クールに弾ける☆パチパチピーチシャーベット

文字数 4,305文字

─こんなはずじゃなかった。

 潮の音を聞きながら木陰で膝を抱えながら遠くを眺めている竜族の少女─トネルム。彼女は特異体質で、頭から生える角に電力を蓄えることができるという極めて珍しい種族。それを狙って幾度も襲撃され、いつしか心には深い深い傷が刻まれていった。そこへとある冒険者が助けてくれたことにより、ほんの少しだけ彼女は人に対して心を開き始めた。それからは色々な人に心を開き始め、以前の彼女とは比べ物にならないくらい、明るい笑顔で溢れていた。
 彼女自身、人見知りが激しいというのもあるが冒険者を通じてしばらく話をしていれば、少しずつ心を開けるというのを感じているので、今はその冒険者が欠かせない存在となっていた。

 そんなある日。トネルムは冒険者ギルドの中にあった雑誌に目が留まり、それを手に取った。紫色の髪色が印象的な少女が表紙のその雑誌には「この夏、絶対おさえておきたいものベスト5」と書かれていた。何気なくぺらぺらとめくっていると、そこには真っ白な砂浜で気持ちよさそうに日光浴をしている女性が映っていた。
「っ!!」
 最低限の衣装を身に着けている人物を見て驚いたのか、トネルムは顔を赤くし雑誌を閉じた。荒い呼吸をしつつ頭の整理をし、今度は違うページを開く。今度は透き通るような青い海の上を颯爽と走る乗り物に乗った人物が映っていた。
「……」
 先ほどの写真よりは露出している部分は多いのせよ、それでも見たことのない服装に戸惑いを隠せないでいた。それと同時に、トネルムの中にある好奇心が少しずつではあるが小さな音楽を奏でていた。
「……楽しい……よね……。きっと」
 こんな風にわたしを変えてくれたあの冒険者さんの力をもってすれば、こんな体験ができるかもしれない。もしくは、もっと変われるかもしれないと思ったトネルムは雑誌を置き物販コーナーへと走っていった。
 恥ずかしい気持ちもあるが、これを身に着けて遊べばきっと楽しいと何度も言い聞かせ迎えた当日。同行するはずの冒険者が急遽、討伐作戦に召集されてしまい、行けなくなってしまった。冒険者はトネルムの頭を優しくなでながら「思い切り楽しんでおいで」と言い、走っていった。その背中を見つめるトネルムは少しだけ泣きそうな顔をしていたのだが、冒険者が楽しんできてと言っているのに行かなかったなんていうことはしたくなかった。涙を拭いながらトネルムは、昨日の雑誌に書かれていた海へと出発した。
 大きな麦わら帽子を被り、荷物を持って砂浜へ足を踏み入れるとふにゃふにゃとした不安定な足場に悪戦苦闘した。何度も転びそうになりながら、手ごろな木陰の下に荷物を置き、レジャーシートを広げ腰を落ち着かせた。
「……はぁ……」
 せっかく勇気を振り絞って購入したこの

というのをあの冒険者さんに見てほしかったなぁと、残念色に染まった溜息を漏らす。トネルムの視線の先には浜辺で砂の城を作っている子供や、浮き輪でぷかぷか浮かびながら談笑をしている人、美味しそうに食事をしている人たちが映っていた。
「わたし……来ちゃだめだったのかな……はぁ……」
 本当なら冒険者と遊ぶ予定だったのになと何度も思いながらも、目の前で楽しんでいる人たちをみているのが少し苦しくなってきたトネルムは、腰を持ち上げ気晴らしに散歩をすることにした。
「はぁ……来なきゃよかったのかな……わたし……」
 天気はすかっと晴れていてとても気持ちの良いものなのだが、それに反してトネルムの気持ちは晴れることはなくただ自分の存在を疑うような発言ばかりを繰り返していた。わかっていても口に出さずには入れられない……もう何度目かわからない溜息を吐き、ふと視線を浜辺に移すとピンク色の髪色をした女性が大きな機材を前に頭を抱えながら唸っていた。
「うぉおお……これはピンチだ……これを直すには相当な時間がかかるし……がっはぁ」
 その異様な光景にトネルムの足は止まり、何事かと注視する。きっと初対面の人だから自分から声をかけるのもなんだか怖いと思っているトネルムに、その女性は顔を上げてトネルムと目が合った。
「……!! むむ!! むむむむむ!!? 君、ちょっと力を貸してくれないか!」
「きゃ……え……な……な……なに……」
 ピンク色の女性はずんずんと近付き、トネルムの手をがっちりと握りながら首を何度も上下させていた。あまりの突然のことにトネルムの頭は混乱し、首を横に強く振っていた。
「君……まさか電力を蓄えることができるのか……おお! それはすごい! すごいぞ!」
「あ……え……え……えっと」
「ああ。申し訳ない。あたしはニコっていうんだ。ここにある機材を使って商売をしようと思ったら故障しちゃって困ってたんだ」
「え……っと……??」
 ニコという女性は首をその機材の方に向けると、黒くて四角い箱のようなものの横に二本の管がリュックサックのようなものにつながれているものが見えた。あれはいったいなんだろうと思うトネルムに、ニコはかるでマシンガンのような口調で説明を始めた。
「あれは水の力を使って浮上できるマシンさ。高出力で水を取り込み吐き出すことで体を浮上させる水上アクティビティというやつさ。まぁバランス感覚があれば楽しめるもの間違いなしなんだけど、如何せんバランスをとるのが難しいのが難点でね……おっと、申し訳ない」
「あ……は……はい……それで、わたしにどう……しろと??」
「なぁに簡単なことだ。君の角から電力コードを伝って機材に接続すれば起動するかもしれない。君の中に蓄えられている電力を放出することができるんだ。ちょっとだけ協力してくれないかな?」
 電力を放出することができる。その言葉にぴくりと反応したトネルムは、唇をきゅっと噛み締めた。今まで放出できなかった分が蓄積しており、もし放出となると周りに被害が出るのは確実だとトネルムは思っていた。その蓄積された電力を周りに影響なく放出することができるのなら……トネルムは声を絞り出すようにニコにそのお願いをした。
「あ……あの……ちょっとだけなら……」
 トネルムの返答にニコは心から嬉しさを爆発させ、鼻歌を歌いながら装置の準備にとりかかった。ニコに協力するとは言ったものの、振り絞った声に続いて心臓から伝わる激しいドラムの音がトネルムの耳を支配していた。
(大……丈夫……なんだよね……)
 心の中でつぶやきながら、今は討伐に行っている冒険者の顔を思い浮かべるトネルムだった。

