メープルシロップと和栗のミルクレープ【魔&竜】

文字数 4,111文字

「エクロ。ちょっと付き合ってほしいんだ」
 何の連絡もなしに突然やってきた竜人─ベルーガ。眩しい金色の髪を揺らしながら大きな声をあげた。エクロと呼ばれた布を操る魔族の女性─エクローシアはたまたま身の回りの整理をしていて、それどころではないという状況にも関わらずベルーガはずかずかと上がり込みエクローシアの前に立った。
「何よベルーガ。今は手が離せないのだけれど」
「じゃあ、終わったらでいいからさぁ。ちょーっとばかしあたいに付き合ってほしいんだ」
「何なのよ……もう……」
 ぶつぶつ言いながらも手早く整理を終えたエクローシアは改めてベルーガの用件を尋ねると、どうやら洋服が欲しいというものだった。それなら一人で行けばいいのにと言ったのだが、それだと何を買っていいかわからないと真っすぐすぎる返答だった。
「エクロの見立てでいいからさぁ、ちょっとだけ……な?」
 両手を合わせてお願いされては断るのもなぁと思ったエクローシアは、割と大きめな溜息を吐きながら「少しだけよ」と言いながら付き合ってくれることになった。

「こんなにたくさんあるのか……いやぁ、エクロと着てよかったよ~」
「もう。大げさね」
 一件目の洋服屋に入ったベルーガは、その圧倒的な服の数に驚いていた。服といってもそんな大したことないだろうと思っていたベルーガは想像を超える服の多さに何度も周りをぐるぐる見渡していた。
「もう。そのくらいにしておきなさい。それで、どんな服が欲しいのよ」
「そうだなぁ……エクロがあたいをコーディネートしてくれるものだったらなんでも」
「え? あ、あたしが?」
「友達に選んでもらった方が着やすいじゃん?」
「と……友達……」
「ん? どうしたエクロ」
「いや……なんでもないわ。そうね……」
 ベルーガが発した何気ない一言が、エクローシアの心にじわりと広がった。聞きなれない言葉に何とも言えない気持ちになりながら、エクローシアはベルーガのコーディネートを始めた。

「いやぁ。いっぱい買ったなぁ」
「買いすぎよ。もう少し減らしてもよかったのに」
「いやぁ、どれも捨てがたくてさぁ。ありがとなぁ、エクロ」
「……もう」
 たくさんの買い物袋をぶら下げたベルーガは満足に笑いながら歩いていた。それについて歩くエクローシアもまんざらでもない様子で歩いていると、ふと見覚えのある喫茶店が目に入った。まさかとは思いながら頭を振り、通り過ぎようとしたときベルーガが「おっ」と声を発した。
「なぁ、エクロ。ちょっとお茶していかないかい?」
「え? いいじゃない。もう帰りましょう」
「な、ちょっとだけだからさぁ」
 またもや押し切られる形となり、エクローシアは渋々喫茶店に入ると「やっぱり」と小さく声を漏らした。ここは以前、エクローシアが一人で立ち寄ったことのある喫茶店だった。そこへたまたま顔見知り程度の魔女ルクスリアが相席してきたのだ。
 ルクスリアは男性を誘惑、虜にし、男性の生気を搾れるまで絞ってから石化させ砕く。砕いたときの悲鳴を聞くのが好きという変わった趣向を持っている。目は漆黒のように黒く逆に瞳は赤ワインのように赤い。瞳と同じ色のリップグロスは、彼女の美しい姿態を更に美しく妖艶に映していた。そのときに色々言われたが……すっかり頭から抜けていたがふと見えたテラス席を見て記憶が呼び戻されたエクローシアは一刻も早くここから出たいという気持ちで溢れていた。しかし、そんな気も知らないベルーガは呑気にメニューとにらめっこをしていた。
「どれにしようかなぁ……あ、じゃあ、この季節のスイーツと紅茶のセットで。エクロは?」
 すっかり意識を過去に移していたせいか、ベルーガの問いかけにふと我に返り咄嗟に「同じもの」と答え、どきどきと暴れる心臓を鎮めた。何とか落ち着きを取り戻したのもつかの間、注文していたメニューが出来上がるとベルーガが「天気もいいし、テラス席へ行こうか」と言い出した。もうここまできたら何でも来いとばかりに半ば自棄になりながら「そうね」と短く答えた。テラス席に注文した品をのせたトレーを置き、椅子に腰を下ろすとエクローシアはどっと疲れたのか顔を突っ伏してしまった。
「ど、どうしたんだエクロ。疲れちまったかい?」
「ま……まぁ、そんなところよ。気にしないでちょうだい」
「そんなこと言われてもなぁ……気が付かなくてごめんよぉ」
 ベルーガはエクローシアに謝罪をすると、エクローシアはゆっくりと顔を上げ「もう大丈夫よ」と言い、飲み物に手を伸ばした。
「ここはあたいが出すからさ。好きなもの頼んでおくれよ」
「……気持ちだけいただいておくわ」
 エクローシアは弱々しくカップを手に取り、ほのかに香る柑橘の誘いを口に含んだ。ちょっぴり酸味のある紅茶は疲れた体にすーっと染み込んでいき、エクローシアの気持ちをゆっくりと解した。続いてとろりとしたメープルシロップとほくほく甘い栗を使ったミルクレープを口にしたエクローシアは小さく頷いた後「悪くないわね」と呟いた。
「ここの紅茶って有名なんだろ? 前から来てみたかったんだぁ」
「あら、そうだったの」
 ベルーガが気になっていたお店だということがわかり、エクローシアは再び紅茶に手を伸ばしたとき、ふいに何かが視界に入ってきた。この場にはあまり相応しくない赤のカクテルドレス、紫色のロンググローブ、そしてその瞳の色は赤ワインのように赤い人物……。
「あら、エクローシアじゃない。こんなところで会うなんて偶然ね」
「……ルクスリア。なんで

