お祝いには極上のパンケーキ♡フルーツ倍増ver【神】

文字数 5,499文字

「……ったく。なんで俺がまた……はぁ……」
 重たい溜息を吐きながらとある場所へと向かう武士─ジェンイー。幾万の戦いを経た屈強な剣士の顔は、誰が見ても「きっと何かあったんだ」と思わせるそんな顔をしていた。凛々しさの中にある戦意ある瞳、頭部から生えた立派な角、知人でなければ近づくことも躊躇ってしまう程のオーラ。そして、ジェンイーの背後にいる三頭の竜。この竜それぞれからもオーラを放ち、さらに近付けさせないという思いを増長させていた。
 そんな誰もが近付けないという人物を誘う一人のお嬢様がいた。そのお嬢様はジェンイーのオーラをものともせず、無邪気に笑って見せたり一緒に食事をしたりとまるでお友達といわんばかりで接してくる。……そんなお嬢様のところに向かっている足取りが徐々に重たく感じたのは気のせいだろうと自分を誤魔化しつつ、ジェンイーはお嬢様の住まう屋敷の扉をノックした。
「……来たぞ」
「はーい!! ちょっと待ってー!!」
 屋敷の奥から声がし、ジェンイーは扉から少し距離を取って待った。しばらくして、扉が物凄い勢いで開かれると、そこにはウサギの耳をぴんとたて純白の髪に髪色とお揃いのふわふわのドレスを着たお嬢様─ラニがいた。にっこり笑いながらジェンイーを迎えているラニに対し、ちょっと引き気味な顔で対応するジェンイー。それもそのはずで、さっきまでジェンイーが立っていた場所はちょうど扉の可動域となっていて、そこに立っていたのならば開け放たれた扉にぶつかっていた。そしてその凶器未遂になりそうだった扉はというと、ラニが思い切り開けた力に負けてしまい、がたんという音と共に根本からぽっきり折れてしまっていた。
「おじちゃん! きてくれてありがと! さ、入って!」
「お……おじちゃん……はぁ……」
 扉を壊してしまったことを全く気にしないラニの後ろ姿を見る武士ジェンイーは、深く溜息を吐き、無邪気なお嬢様のとある言葉にもやもやしながらとぼとぼと屋敷の中へと入っていった。

「ほんとにきてくれるなんて思ってなかったから、わたし嬉しい!!」
「そ……そうか。それはよかった。や……約束だったしな……」
「覚えててくれたんだ!!」
 ラニの笑顔が弾け、さらに喜びを表す。そんなラニの周りにいる小さなウサギたちもぴょんぴょんと小さく跳ね、ラニと同じ気持ちだということを伝えていた。この小さなウサギたちはラニの身の回りをお世話しているいわばメイドの役割を担っている……らしい。実際、ラニがお茶の準備をしているのを手伝っていたり、部屋の掃除をしていたりと各自判断して行動をしていた。
 そんなウサギたちを見たジェンイーは、さっき無意識に発した「約束」についてどんな約束だったかを思い出し、両手で顔を覆い小刻みに震えだした。

 それは新年のできごとだった。その日はジェンイーの国にある仕来りをするべく、晴れ着姿で出かけているとどこからか聞きなれた音が聞こえ、足を止めた。かこんかこんという軽い音は、途切れることなく続いているのを感じたジェンイーは物陰からこっそり様子を窺った。すると、視線の先にはウサ耳の少女と小柄なウサギが羽根つきをしていた。
「えーい! えへへっ! わたしの勝ちだね!」
 少女が打ち返した羽根を返すことができなかったウサギは、悔しがると少女に黒い液体がしみ込んだ筆で顔に落書きをされていた。落書きが完了すると、その少女は何か気配を感じたのかジェンイーがいる方へと真っすぐ向いてにっこりと笑った。
「ねぇそこのおじちゃん! わたしと一緒に羽根つきしよー!」
 おじちゃんと呼ばれ、最初誰の事を言っているのかわからなかったジェンイーは辺りを見回しおじちゃんと呼ばれた人を探すも、そこには人は誰もいなく行きついた答えは自分のことを指していると気が付いた。
「お……俺が……おじちゃん……だと」
「ねぇねぇ! おじちゃん! 一緒に遊ぼうよ!!」
 ただでさえ近寄りがたいオーラを放出していたにも関わらず、その少女は一切物怖じせず近付き羽子板をジェンイーに手渡した。
「ほらほら。そんなところにいないで! 一緒に遊ぼうよ! ウサギちゃんたちも喜んでるから」
「う……う……」
 色々と聞いておきたいことがあるが、今はそれをさせてはくれない状況にジェンイーは仕方なく羽子板を受け取り、楽しそうに笑うウサギ少女の相手をすることになった。
「いくよー! そー……れ!!」

