★ブラッドオレンジとトマトのゼリー【竜】

文字数 4,583文字

「はぁ? 護衛の仕事だって?」
「そうだよ。あんたにはぴったりだと思ってね」
 レグスは愛刀の手入れをしているとき、同期のベルーガが一枚のチラシを持ってきた。ひらひらとしながら見せつけるベルーガに少し苛立ちを覚えながら、それでも手入れの手は止めない。
「んで、内容は?」
「だぁかぁらぁ。単なる護衛だって。そんなきな臭いもんじゃないよ」
「……だったら、お前が行けばいいじゃねぇか」
「……そういえば……この前、賭け事で大負けしたのはどこの誰だっけ?」
「……ちっ」
 本当はもう少し念入りに手入れをしたかったのだが、苛立ちがそれを許してくれなかった。チラシをひったくるように取ると、レグスはさっさとその場から去っていった。
「ふん……ちょっとからかいすぎちゃったかね」
 ベルーガは悪戯に舌をぺろりと出して呟いた。

「ったく……ベルーガの野郎……ばかにしやがって」
 悪態をつくレグスだが、ベルーガの言っていることもまた事実なのがなんとも苛立ちを助長させている。レグスは剣の腕を買われ、傭兵になったのだがそれで得た収入のほとんどが趣味の賭け事へと流れていってしまう。結果はチラシを取ったというのが答えだろう。非常にむしゃくしゃしながらチラシにかかれていることに目を通す。
「んだ……? 『夜の護衛一日でオッケー! 手続きカンタン、即日採用! 応募は下記ギルドまで……衣装はこちらで用意しますので手ぶらで!!』だとぉ……? ふざけやがって」
 くしゃりとチラシを握りつぶすも、ちゃっかり書かれているギルドへと向かっているあたり正直である。なんだかんだ文句をぶつぶつ言いながらギルドの受付に要件を伝え、担当者がくるのを待つ。ギルド内はそこまで賑やかでなく、ぽつぽつと数人が寂しくエールを飲んでいる程度だった。やがて関係者の扉が開く音がして中から出てきたのはターバンを巻いた元気のいい女の子だった。
「お待たせしましたぁ! って、ああ! レグスじゃん! 久しぶり!」
「く……クロリス。お前、なんでここにいんだよ」
クロリスと呼ばれた女の子は非常に商売熱心な女の子で、以前にもクロリスの依頼を受けて荷物を運搬したことがある。それからの知り合いであり、今では良き(仕事の)相談相手である。
「へへぇ、商売あるところにクロリスあり! なんてね。ところで今回、レグスはこのチラシのお仕事に参加するんだ」
「参加というか……まぁ、そんなところだ」
「おっけー! じゃあ、この書面にサインして」
 クロリスが用意した用紙にさらさらとサインをし、手続きを終えたレグスはクロリスからこれを着て現地にきてねと言われ、袋に入った何かを受け取った。
「これ……は……?」
「チラシにあったように、お仕事で使う衣装だよ」
 袋の中を覗いてみると、なにやら堅苦しそうだなと思わせるものが入っていた。一瞬、表情を曇らせるレグスだが、クロリスは大丈夫といいレグスをなだめた。
「きっと今回のお仕事、レグスにぴったりだよ」
「……そうかよ」
「お仕事終わったらまたここにきて、衣装を返してね」
「わーったよ」
 全ての説明を聞き終えたレグスは自分の宿舎へと戻っていった。その背後でにんまりと笑うクロリスに気付くはずもなく……。