あなたが……」
「へ……? またって……? え?」
 状況が呑み込めないベルーガに、エクローシアはかいつまんで経緯を話すとベルーガは納得したように大きく頷いた。
「あんたとは初対面だね。あたい、エクローシアの友達のベルーガっていうんだ」
「わたしはルクスリアよ。よろしくね」
 ベルーガとルクスリアは互いに手を取り合うと、その間に挟まれたエクローシアはひと際大きな溜息を吐いた。
「もう……なんとなく嫌な予感がしていたのだけれど……まさか的中するなんて」
「そんなに落ち込むことないさね。ほら、こっちにきて一緒にお茶しよう」
「ちょっと。勝手に……」
「あら、嬉しいわ。丁度相席だって言われていたから助かったわ」
 なんと今回も相席だという状況に、エクローシアはさらに表情を曇らせた。なんでこうも重なるのかと口にはしなかったが、なんとなく雰囲気が駄々洩れしていた。そんな雰囲気を無視しているのか気が付いていないのか、ベルーガとルクスリアは既に打ち解け、会話を楽しんでいた。
しばらく話をしていたのだが、ベルーガが財布をどこかに落としてしまったかもしれないということで、急遽席を外すことになった。つまり、またエクローシアとルクスリアの二人っきりになってしまうということ。
「すまん、エクロ。財布探してくるっ!」
「あ、ちょっとベルーガ」
 エクローシアの声も聞かず、ベルーガは店を飛び出すとルクスリアは小さく笑いながら紅茶を口に含んだ。
「ふふっ。今日、あなたに会えて良かったわ」
「……なんで?」
「なんでって、それはあなたにも心を許せる友人ができたということがわかって」
「そうみえるかしら?」
「ええ。最初はどうなるかと思っていたけれど、あのベルーガという女性も、あなたに対してだいぶ心を開いているようね。会話を見ていてわかったわ」
「……そんなの」
「エクロ。これはわたしの独り言だからね。あなたってば、プライドが高いのにちょっと寂しがりなところがあるのよね。誰かに冷たくしないと自分を保っていられないというか……弱い自分を守ろうとしているの。それに慣れていってしまって、本当の意味であなたが孤立してしまうのではないかって……ふふっ。余計なお世話だったかしら」
「……」
「でもね、あなたを心配していたというのは本当。この前、ここであなたとお茶したときに見せたあの顔。今でも忘れないわ。だから、あなたにとってベルーガという人物は、数少ない心を見せることができる人物なのね。大事にしなさいな」
「勝手に解釈しないで」
「あら、独り言だって言ったじゃない」
「……ふん」
「あなたは嫌がるかもしれないけれど、これでもわたしだってあなたのことを心配しているのだから」
「……」
「素敵なご友人によろしく伝えておいて。わたしはこれでお暇するわ。また会いましょう」
「だから……余計なお世話だって……もう」
「元気そうな顔を見せてくれてありがとう。では、ごきげんよう」
 ルクスリアはそういうと、小さな紙をひらひらとさせながら店内へ入っていくのと同時に息を切らせたベルーガが入ってきた。どうやら財布が見つかったらしく、見つけた財布を高く掲げながら喜びを表していた。
「エクロぉ! 見つかったよー!」
「わかったから。そんな大きな出さないの。恥ずかしいじゃない」
「いいじゃないかぁ。ってあれ、ルクスリアは?」
「あなたと入れ替わりだったわよ」
「なぁんだ。もう少し話してみたかったのに残念だ」
「何を言っているの。ほら、帰る準備するわよ」
 冷えた紅茶を飲み干したエクローシアが席を立とうとすると、この喫茶店で働くアルバイトの女性が満面の笑顔で「お待たせしましたぁ~」といい、新しい紅茶とケーキを運んできた。頼んだ覚えがなく、困惑していると「さっき、お会計のときに承りましたよー」との返答だった。きっとルクスリアの計らいだろうと思ったエクローシアは今日で何度目かの溜息を吐き、再び席に着き紅茶とケーキのセットを見た。
「あ、お客さん。このケーキ、今度出す予定の新作なんです。お二人だけの特別なので♪」
「え? そうなのかい? こりゃあ、味わって食べないとな」
「では、ごゆっくりぃ~」
 まるで踊るように店内へと戻るアルバイトの女性店員を見送ると、ベルーガはもう待ちきれないのかフォークを片手に「いただきます」をしていた。それを制すのもどうかと思ったエクローシアは何も言わず、ルクスリアの気持ちを一口。
「……うん。おいしい」
 この時に食べたケーキは、エクローシアがこれまで食べてきたケーキの中で一番美味しかった。
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