ラブハッピー♡パッションチュロス【神】

文字数 4,206文字

「うーん……よく寝た。よいっしょ」
 その子は勢いよくカーテンを開けた。途端、朝日が彼女の瞼を刺激し一瞬目の前が白に染まる。徐々に色味を取り戻した視界には気持ちよく晴れた綺麗な空が広がっていた。
「うん! 今日もいい天気! ウキウキしちゃうな♡」
 艶のある黒いロングヘアーに澄んだ青空のような肌、少し尖がった耳には金色のイヤーアクセサリーをつけた彼女─シャイターンはどこにでもいる普通の女の子。少しだけ特徴的な服装をしているだけで他はなんら変わりのないとっても元気な女の子である。そんな彼女がうんと背伸びをし、相棒のピースに声をかけた。ピースは一見角の生えた犬のような亡霊(?)外見ではあるが、とっても人懐こく、甘えん坊である。シャイターンだけではなく道行く人を見つけては構ってほしそうにくんくんと鳴き、その人の周囲をくるくると回る。初めて見る人はもちろん驚くが、危害がないとわかると一緒になって遊んでくれている様子を見るとシャイターンは心の中がぽかぽかと温かくなるんだとか。
 大好きなシャイターンの声で目が覚めたピースは、シャイターンの顔に飛びつきくるくると回って遊び始めた。それが嬉しいのかシャイターンは笑いながらピースと一緒に戯れる。
「あははっ☆ ピースは今日もご機嫌だね☆ よぉし! 今日もみんなを笑顔で包んじゃおう☆」
 簡単に朝食と準備を済ませ、シャイターンとピースは玄関を蹴破る勢いで外へと出た。心地よい風が二人の背中を押してくれているようなそんな陽気だった。

「今日はこの前雑誌に載ってた新しいクレープ屋さんに行ってみよっかな☆」
 鞄の中から雑誌をぱらぱらとめくり、目的の箇所を見つけるとその場所へと向かって元気よく歩き出した。ふんふんと鼻歌を歌いながら歩いていると、ピースが何かを感じたらしくさーっと飛んで行ってしまった。いつものことだと知っていても何かあるのかもしれないと思い、シャイターンはピースが飛んで行った方向へと走るとそこには友人が楽しくお喋りをしながら歩いていた。
「あ、モルジアナにアリババ! やっほー☆」
「お、シャイターンじゃねぇか」
「こんにちは。シャイターン。こんなところで会うなんて奇遇ね」
「えへへ。新しくオープンしたクレープ屋さんに行こうかなぁって思っててさ☆」
「お? おれたちも今からそこへ行くんだ。どうだ? 一緒に来ないか?」
「うん。一緒に行こうよ」
「ありがとー☆ 嬉しい☆」
 じゃれつくピースに二人は挨拶をし、一行が向かうは新しくオープンしたクレープ屋さん。雑誌には掲載されていないフレーバーはどんなものがあるのか予想をしながら話していると、あっという間に目的地へ到着し、最後尾に並んだ。すでに何人ものお客さんが並んでいてシャイターンたちがいるところからお店までが小さな粒のように見えた。
「すげぇな……こんなに混んでるんだな」
「そりゃあ、新しいお店だもの。みんな楽しみにしてるわよ。そういうわたしたちも……ね」
「うんうん☆ 待ってる時間もワクワクするのっていいわよね☆ あぁ楽しみぃ~!」
 三人で順番待ちをしていると、ほんの少しずつではあるが動き出し始めた。一歩、いや半歩しかし確実にお店に近付いていると実感している三人は今か今かと胸を躍らせていた。そして、ある程度進んだ先にお店の人が立っていてその人からメニューを受け取り、また一定距離の先に別のお店の人が立っていてそこで注文をし、用紙を受け取り自分たちの順番になったらそれを渡してお会計という流れになっているようだ。商品受け取り口とお会計が一緒では混雑してしまうし、お店の人が少しでも混雑を緩和しようと考えた策の結果だった。
「なんか……スムーズね。こういうの助かるわね」
「注文するものが中々決められない人もいるなか、これはいいな」
「好印象~☆ 注文する前からとっても素敵じゃない☆」
 メニューを受け取ったモルジアナはさっそくなにがあるかを確認すると、その種類の多さに驚き絶句した。アリババもその多さに声を大にして驚いた。もちろんシャイターンも嬉しい悲鳴を上げて何にしようかはしゃいでいた。