「クロリス……あいつ恨むぞ」
 早速着替えて現地に着いたものの、やけに衣装がぴったりで逆に気持ちが悪かった。なぜ俺のサイズを知ってるんだと疑問に思いつつも、レグスは蝶ネクタイを何度もいじった。
 お仕事─護衛とは、とある村で開催されるハロウィンパーティーのことだった。その為、参加者にはそれぞれ衣装が配られるのだが、レグスは吸血鬼風の騎士という出で立ちだった。見様によっては王子様にも見えるため、参加した女性から黄色い声援をいくつも貰っている。しかし、レグスはそんなことよりも仕事だと鋭い目つきで会場内を睨む。
「護衛といってもすっげぇ雑な依頼だな……誰を護衛しろってんだ……」
 あまりじろじろ見ているつもりはないのだが、目線が鋭すぎるせいか辺りに警戒されてしまっている。これはあまりいい局面ではないと思ったレグスは一旦、外の空気を吸うためにベランダへ出た。
「はぁ……なんで……」
 ベランダに空気を吸いに出たはずなのに、なぜか吐き出すことになってしまったレグスにサービス担当の執事らしき人物が飲み物を持ってきてくれた。
「あ……あぁ。わりぃ」
 血潮のように赤い液体は、今のレグスの装いをイメージしたのか否か。サービス担当は小さくお辞儀をしてその場から去っていき、レグスはまた小さく息を吐いた。
「ま、とりあえずもらっておくか」
 赤い液体を口に含むと、爽やかな飲み口の中に程よい酸味が混ざり合い思わず声をあげてしまった。後味もさらりとしていて、レグスはさっきの執事にこれはどういう飲み物かと尋ねた。
「こちらはブラッドオレンジと完熟したトマトを使用した飲み物でございます」
 なるほど。爽やかさはブラッドオレンジ、後味のさらさらはトマトだったのかと納得し執事にもう一つオーダーをするとすぐに新しいものが用意された。
「どうぞごゆっくり」
 すっかり気を良くしたレグスは、夜空に浮かぶ満月に一人で乾杯をした。

