡された。読み札も取り札もまぜまぜしてきれいに整え、わたしは最初の読み札を見た。そして、一呼吸置いて「読みます!」と気合を入れてみんなに遊びが始まることを告げ、クリムヒルトに負けないくらいに気持ちを込めて読み札を読み上げた。みんなと遊べる時間がこんなにも楽しいということを教えてくれたサリーに感謝をしながら、わたしは更に心を込めて読んだ。

 全員読み札を読み終え、今度こそ終わりを迎えた。読み札と取り札を四角い箱に入れてしまうとサリーはにこっとわたしに微笑みながら「また遊ぼ!」と言ってくれた。わたしはうんと頷き、みんなが帰り支度している間に空いている食器をキッチンへと運んだ。そしていよいよ、みんなの帰り支度が整ったジークフリートたちが玄関から声を発した。わたしは急いで玄関へ向かい、ジークフリート、クリムヒルト、ヒルディブラント、そしてサリーたちを見送った。
「また遊びに来るからね」
「それまで元気でな」
「酒の用意を忘れるでないぞ? がっはっは」
「お姉ちゃん、また一緒に遊ぼうね!」
 わたしはみんなを見送り、戸が閉まる音が聞こえるまでそのまま立っていた。静かに戸が閉まる音が聞こえたのと同時に寂しさがやってきたのと同時に、またみんなに会いたいという気持ちがわたしの胸に宿った。また会える日を楽しみに、一日一日を大事に過ごそう。また会った日には、楽しいお話をたくさん話せるよう話題を準備しておかないと。そう思うと、楽しみが勝りいつの間にか食器を洗っているわたしは鼻歌を歌っていた。

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