イチジクのジャムトースト

文字数 2,905文字

 錬金術と聞いて、あなたはどう思うだろう。楽してお金を稼げるとか、好きなものを好きなだけ創れるとかプラスに考えてはいないか。もちろん、ぼくも最初はそう思っていた。自分が創りたいものを創って、それを誰かに売ってお金にして生活するだなんてごく普通の考えてはあったんだ……そう、あの事故が起こるまでは。
 ぼくが住んでいたのは魔界でもかなり外れた方にあって、町の人も数人程度しかいなかった。そこで唯一、錬金術ができたぼくは近くで採取できる素材で薬を生成して近所のおばさんに持って行ったり、依頼があったりすればそれを売りに行ったりしてお金を稼いでいた。薬といってそんなに効果の高いものではないし、風邪薬程度の効果しかないものだけど近所のおばさんは飲みやすいからと言って、いつも笑いながらぼくの薬を買ってくれる。それがなにより嬉しかった。
 とある町からの依頼で、薬を生成してほしいと言われて早速準備をしようとレシピを確認した。どうやらこの近辺の素材では生成するのが難しい。仕方なく、その素材が自生している場所まで歩いて移動し、採取することにした。出発する前には必ずみんなに挨拶をしてから出るようにしているぼくは、数日間留守になることも告げた。ぼくの薬を愛飲してくれているおばさんは泣きながらぼくを見送ってくれた。心配だったぼくはおばさんの薬を何日分かまとめて生成して渡すと、少し寂しい気もしながら出発した。
 町から数日かけてようやく手に入れた素材を大事にしまい、自宅へと急いだ。依頼人が待ってるし納品するにもまた数日かかってしまうとなると、報酬にも響いてしまう。報酬という言葉が頭をちらつき、急いだぼくはすぐに錬金術を開始した。そして、焦ったぼくはレシピを最後まで読まずに生成した結果……あるものを失くしてしまった。
「あぁら……随分と田舎に呼び出されたもんだねぇ……んぁ? あんたがアタシを召喚したのかい……ふむふむ……名はアトラーグっていうんだね」
 ぼくは声を失くしてしまった。たった一つのミスで自らの意志で声を発することができなくなってしまった事を深く、深く後悔した。そして、ぼくの声を犠牲にしてやってきたのが……この、毒々しい球体に口がくっついたような魔物だった。
「あらぁ、魔物だなんて随分ねぇ。あなたが呼び出したのにぃ……つれないわぁ……あっはは」
 ぼくが思っていることに対して、この球体は面白おかしく返してくる様子にぼくは苛立ちを覚えた。なにがそんなに楽しいのかがわからない。ぼくはその球体をぎっと睨んだ。
「そんな目で見ないでよぉ……これから仲良くしていきましょう? あっははぁ!」
 ぼくは急いでレシピを確認して、この球体を消す薬はないかを探していると変な声が聞こえたと町の人が聞きつけ、ぼくの家の前で立ち止まる。そして、毒々しい球体を見て唖然としていた。
「あら、初めましてかしら。ちゃんと挨拶した方がいいわよねぇ……」
 球体の口の端を持ち上げると、町の人は凍り付き誰も動こうとしない。いや、動くことができないのだろう。みんなの顔には恐怖が張り付き、足はがくがくと震えていた。ぼくは球体を黙らせて何もかもそのままにして、町を出ることにした。たった一つのミスで慣れ親しんだここにも住めなくなるだなんて想像もしなかった。おばさんは最後までぼくを見ていたみたいだったけど……ごめんなさい。みんなを怖がらせてしまった以上、ぼくはもうここにいちゃいけない……。
「なぁんでみんな挨拶しなかったのかしらねぇ……おかしいわぁ……」
 ぼくは球体に向けてそれはあんたが何かしたんじゃないかと念を飛ばすようにしてみると、球体にその思いが伝わったのか気持ち悪く球体をぶるんぶるん震わせて言った。
「いやねぇ。あれはわたしなりの挨拶のつもりだったの。それがねぇ……うまくいかなかったんだよぉ……いやだわぁ」
 はぁとため息を吐くも、もうやってしまったことはしょうがない。ぼくはどこかに宛があるわけでもなくただ無計画に歩き始めた。球体もそれについてくるのだが、なんだかいちいち煩いしよく喋る。ぼくが声を発せないのを知ってるはずなのにわざと声を出させようとしているのが見え見えだし、なんか……球体の声が癇に障る。球体のことばかりに気を取られ、前方を疎かにし誰かとぶつかってしまった。ぼくはすぐに頭を下げたのだが、その人、いやその人たちはその態度はなんだといい、ぼくの胸倉を掴んだ。
「お前は謝ることもできないのか」
「ごめんなさいが聞こえないだけど……お前、本当に悪いと思ってる?」
 ……盗賊だった。それもこの辺で(ある意味)有名な……。ぼくは何度も頭を下げても許してくれず、しまいにはぼくの首に刃物をあててきた。
「アトラーグったら無口でねぇ……あ? あなたの声奪ったのわたしだったわぁ! やだわぁあ」
 その間に割って入った球体は、刃物をあてている盗賊ににたりと笑いかけるとけらけらと笑い球体を怪盗の顔に近付ける。不気味な塊に迫られているのにも関わらず、盗賊は刃物を下ろさずに球体を睨み続けている。球体ははぁと小さく息を吐き、ぼくを呼んだ。
「アトラーグ……準備はいいかしら?」
 球体は合図を送ると、ぼくを介して小さな電流のようなものが流れてきた。これは……この球体の魔力? ぼくは手を出し、球体に向けてみると球体はみるみる大きくなり、流れてくる魔力の量も多くなっていくのがわかる。大きくなっている球体を見上げている盗賊たちをげらげらと笑いながら球体は喋る。
「わたしは魔力の塊なんだけど、自身で具現化することができないのよぉ……だぁから、この子を介して放出することで初めて具現化できるってわけなのぉ……それじゃ、いくわよぉおお♪」
 嬉しそうに球体をくねらせながら盗賊たちに向かっていく。その様子は腹を空かせた動物と大して違わなかった。次々と盗賊たちを喰らい、口の周りを赤く染めながらいく光景はもうそれにしか見えない。
「いくわよアトラーグ! わたしとあんたの力、たぁんと見せておやりなさいな♪」
 ぼくは膨れ上がった右手を球体に向けると、球体の口からなにやら怪しい光を蓄え始めた。そしてぱりぱりと音をたてていき、吐き出すようにそれを発する。耳をつんざく音にぼくは顔をしかめながらもその怪しい光線を見ていた。さっきまではどす黒い色だったのに、発しているときは白色になっていたりと不可思議な点については後で聞くとして、今は襲ってきた盗賊たちがどうなったかを確認。
「あぁらやだぁ。わたしったらひさしぶりに張り切りすぎちゃったわぁあ」
 ……その言葉の意味がなんとなくわかったぼくは、あえて確認はしなかった。今後もこの球体と過ごすとなるとそれも必要だと判断し、またどこへ行くわけでもなく歩き出した。
「ちょっとアトラーグったらぁ! 置いていかないでぇ」
 球体は盗賊たちを追い払うと満足したのか、しばらくうねうねとさせながらもぼくが歩き出すとすぐにぼくの後とつけてきた。奪ったものに救われるというなんとも皮肉だが、これもぼくの罪だ。向き合わなくてはいけない大事な……罪。
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