ほろにがシュトーレン【竜】

文字数 2,257文字

「……もうそんな時期か」
 書類をまとめている軍の指揮官─ゾット。鮮やかな金色の髪に眩しい笑顔。楽観的な考えを持ち、部下からの信頼も厚い。だが、ちょっと目を離すとさぼるという悪い癖を持っている。大事な会議に限ってゾットを見ないとそういうことかと察する部下たちは深い溜息を吐きながらも、肩を竦めて許してしまう。そんなところが気に入っているという部下も多い中、一人の副官─ステファニーが代わりに隊をきりっと引き締める役割を担っている。本来はゾットの役目なのだが……致し方なくステファニーは嫌でも大きな声を出し、日々軍をまとめている。
 そんな指揮官ゾットがふと窓の外を見上げると、白いものがふわりふわりと舞い降りていた。冷たくて幻想的な光景に思わず書類の上を走っていたペンを止め、しばし眺めていたゾットは大事なことに気が付いた。
「……そうだ。そうだった……はぁ」
 深い深い溜息を吐き、机に突っ伏しているとドアを控えめに叩く音が聞こえた。ゾットがくぐもった声で「どうぞ」というと、青く光る長い髪、きりりとした黄色い瞳をした気苦労の絶えない副官ステファニーが入ってきた。
「指揮官。今度の予行演習の資料をお持ち……って、なにしているんですか?」
 ぐったりとうなだれているゾットを見たステファニーは、眉をひそめながら尋ねた。すると、ゾットはゆっくりと……ゆっくりとまるで首を組み立てるように顔を上げると、更に深い溜息を吐きながら口を開いた。
「そろそろ……あの季節じゃん? いやね、うちの娘、今絶賛反抗期でさぁ。口もきいてくれないんだよ。顔を合わせればぷいってされるし……どうしたらいいのかなぁって悩んでてさ」
「……はぁ」
「このまま口をきいてくれないで過ごすなんて嫌じゃないか。せっかくパパ頑張ってるのに」
「……」
 どうやらゾットは自分の娘について思い悩んでいたようだ。それを聞かされたステファニーはどうしたらよいか目を泳がせていると、更に深い溜息を吐いた。
「ステファニー君だったらどうする?」
「わ、わたしですか?」
 急に話題を振られたステファニーは戸惑い、普段見せるきりりとした雰囲気が一瞬どこかへ飛んで行ってしまった。なんて答えたらいいのか迷っていると、ステファニーの頭に一筋の光が灯った。
「そういえば……今、町で人気のぬいぐるみをプレゼントするというのはどうでしょう」
「ほう……ぬいぐるみか」
 ステファニーは予行演習の資料を一旦置き、受付へと走ると一枚のチラシを持って戻ってきた。
「これです。このぬいぐるみをプレゼントしてみてはいかがですか?」
 それは可愛らしいクマのぬいぐるみだった。大きさも程よく抱えても苦にならなさそうなもので、しばらくチラシとにらめっこをしたゾットは大きく頷き「これだ!」と声を張った。
「いやぁ。ステファニー君。助かったよ! じゃあ、おれは早速このぬいぐるみを買ってくるよ!」
「はぁ……お役に立てて何よりです」
 きらりと光る笑顔をステファニーに向けながら部屋を後にすると、背後からステファニーの悲鳴が聞こえた。
「指揮官!!! 予行演習の件ーーーーっ!!!」

 ステファニーのアイデアを参考に、早速チラシにあったぬいぐるみをゲットしたゾットは雰囲気も大事だろうとサンタに扮し、愛娘たちが眠りに就くまで待機することにした。愛娘たちが眠ったときを見計らい、ぬいぐるみを枕元に置き部屋を出れば作戦大成功という計画を頭の中で練り、ゾットは娘たちが寝ないか気が気でなかった。
「絶対に成功させるぞ!」
 自分に気合を入れ、娘たちの様子を伺うと一人の娘が大きな欠伸をしながらベッドの中へと潜り込んだ。それに続いてもう一人の娘も眠そうに目を擦りながらベッドの中へと入ると間もなく規則正しい寝息が聞こえた。
「……大丈夫だよな?」
 不安になったゾットは静かにドアを開け、二人がきちんと眠っているかを確認すると自室から大きな袋と買いたてほやほやのぬいぐるみを持ってきた。娘たちの部屋の近くから忍び足へと変え、なんとしてもこの作戦を成功させないといけないというゾットの意気込みを感じられた。
「よぉし! ララちゃんルルちゃんと仲良くなる大作戦、開始っ! 反抗期もなんのそのだ!」
 一歩ずつ確実に進んでいくと、やがて二人の気持ちよさそうな寝息が聞こえてきた。寝息のあとは寝顔もしっかり確認し、ゾットはにやけてしまいそうな顔を引き締め作戦を続行した。
「よしよし。そのまま……そのまま……」
 あともう少しで枕元へ到着……というときにゾットは足に強烈な痛みを感じた。それは二人の衣服がしまってあるタンスだった。その角に足をぶつけ、盛大に声をあげてしまった。
「いったぁ! 足の指ぶつけたぁ!!」
 気が付いたときには遅く、その声でもしかたら二人は起きてしまうかもと思ったが、二人の眠りはそれよりも深かったようで大惨事にはならなかった。
「ふぅー……助かったぁ。さてさて、メリークリスマース」
 冷や汗を拭い、ゾットは袋からぬいぐるみを取り出し、二人の枕元にそっと置くと今度こそ音を立てないよう静かに慎重な足取りで部屋を出た。
「よっし。作戦大成功。バレてないバレてない……ん?」
 作戦は無事に成功はしたのだが、ゾットの表情は嬉しいからほど遠い様子だった。そして頭を抱えながらゾットは口にした。
「バレなかったら……仲良くなれないのでは……?」
 果たしてララちゃんルルちゃんと仲良くなる大作戦は成功したのか、失敗したのか。その結果はゾットだけが知っている。
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