炭酸強め☆あんずとライチのティーソーダ【神】

文字数 2,814文字

「ふぅ……此度の戦も乗り越えることができた。これも皆のお陰だ」
 自軍の旗を高々と掲げ、勝利を叫ぶ軍師─蘭陵王。黄金色の長髪に流れるような目は、男性女性問わず思わずどきりとしてしまうほど美しい。普段は仮面を被っていて素顔を見ることはできないのだが、今回の戦はそんなことを言っている程甘いものではなかった。しっかりと戦局を見極めるため、蘭陵王は仮面を外し今後の戦況を予想し味方に指揮をしていく。相手の出方を考えながら指揮を執っているその姿もまた美しく、敵でさえもその美しさに息をのんでしまうという。
 そんな美しい軍師様。どうやらここ最近は戦が頻発し、少々お疲れの様子。というのも、自室に戻っても何やら冴えない顔をしていたり、食事中にこっくりこっくりと舟を漕いでいたり、交易を執り行うのに必要な書類の誤字脱字が目立ったりと、いくら鈍感な人でも「どうしたのだ」と言ってしまうくらいミスを起こしている。ミスが起こってもそれほど大事になっていないのは、それに他の人が気が付き訂正をしたり、サポートがあっているからである。
 これに見かねた兵士の一人が、頭をふらふらさせながら自室に入ろうとする軍師様に声をかけた。
「どうしたのだい」
 いまいち覇気のない声に心配になりながらも、兵士は続けた。
「よかったらご一緒に食事などいかがでしょう」
 すると蘭陵王。少し考えてから「いいのかい」と心配の色を含めた声で答えた。それに対し兵士は「もちろんです。さあ、こちらです」と言い、軍師様を案内した。まさか本当に食事をしてくれるとは思わなかった兵士の心はバクバクと跳ねていた。

「いらっしゃいませ」
 案内された食事処は活気に溢れていた。酒盛りをしているものや、美味しい食事に舌鼓を打っているものなど様々ではあるが、皆幸せそうな顔をしている。
「ささ、こちらへどうぞ」
 兵士の一人が軍師様を優に六人以上座れるテーブル席に案内した。テーブルの上には「予約席」と書かれた札があり、事前に兵士が準備をしてくれていたことに軍師様は小さく感謝をした。
「お料理は順番にきますので、少々お待ちくださいね」
 兵士は嬉しそうにそういうと、紙製の前掛けを軍師様に手渡した。大事な衣料を汚さないようお店柄からの心遣いに驚いた軍師様の表情は驚いてばかりだった。驚いてばかりいる軍師様の前に温かい料理が運ばれてきた。大きな鶏をこんがり焼いたもの、にらともやしの中華スープ、ぱりっと揚がった旨味たっぷりの春巻き、ごま油の香りがなんとも食欲をそそる春雨のサラダなどテーブルの上にずらりと並んだ。そして最後に大きな瓶もどんと置かれ、準備は整ったようだ。
「では、蘭陵王様。いつも我々を勝利に導いてくださり、ありがとうございます。ささやかではありますが、これは我々からのお礼です。今日は飲んで食べて楽しんでください」
「なんと……そのような心遣い。本当に感謝いたす。では、いただきます」
 軍師様は両手を合わせ、料理に手を付けた。どの料理も美味しそうに頬張る軍師様の姿に、兵士たちはほっとし、自分たちも料理に手を出し始めた。いくつか料理がなくなりかけた頃、兵士の一人が瓶の中のものを器に注ぎ、ぐびりと飲んだ。ぷはぁと美味しそうに喉を鳴らす兵士を見ていた軍師様は興味を抱いたのか、空になった器をじっと見つめていた。それに気が付いた兵士は「いかがですか」と器を手渡すと、軍師様はそれを受け取った。
「強いお酒ですので、少量注がせていただきます」
 瓶から注がれた琥珀色の液体からはなんとも言えない、芳醇な香りが漂った。軍師様は恐る恐る器に口をつけ、傾けた。ごくりと喉を鳴らすと「くぅー」と今まで聞いたことのない声を発した。しばらく焼けるような喉越しにじたばたしていた軍師様は、ふと動きを止めた。苦しいのか顔は下を向いてぜぇぜぇと肩で息をしていた。心配になった兵士が軍師様の肩に触れようとしたとき、軍師様はげらげらと笑いながら顔をあげた。
「なっはっはっは。いい気分だ」
「ら……」
 蘭陵王様と言おうとしたのだが、あまりの豹変ぶりに言葉をなくしてしまった兵士はただ見上げるしかできなかった。
「オレ、あったらしい技閃いちゃったもんねー。酒持った? じゃ、しゅっつじーーん!」
 口調もすっかり変わってしまった軍師様に兵士たちはただ、ぽかんと口を開けて固まっていた。
「いっくぜー! 紹興酒の陣、てんかーーい☆(キラ)」
 まるでテンションマックスまで盛り上がった祭事客のようなはしゃぎっぷりに、周りの客もどうしたのかと視線を向けていた。そんなことなどお構いなしに軍師様は自分で瓶から器に紹興酒を注ぎ、喉を鳴らした。
「ぷっはぁ! テンションブチあげてこーぜぇー!」
 わっしょいわっしょいとばかりに体を動かしながらはしゃいでいる軍師様の姿を見た兵士たちはまずいと思ったのか、必死に軍事様を止めに入った。
「楽しまなきゃソンじゃね? そーでしょーー?」
 兵士たちのいうことを聞かず、暴れまわる軍師様にさすがの兵士たちも苦渋の選択をせざるを得ない状況になってしまった。軍師様をどうやって大人しくさせるか、そしてその手段である。
「……早くしないと皆さまに迷惑をかけてしまう」
「しかし、どうやってしましょう……」
「……致し方ありません」
 兵士たちの中でもとりわけ位の高い兵士がすっくと立ちあがり、ゆっくりと軍師様に近づき右手をすっと構え、素早く手刀を放った。「ずどっ」という重い音が辺りに響くと、軍師様はびくんと体をのけ反らせた。
「ははっ。クッソやべぇ」
 小さく笑った後、軍師様はどさりと床に倒れると、すーすーと静かな寝息を立てて寝始めた。それを兵士たち皆で担ぎ、支払いを済ませてから大急ぎで店を後にした。本当は軍師様を労うはずだったのだが、まさかこの様な事態になるとは思ってなかった兵士たちの視線はなぜかぼやけていた。
 翌朝。頭を抱えながら起きてきた軍師様の顔は重く沈んでいた。兵士の一人から水を受け取り、ゆっくりこくこくと飲んでいる軍師様に昨日のことを尋ねてみると驚きの答えが返ってきた。
「覚えていない」
 この一言に同席していた兵士たちの表情はぴしりと凍り付いた。あれだけ暴れていたのに覚えていない。でもまぁ、中にはそういう人もいるだろうとひそひそ話していたのだが、そこでも軍師様はとんでもない発言を発した。
「なんか変わった液体を飲んだような……あれは中々に美味だった……気がする」
 自分が仕出かした行動については覚えていないというのに味は覚えているという摩訶不思議な発言に、兵士たちは目を白黒させた。ここで兵士たちは別の部屋に行き、決断した。
「今後、食事をする際は酒類を出してはいけない」
 ということを胸に刻み、今日行われる軍事演習の作戦会議へと赴いた。そのときの軍師様の顔は、すっかりさっぱりしていていつものお美しい表情が戻っていた。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み