 ひょんっ

 気のせいだろうか。たった今、ジェンイーの顔の横を空を切る音と共に物凄い勢いで何かが通っていった。通り過ぎてから数秒後、何かが壊れる音と共に意識が戻りじわりと頬から伝う温かい液体を指で拭った。
「な……!!」
 その液体を見たジェンイーはぶるぶると震えだし、まるで鬼神かのような形相で少女を睨みつけた。
「貴様……覚悟はできているだろうな」
 ぎろりと睨まれた少女は、その視線をものともせずに全力ではしゃいでいた。
「やったー! 一点せんしゅ~!!」
 しまいには周りにいるウサギとハイタッチをし、喜びに染まっていた。その様子を見たジェンイーは手加減は無用と判断し、本気で相手をすることに決めた。いや、本気でやらないといけないの間違いかもしれない。
「はい。じゃあ、これ」
「…………」
 少女に黒い液体のしみ込んだ液体の筆で顔に落書きをされたジェンイーは、すぐさま羽根を少女に向けて打った。少女はそれを難なく打ち返し今度はジェンイーが打ち返し、今度は少女が強く打ち返してきた。まるで羽根が迫ってくるような感覚にジェンイーは軌道を予測し羽子板を振るった。

 がこん

 明らか音がおかしいことにも気が付いていない二人は怒涛のラリーを続け、次第に白熱していく試合の勝者はウサ耳の少女だった。がくりと膝を落とすジェンイーとは対照的に、少女は体全体で嬉しさを表していた。
「えへへ! わたしの勝ちだね! ……あれ? 周りを随分荒らしちゃったかな……」
 二人がさっきまで打ち合っていた場所は、見るも無残なものへと変わっていた。来た時には平坦だった広場には、所々穴が穿たれ周りは二人の激しい打ち合いで生じた覇気で建物がぼろぼろになっていた。少女が気付いた時にはもう既に遅く、その場には冷たい冬の風が暴れていた。
「くそっ……!! どうにでもしろ!!」
「……おじちゃん」
 ゆっくりとジェンイーに近付く少女。ジェンイーは悔しさのあまり、拳で何度も台地を叩きさらにヒビを大きくしていた。少女はすっと屈み、ジェンイーの前に手を出した。
「……なんだ」
「一緒に遊んでくれてありがと!! おかげで素敵な時間が過ごせたわ!」
 弾ける笑顔を見たジェンイーは、ふっと笑い少女の手を取り立ち上がった。負けは負けだ。だがしかし、この満足感はなんだろうとジェンイーが答えを考えていると少女がジェンイーの袖を引っ張りながら見上げていた。
「ねぇね。勝ったご褒美が欲しいんだけど……なぁ?」
「ご……褒美だと?」
「うん!!」
 困ったなと言い、頭を掻きながら唸っていると少女は突然「あっ」と大きな声を出して小刻みに跳ねた。
「なんでもいうことを一つ聞いてくれるっていうのはどう?」
「……内容にもよるが……まぁ、いいだろう。俺は敗者だ。好きにするがいい」
「ありがとう!! じゃあ……」


「……そうだった。あの時か……」
「ねぇ、おじちゃん。せっかくだし、おめかししないと」
 やれやれと言いながらジェンイーは抵抗することもなく、ラニとウサギちゃんによって角にリボンを巻かれたり、ハートのシールを張り付けられたりと好き放題されていた。これも負けてしまった自分の力不足が招いたことだと何度も自分に言い聞かせながら耐えていると、突然玄関からノック音が聞こえた。
「……誰か来たみたいだぞ」
「あ、はーい! ん? この匂いは……きゃあ!! 大変!! 焦げてる!」
 ラニが玄関に行くことを引き留めたのは、ジェンイーにおめかしをする前にオーブンの中に入れたものからだった。もくもくと黒い煙がオーブンの中から発せられ、ラニは急いで中身を取り出した。
「ごめん、おじちゃん。わたし、いますぐ準備しないといけなから、代わりに出てくれない?」
「お……俺がか?」
「うん。ウサギちゃんたちにも手伝ってもらわないと間に合わないかもしれないの!」
「はぁ……ったく……なんだって俺がここまで……」
 ぶつぶつ言いながらジェンイーはさっきまで壊れていた扉を気にすることなく開くと、そこには金色の髪に整った顔、白銀に輝く鎧を身に纏いまさに王子様と言われてそうな剣士─ローランと栗色の髪に黒い釘のようなかんざしを挿し、フリルのついたスカートの下はなぜか一本歯の下駄というちょっと変わった出立の少女─ロスカが立っていた。
「(……………………っ!!!)」
「あぁ……えっと……そのぉ……お邪魔しまーす」
 ローランは顔を背け、ふるふると肩を震わせながら何かを必死に堪えていた。隣のロスカは手に持っているケーキ屋の袋を持ったままどこか遠い目をしていた。言葉にもどこか覇気がなく、ジェンイーは何かあったのかと二人に尋ねた。
「(……………………!!!!!)」
「ラニさんはご在宅ですかぁ」
「おい……どうした。さっきから二人とも変だぞ」
 この言葉に、我慢の限界に達したローランが「ぶはっ」と息を漏らしてジェンイーを指さしながら怒鳴った。
「それをお前には言われたくねぇっての!!! お前のその言葉、そっくり返してやんよ!!」
「貴様……本気で言っているのか」
「あったりめぇよ!! ちゃーんと鏡見てから来いよ!!!」
 ここまで言われてしまってはきっと何かがあったのだろうと素直に認めたジェンイーは、屋敷の玄関にある鏡を見て、文字通り