「よっし! 準備は整ったぞ。さ、ちょーっとずつ出力できるかな?」
「こ……こうですか……?」
 トネルムの角には挟むタイプのケーブルが繋がれ、それは巨大な装置へと続いていた。そして、その装置からはまた別のケーブルが出ていて今度はトネルムが背負っているリュックサックのような装置へと続いていた。トネルムが角に力を込めるとリュックサックのような装置の両脇から伸びた管からジャーという音とともに海水が噴出された。
「ひゃっ!! う……浮いた」
「おおー! 成功だ! それじゃあ、今度はもう少し力を入れてもらえるかな」
 水の力で浮いたことに驚きながら、トネルムはさっきよりも少し強めに力を込めると今度は勢いよく水が噴出し自身の二倍以上の高さまで浮かんだ。
「ひゃ……!!!」
「そうそう! その調子だ! では、このアクティビティを最初に楽しんでもらおうか!」
「え……?? わ……わたしが……ですか?」
「そりゃそうだよ。協力してもらってるんだから。ささ、思い切り遊んでくれたまえ」
 なんとなく力の加減を理解したトネルムは、少しずつ少しずつ力を入れ急に噴出しないよう制御した。やがて木の高さくらいまで上昇するとトネルムの心臓はばくんと跳ね上がった。
「あ……! た……高いです!! 高いです!!!」
「大丈夫だ。落ち着いて少しずつ力を抜いていけばゆっくり下降する。」
「は……はい……」
 気持ちを落ち着かせ、ニコの指示通りに力を抜いていくと着地ができるくらいまでの高さまで無事に降りることができた。
「はぁ……はぁ……びっくりした」
「中々の調整力だ。じゃあ、今度はもっと高いところから周辺を見回してごらん。きっと綺麗な光景が拝めるはずだ」
 ニコがウインクしながらトネルムに指示をすると、トネルムは小さく頷き角に力を込めていった。徐々に足が浮き、不安な気持ちが募りつつも集中を乱さないように注力していくと水の音が遠くに聞こえるくらいまでの高さまで到達していた。
「わ!! た……高い!! でも……なんだか……気持ちいい……」
 さっきまで不貞腐れていた地上があんなにも小さく見えるなんて……それに遊んでいる人たちやニコがあんな小さくなっているなんて……怖がっていた気持ちが楽しいという気持ちに勝った瞬間だった。トネルムの表情から強張りがなくなり、慣れた人たちと触れ合うような自然な笑顔に満ちていた。
「こんな……こんな楽しいものがあるなんて……わたし、ここに着て……よかったんだ……」
 電力の調整のコツも掴み、今では浮いたり沈んだり、急降下や急上昇をして遊んでいるトネルムを見たニコも、サングラスを外して満足そうに笑っていた。
「……師匠。この実験は大成功です!!」
 やがて地上に降り立ったトネルムは、弾ける笑顔とともにニコにお礼を言った。こんな経験をさせてくれてありがとうと心から楽しかったとすっかり打ち解けた様子で話していた。それに気をよくしたのか、トネルムは少し口ごもりながらこんな提案をしてみた。
「あ……あの。もし、わたしでよかったら、こんな素敵な経験のお手伝いをさせていただけませんか? 話すのはちょっと苦手なのですが、この電力の調整は任せてほしいかな……って」
 その提案をするトネルムに涙を浮かべて喜ぶニコは、さっそくその準備に取り掛かり数多くの利用者を楽しませていった。トネルムも状況を見て高くしたり低くしたりとたくさんの工夫をし、遊びにきてくれた人たちを自分が経験したあの感動のお裾分けをした。体験をし終えた全員、嬉しそうな顔をして帰っていく様子を見たニコとトネルムは互いにハイタッチをして成功を称えあった。

 白かった太陽が今ではオレンジ色に染まり、間もなく海の向こうへと沈んでしまう時刻。後片付けを終えたニコに、何度もお礼を言いトネルムは冒険者ギルドへの帰路へとついた。素敵な経験をさせてくれたニコとお別れをするのは少し寂しいけど、きっとまたどこかで会えると信じ、この素敵な思いをお土産にあの冒険者さんに報告するんだとウキウキしながら帰るトネルムだった。
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