シャドウベリーとブラッドベリーのクリアキャンディ【魔】

文字数 1,511文字

 コツコツと靴を鳴らす音が響いていた。明かりも満足にない暗闇の中、一人の少女はただひたすらに歩いていた。目的地があるわけではなく、何かから逃げているようにも見えるその足取りは少女の表情にヒントがあるようだ。
 少女の名前はシアン。魔族特有の尖った耳にかかる熟した甘い果実のような艶やかな髪、年代物の赤いワインにも似た色の瞳、胸元が大きく開いた衣服から放たれるなんとも近寄りがたい雰囲気はきっと気のせいではない。シアンは口を開かずただひたすら歩き歩き歩き、時々唇の端をぎりりと噛み締めた。ふっくらとした唇から瞳の色と同じ鉄の味のするワインをこぼす位に強く噛み締め、視線の先を強く睨んだ。そこには雲に隠れていて霞んで見える月があった。その月を睨みながらシアンは今度は拳をぐっと力を込めた。

 シアンは魔族の血を引くものとして生まれた。特に父の血が濃く受け継がれ、幼い頃から小さな欠片を浮かせて遊んでいたと周りからよく聞いていた。シアンが遊んでいたという欠片は闇色と絶望色が複雑に混ざり合ったもので、当時のシアンはそれは単なる玩具としか考えていなかった。シアンの周りには大人が多くいたが、同じくらいの子供はおらず常にその玩具を出して遊んでいた。そして、その話を聞かされていたのが、シアンの母だった。シアンの母は純粋な人間でいながらも、父と同族の架け橋となる役目を担っていた。人間はこう思っていると母が言えば、魔族である父はなるほどと相槌を打ち、それを組み込んだ交流の場を設けようと考えてくれていた。
 そんな父が大好きな反面、母に対してはいつからか嫌悪感を抱いていた。それがはっきりしたのはシアンが母の死を知ったときだった。人間は魔族に比べて短命だということは知っていたし、特にこれと言って特殊な何かを持っているわけでもないことも知っていた。そんな母に献花をしたとき、シアンの表情は悲しみよりも憎悪で一杯だった。

 なんでお父様の魔力を完全に受け継ぐことができなかったのか。そんなの簡単よ。

 魔力をこれっぽっちも持っていないお母様のせいよ。

 父が具現化するあの欠片を見るのがシアンは大好きだった。耳を澄ませば聞こえてくる絶望と怨嗟の声、咽び泣く声、命乞いをする声と様々だった。だが、自分のはどうだろうかと思い、指先に欠片を具現化するもそこにあるのは父のものとはかけ離れた小さな欠片がふわふわと浮いている。そこからは何の声も聞こえないし、あるのは虚無しかなかった。そして虚無を生み出す度にシアンは自分の胸の中にある憎悪を膨れさせ、欠片をほんの少し増やした。増やされた欠片に膨れた憎悪が分け与えられ、また憎悪が溢れそうになればまた新しい欠片が生まれる。そしてその欠片を用いて、甘い言葉を投げかけてくる下級悪魔を踏みにじってきた。
 憎悪の根源は母。母も魔族であれば、この力を最大限に使うことができたかもしれないというのに、なぜよりにもよって人間なのか。そして、大好きな父はなぜそんな人間を愛したのか……今更問うたところでこの疑問が解決するわけではない。むしろ時間の無駄にしかならないと考えたシアンはそんな母をこれからも恨みながら終着点の見えない旅路を進んでいく。

 だが、シアンは気が付いていない。そんな嫌いな母を憎むことで生み出された力だという大きな皮肉ということに……。そして、そこまでシアンが嫌いな母から受け継いだたった一つの思いに気が付いたとき、シアンは一体何を思うのか……。その答えはシアン自身の中にあり、それに気が付いてもなお、母が憎いと心から言えるのだろうか……。答えが出るのにはまだまだ時間がかかりそうだ。人間の時間では……ね。
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