「っっっっっっっっ!!!!!!!」
 数分間固まった後、ジェンイーは声なき声を発しながら悶え苦しんだ。今までに味わったことのない屈辱に押しつぶされそうになりながら、ジェンイーは転げまわって悲鳴を上げていた。その異常な悲鳴に気が付いたラニがキッチンから飛び出してくると、ラニとウサギちゃんたちはジェンイーをひょいと担ぎゲストルームの中へと運んで行った。扉を静かに閉めて改めて二人に挨拶をしたラニはこれまで経緯をかいつまんで話した。すると、落ち着きを取り戻した二人からは安堵の息が漏れた。
「なぁんだ……そういうことだったのかよ……」
「わたしもウサギちゃんたちも手が離せなくて……わたしが出ればよかったんだけど……ごめんなさい」
「ううん。話してくれてありがとうね。ラニ」
「おじちゃんが目が覚めるまで、もうちょっとだけ待っててね」
「あぁ」
「はい! もちろんです!」


「……うーん……。っ!」
 目をかっと見開き、まず見たのは見知らぬ天井だった。白を基調としたベッドに横たわっていたジェンイーは意識を取り戻し、ゆっくりと体を起こした。
「俺は……一体……」
 ずきずきと痛む頭を抑えながら、何があったかを思い出そうとするも痛みがそれを邪魔していた。苦痛に耐えながら思い出そうとするも、結局何があったかを思い出すことができなかった。部屋を出ると、扉を開ける音に気が付いたローランが手招きをしていた。
「おー。気が付いたか。こっちだ」
「俺は……一体……」
「なんか悪い夢でも見てたんじゃねぇ? これでも食ってそんな夢なんて忘れちまえ」
「ふぐっ!!」
 ローランがジェンイーの口に突っ込んだのは、ラニが作った特製のキッシュだった。びりりとした黒コショウの中にクリーミーなソースが混じりあい絶妙な風味を口いっぱいに感じたジェンイーはもぐもぐと口を動かし、小さく「旨い」と言った。
「おじちゃん! いっぱい食べてね! 言い忘れていたんだけど、今日はみんなでお茶会をする日なんだよ!」
「こんにちは、ジェンイーさん。わたしが買ってきたこのケーキも美味しいですよ!」
「……あ、ああ」
 テーブルにはラニが作ったキッシュの他に、ロスカが購入してきたケーキ、ローランが持ってきたサンドイッチや紅茶がずらりと並びお茶会が始まった。
「ローランさん、サンドイッチいただきます!」
「ロスカが選んだこのケーキ、うめぇな」
「はぁい! ミートパイ焼きあがったよー! たぁっくさん食べてね!」
 呆気に取られているジェンイーに、ラニは近付き首を傾げた。
「まだ具合悪い? おじちゃん」
「いや……もう体調は万全だ。心配かけてすまない」
 安心したラニは自分も席に着き、料理に舌鼓を打った。とそこへ、ローランはあまり食が進んでいないジェンイーを挑発するかのように、豪勢なサラダをごそっと取っていった。
「おらジェンイー。ぼさっとしてると、おれが全部食べちまうぞ!」
「あぁ、そんなに取らなくても!」
「わたしも食べるー! あ、ウサギちゃんたちは邪魔しないでぇ!!」
 そんなやり取りを見たジェンイーは、ふっと笑いフォークを手に取り高々と掲げた。
「食事も戦いの一つだ。力の差を思い知るがいい!!」
「もー! ジェンイーさんまでそんなに欲張らなくても」
「いい食いっぷりじゃねぇか! おれだって負けねぇぞ!」
「お前の上がいるということ教えてやろう!」
 こうしてラニ主催のお茶会は、予想以上に賑やかなものとなり大成功を収めた。お腹も心も満たされた三人は、ラニとウサギたちにお礼を言いそれぞれの帰路に就いた。
 ジェンイーが自分の国に帰ろうとしたとき、鎧から赤色の何かが落ちそれを見たジェンイーは突然何かで頭を殴られたような感覚に陥ち、しばらくの間は国に帰ることができないでいた。
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