 もうお店までが目と鼻の先というところで、ちょっとだけ雲行きが怪しくなってきた。というのも、あまりの人気ぶりに材料が足りないかもという声が聞こえてきたのだ。人気なのは嬉しいのだが予想以上のお客さんの多さにお店が対応できる容量をオーバーしてしまうかもという状況に三人の表情は段々不安の色が濃厚になってきた。
「どうする……もしかしたら食べられないかもしれないってことかしら……?」
「そりゃねぇぜ。ここまで待ったのに食べられないんじゃ……」
「まぁまぁ☆ もうちょっとだけ待ってみようよ☆ ね?」
 シャイターンの提案に頷くも、もしかしたら手に入らないかもしれないという不安が先行し二人の顔は晴れることはなかった。大丈夫大丈夫と言い聞かせながら、先にモルジアナ次いでアリババと目的の品を注文し、最後にシャイターン。なんとか三人は手にすることができた……のだが。
「うわぁああん。うわぁああん」
「申し訳ございません……材料がなくなってしまって……提供ができなくなってしまって……その……申し訳ございません」
「あら……それじゃあ仕方ないわね。また今度来るわね。ほら、帰りましょ」
「いやだぁあ! 食べるぅうう!! うわぁあああ!!!」
「申し訳ございません……本当に申し訳ございません」
(あ……あたしで最後だったんだ)
 シャイターンが注文した品を受け取る背後で、女の子が注文ができなくて泣いてしまったのだ。それをなだめる母親も困り果ててしまい、どうしたものかと頭を抱えていた。
「ねぇ、イチゴは好き??」
「……え?」
「あ……あの……」
「はい。どーぞ☆」
 シャイターンは自分が注文した品を、女の子の目線になるよう屈み優しく手渡した。クレープのてっぺんには真っ赤に熟したイチゴが飾られており、そのイチゴを見た女の子はぴたりと泣くのを止めてシャイターンとイチゴを交互に見た。
「……いいの?」
「うん☆ その代わり、お母さんを困らせちゃダメだぞ☆」
「……うん!」
「あ……ありがとうございます! なんとお礼を言ったらいいか……」
「いいのいいの☆ うん! やっぱり笑顔が一番だね☆」
 シャイターンからイチゴのクレープを受け取った女の子はぱっと笑い、声高に喜んだ。帰る間際まで笑顔でシャイターンに手を振っている姿を見たシャイターンは小さく笑った。
「え、シャイターン。一番楽しみにしてたはずじゃ……」
「ううん☆ あの子が笑ってくれる方がずっと嬉しいから☆ 自分が笑顔になるのは後回しでもいい。近くにいる人をハッピーにしたいなって☆」
「シャイターン……」
「もう☆ そんな顔しないでよ☆ あたしはとってもハッピーな気分なんだから☆」
 自分たちだけがクレープを食べる……それはもちろんそうなのだが……なんとなく気が引けてしまうような感じがしたモルジアナは、大きな口を開けて今にもクレープに齧りつきそうなアリババのクレープをぶんどり、お店の人に紙皿とフォークがないか尋ねると快く手渡してくれた。それを受け取り近くの公園へと向かったモルジアナについていくと、モルジアナは忍ばせておいたサーベルを引き抜き、二つのクレープを空に向かって放り素早い剣舞を披露した。ばらばらと落ちてくるクレープを紙皿で受取り、二つのクレープが食べやすい大きさに切り分けられ状態で運ばれてきた。
「これで均等に切り分けられた……はず!」
「モルジ……すげぇな……というかサーベル持ってきてたのかよ!」
「護身用でね。小さいものだけど、まさかこういう形で役に立つなんて思わなかったわ」
「わぁ☆ モルジアナってば最っ高☆ 素敵な剣舞も見れるなんて超幸せぇ☆」
「もう。わたしの剣舞でよかったら言ってくれればいつでも披露するわよ」
「シャイターン。あなたの笑顔はわたしたちの笑顔でもあるのよ。あなたが嬉しいなら、わたしたちも嬉しいんだから……ね?」
「モルジアナ……」
 モルジアナの優しさに触れたシャイターンは目頭が急に熱くなり、次第にぽろぽろと涙を零した。急に泣き出したシャイターンを見たモルジアナとアリババはどきっとしたが、シャイターンは平気平気と言い、涙をぬぐってすぐににこっと笑った。
「モルジアナ……それに、アリババ。ありがとね☆」
「気にしないで。わたしもシャイターンが笑顔になってもらいたいから」
「気にしなくていいってことよ。それより、早くクレープ食べちゃおうぜ」
「うんっ☆ 栗のクレープとチョコレートのクレープかな?」
「そうよ。色々あって迷っちゃったけど、ピンときたものにしてみたの」
「おれも迷った挙句って感じだな」
 紙皿に盛り付けられた二種のクレープは単品ではもちろん、二つ一緒に味わうことができるように配慮がされていた。シャイターンはさっそくそのうちの一つを選び、口へと運んだ。周りではピースが「僕にも頂戴」とばかりにアピールしていたが、食べることができないのでシャイターンからお預けを受けた。
「……んー☆ とっても美味しい☆」
 シャイターンの顔はチョコレートのようにとろりと溶け、幸せそうにクレープを噛みしめていた。今度は二つのクレープを少しずつ切り分けて同時に口へと運ぶと、その顔を見ただけで幸せなんだなというのが伝わってくる。
「……もう☆ 超幸せぇ☆」
「こうしてシェアして食べるのもいいわね。あ、アリババ、ほっぺたにチョコついてる」
「いいって。自分で拭けるって」
 二人のやり取りを見て心から笑うシャイターン。そして、その笑っているシャイターンを見て笑うモルジアナとアリババ。ちょっぴり予定とは違うかもしれないけど、そのおかげで予定とは違った楽しい時間を過ごせることに感謝をするシャイターンであった。
「ねぇねぇ☆ これ食べ終わったらお洋服見に行こうよ☆ 可愛いお店見つけたんだぁ☆」
「え? ほんと! 行きたい行きたい! アリババも来てくれるでしょ?」
「おれは洋服とかよくわかんないけど……モルジが行くなら行くよ」
「やったぁ☆ アリババにもぴったりな洋服がたっくさんあるお店だからお買い物しようよ☆」
 何気ない休日を心のゆくままに楽しむ女の子シャイターン。今日もきっとどこかで誰かが幸せになっているに違いない。
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