ふんわりライスケーキ【神】

文字数 3,093文字

「……暇ですね」
 神の世界にある、とある宮殿内でモップを動かしながらメイド─メルティシアは呟いた。神の世界でも年の瀬があり、あちこちで汚れた個所を念入りに掃除を行っている。メルティシアが仕えている宮殿でも掃除を行ったのだが、既にどこを見てもぴかぴかに磨かれており手の付け所がないくらい。今はただ、暇つぶしのためにただモップを動かしているだけという時間が過ぎている。ワタリガラスの双子─フギンとムギンも自分の担当箇所を終えると、颯爽とどこかへ行ってしまった。
「どうしましょう」
 こんなに暇を持て余したことも久しぶりすぎて、メルティシアはどうしていいかわからなくなっていた。主神オーディンの間もぴかぴか、廊下もぴかぴか、画廊に飾られている絵もすべて塵一つなくぴかぴか。こうなっては本格的にどうしていいかわからなくなったメルティシアは、主神にどうしたらいいか判断を仰ぐため、主神の間へと足を動かした。

「失礼します」
「入れ」
 軽くノックをしてから扉を開けると、そこには同じく暇を持て余した主神─オーディンがいた。銀色に輝く髪と燃えるような赤い髪を揺らしながら頬杖をつき、ページをめくっていた。片目は眼帯で覆われており、視覚的に不自由ではないかということを何度も思ったが口にはしなかった。そんあオーディンの横にはたくさんの本が山積みにされており、それはきっと読み終えた本の山だろうと思ったメルティシアは静かにオーディンに歩み寄り、お辞儀をした。
「オーディン様。読書の最中に失礼します」
「待て。お前に言いたいことはわかる」
 片手を前に突き出し、メルティシアの言葉を遮った。そしてしばらくの沈黙の後、先に口を開いたのはオーディンだった。
「……暇なのだろう」
「……はい」
 やることを全て終えてしまっているオーディンも、こう何もしないというのも退屈だと思い手を付けていなかった本を読み時間をつぶしていたそう。ふうと息を吐きながらオーディンは栞を挟み、嬉しそうに笑みを浮かべながら本を閉じてからメルティシアにある提案をした。
「こんなに時間があるのも久しい。なら、また見聞を広めるというのも悪くないだろう」
「……いいのですか?」
「もちろんだ。ただ、気を付けていくこと。これが条件だ」
「……ありがとうございます」
 以前にも似たようなことがあったなと思いながら、メルティシアは恭しく頭を下げ主神の間を後にした。どうしようかと少し悩んだあと、以前に訪れたことのある場所が気になり手早く見ぢ宅を済ませ、転移の魔法陣を展開した。

「……寒いですね」
 神の国もそこそこ冷えてきているとはいえ、人間界はそれ以上に冷え込んでいた。持ってきた防寒具では太刀打ちができないと思ったメルティシアは自分の吐息で手を温めていると、後ろから聞き覚えのある声がして振り返った。
「あ、やっぱりお姉ちゃんだ!」
「あら、あの時の。久しぶりね。元気にしてた?」
「あ……こんにちは」
 転移して数秒、まさかあの時の親子に遭遇するとは思っていなかったメルティシアは目を丸くして驚いた。以前、気分展開で人間界に降り立ったメルティシア。そのとき丁度ハロウィンの季節で、右も左もわからないメルティシアに町の案内をしてくれたのが、今目の前にいる親子というわけだ。途中、ちょっとした事件に巻き込まれてしまったが無事に解決してから、子供たちはすっかりメルティシアを姉だと思い慕っていた。
「お姉ちゃん! 会いたかったよー!」
「あたしもー! ねぇね、お姉ちゃんも年越しにきたの?」
「……としこし?」
 聞いたことのない言葉に首を傾げていると、母親がくすくす笑いながら簡単に説明をしてくれた。
「この近くの人たちって、年と年の間をみんなでお祝いする行事があるの。それが、今日なの。あら、あなた寒そうじゃない。気が付かなくてごめんなさい」
 母親はすぐに近くにあるブティックでメルティシアに似合うふわふわのコートを選ぶと、すぐにレジへと持っていきお会計を済まし、メルティシアにプレゼントした。
「はい。これを着て、一緒に新年を迎えましょ」
「え……あ、あの……」
 母親のスムーズすぎる行動に思考が追い付かなくて困っているメルティシア。それを見た親子は何も言わずにこにこ笑顔のまま優しくメルティシアの手を引くと、母親はメルティシアに小さくウインクした。
「……ありがとうございます」
 店を出てすぐにふわふわのコートに袖を通すと、心なしか気持ちが落ち着いたように感じたメルティシアは再度母親にお礼をし、たくさんの人が賑わう町を縫うように移動した。