 飲み物を飲んで落ち着いたレグスが、会場が賑やかになっていることに気が付いた。さっきまで会場は広かったのだが、今は長いテーブルが用意され清潔なクロスが敷かれ、その上には豪勢な量がずらり並んでいた。
「お……お……うまそう……」
 ローストビーフ、彩り豊かなサラダ、生ハムとクリームチーズのカナッペ、ホウレンソウのキッシュ、フライドチップスなど普段レグスがお目にかかれない料理がこれでもかと並んだテーブルは既にたくさんの人で賑わっていた。中でも列をなしているのがローストビーフ。その場で切り分けてくれるシステムらしく、ゲストはシェフに欲しい枚数を伝えそこから切り分けていく。作り立てのローストビーフを味わえるとだけあって、大人気だ。
「おれも……くいてぇ」
 滴るよだれを堪え、レグスはローストビーフの列へと並んだ。段々と自分の番になるワクワク感を味わいながら、いよいよ自分の番になり何人前ですかと聞かれ、うっかり全部と言いかけたが咳払いをしごまかした。
「ん……さ、三人前を」
「かしこまりました」
 丁寧に切り分けられたローストビーフと、添えられたマッシュポテトを特製のソースをたっぷり絡めて……ぱくり。
「っめぇ……」
 口の中いっぱいに広がる肉汁、滑らかなマッシュポテトと濃厚なソースが絡み合いレグスを一瞬で幸せへと導いた。幸せそうに頬張るレグスを見ていた切り分け担当のシェフは、他のゲストがいないことを見計らって少し大きめなローストビーフを用意した。
「うぉ! い、いいのか??」
「あなたの食べっぷりに感激いたしました。どうぞお召し上がりください」
「あ……ありがてぇ……恩に着るぜ!」
 まだ口の中に残っていることを忘れて、レグスはシェフに感謝の意を伝える。そしてレグスは最後の一切れを口の中へと入れると、満足そうに微笑みシェフに漢のウインクを飛ばした。するとシェフは恭しく頭を下げて後片づけを始めた。
「はぁ……うまかったなぁ……お、最後の一切れか。もーら……」
 フォークで突き刺そうとしたホウレンソウのキッシュは、レグスの目の前から忽然と姿を消した。後に残るのはキッシュがのっていた皿だけだった。
「あ……キッシュが……消えた……だと」
「ラッキー。ゲットできたぜー」
(あぁん、ダーリン。あたしも欲しいぃ。もちろん口移しで)
「ふざけんな。お前にはやらねぇよ」
 どこかで聞いたことのある声にレグスは我に返る。真っ赤な髪、尖った耳にピアス。そして、その周りを浮遊している骸。確か……。
「が……ガラン。お前……」
「あ……レグスの兄貴! 久しぶりです!」
(あら、レグスも来てたのねぇん。あらやだ、あたしったら両手に花じゃないのぉ)
「そもそもお前は手がねぇだろ」
「おい……そのキッシュ……渡してくれ」
「え……でも、取ったのは俺なんすけど……」
 レグスは軽い舌打ちをしたのち、通りすがりのシェフに新しく焼きあがる予定はあるかと尋ねると、思いのほか人気だった為それが最後だと言われた。
「なん……だと……」
「あ……なんか……悪い気が……」
(でも、取ったのはダーリンなんだから。ささ、あーん……)
 骸─骨美にフォークを突き刺し黙らせたガランはレグスに提案した。
「俺も男っす。キッシュを賭けて勝負しましょう」
 賭けてという言葉に反応したレグスは、ぎろりとガランを睨む。あまりの目力に狼狽えるも、ガランは小さなテーブルに肘をつき構えた。
「……男なら腕相撲で勝負っす」
「……おもしれぇ。受けてたつぜ」
(あぁん! ダーリン頑張ってぇ!!)
 頭にフォークが刺さったままの骨美の声援を受けたガランと、がしと手を組み準備が整う。周りは何事かと騒がしくなる。ゲストが何事かを確認したあとは静かに勝負が始まるのを見守っていた。
「俺、前よりも強くなりましたよ……腰抜かさないでくださいよ」
「ほう……それは楽しみだ」
(それじゃあ、両者見合ってぇ……はじめっ!)
 骨美の合図とともに腕相撲が始まった。先制を仕掛けたのはガランで、腕をぐいと倒す。しかしガランが踏ん張るも、レグスの腕は微動だにしない。
「なにあれ、演技?」
「いや、あの赤髪はぷるぷるしてるってことは……」
「やれー」
 観客も興奮してきたのか、二人の腕相撲にゲストたちも声援を送りだした。会場は盛り上がっているのだが、ガランは本気でかかっているのに全く動かないことへの苛立ち、レグスは申し訳なさに包まれていた。
「ぬ……ぬぅ……ふっん」
(あぁダーリン。がんばってぇ!)
「……なんか、わりぃ」
 レグスが発してすぐ、ガランの腕は望まぬ方へと倒れてしまった。結果が分かったゲストたちはレグスに拍手を送り、ぽつんと置かれた最後のキッシュを手渡した。
「くっそ……負けちまった……」
(ダーリン……元気だして……)
 負けてしまったことにショックを受けたガランはふらりと立ち上がり、泣きながら会場を出ていってしまった。
(あ、ダーリン待って! 何見てんのよ! 出直してきなさいよ!)
 後を追いかける骨美の声は甘ったるい声からいつしか野太い声に代わり、ゲストたちを驚かせたが今は勝利を収めたレグスに称賛の嵐を送るゲストが大半だった。勝負をしたあとのキッシュの味は、またレグスの顔を柔らかくするほど美味だった。


「あ、レグス。おかえりー」
「……おう」
 依頼を終えたレグスがギルドへ衣装を返しにきた。その時の店番がちょうどクロリスだったため、手続きも報酬もすぐだった。……結局、護衛とはなんだったのか分からず少しすっきりしない内容にレグスは小さく唸りながらクロリスに尋ねる。
「なぁクロリス。一個聞きてぇんだが……」
「なぁに? そんなに改まって」
「あの服のサイズ……やけにぴったりだったんだが……」
「あぁ、あれはね。なんか服飾を専門にしている人がいるって聞いたからその人に頼んだだけだよ」
「……どこでおれのサイズを調べたんだ……」
「それはあたしにもわからないけど……どうだった? 着心地は」
 報酬の入った袋を掴み、出口へ向かう際にレグスは短く答えた。
「動きにくいったらねぇぜ」
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