 以前来た時はかぼちゃの飾りや、こうもりのオーナメントで飾られていたお店は新年を祝うための装飾品へと変わっていた。特に多かったのが赤色と白色の紐が絞められた飾りだった。どういう意味だろうと疑問を浮かべるよりも早く、人たちの流れに追いつこうという気持ちが勝っていた。はぐれないようにしっかりと後についていくと、やがて大きな広場に到着した。その広場では既にたくさんの人で賑わっていた。
「もうこんなにたくさん……すごい人ですね」
「そうね。ちょっと遅かったかしら?」
「そんなことないよー、ママ」
「ママー、あとどれくらい?」
「そうねぇ……あ、あと少しだわ」
「? 何が始まるのですか?」
「うふふ。見てのお楽しみ♪」
 周りにいる人たちはまだかまだかと言わんばかりに体を動かし、親子たちはわくわく感を全面的に溢れ出させながら何かを待っていた。そしていよいよ、その時がきた。
「3・2・1!」

 ドーーーン

「はっぴーにゅーいやーー!」
「はっぴーにゅーいやー!」

 カウントダウンが終わると同時に凛とした夜空に色とりどりの花火が咲いた。そしてその花火の音をきっかけに、みんなが嬉しそうに近くにいる人たちと挨拶をしていた。
「あ……あの、これはいったい……」
「あ、今の花火があったでしょ? あれが、新しい年に入りましたっていう合図なの」
「新しい……年」
「お姉ちゃん、これが年越しってことだよ!」
「年越し……なるほど」
 年を跨ぐことなど大したことないと思っていたメルティシアだったが、今こうして親子たちと見知らぬ人たちと新年の訪れを一緒に喜び、挨拶をするという経験したことのない刺激にメルティシアは唇をきゅっと噛みながら親子に深く頭を下げた。
「……このような貴重な催事に連れ出していただき、本当にありがとうございます」
「いやぁね。そんなにかしこまらないで。あなたはもう私たちと友達なんだから。ね?」
「うんうん! お姉ちゃんはお友達だよ! だからさ、この後も一緒に見て回ろうよ!」
「この後もなにかあるのですか?」
「もちろん。あちこちで出店が出る予定なのよ。今度はあなたのお世話にならないよう、しっかり見てるから……ね?」
「あ……ありがとうございます!」
 こうしてメルティシアは親子たちとたくさんの出店を回り、神の世界では味わうことができないグルメや飲み物、体験を数多く経験し気が付いた時には空にはうっすらとオレンジ色の明かりが顔を出していた。
「あらあら。もうこんな時間なのね。楽しいと時間が過ぎるのって早いわね」
「はつひのでだー!」
 これも新年の名物で「初日の出」という。新年で初めて拝む日の出に願いを込めるというものらしい。親子たちはもちろん、周りにいた人たちも太陽に向かって目をつむりながら何かをお願いしているように見えたメルティシア。それに倣ってメルティシアも一緒に人間界で見た新年の明かりに向かって手を合わせて願った。
(またこの方たちと素敵な思い出が作れますように……)
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