ガツンと濃いめのアールグレイ【魔】

文字数 3,397文字

 もう限界だ。これ以上の人手不足はさすがにまずい。どうにかしないと。と言っても、新しく誰かを雇うにもどうしたものか……でも人手が……あぁ、もうこうなったら言ってられない。誰でもいいから誰かここを救う気持ちで来てくれ!!
 がむしゃらに求人のチラシを書き、あちこちにばらまくように投げると私は自室に籠り頭を抱えた。はぁ……なんでこうなってしまったのだ。私はばくばくした心臓を鎮める名目で、こうなった経緯を整理することにした。

 ここはとある魔界にあるごく普通の屋敷だ。部屋数もそんなに多くなく、メイドもそんなに多く配置しなくても済むような大きさだ。住み込みで働きたいというメイドのために離れも作ったが、それは今は活躍しておらず、やや埃が積もりつつある。メイドたちも離れの掃除はせずに、主にこの屋敷の掃除を念入りにしてくれている。おかげでどこも埃は落ちていないという徹底ぶりに、私は驚いていた。
 ところがある日。私はうっかり自室の掃除をメイドにお願いをしていたとき、借金の明細書をデスクに置きっぱなしにしたまま出かけてしまい、それをメイドに見られてしまった。その日からメイドからは冷たい視線を送られ、日に日にメイドたちはいなくなってしまい、そしてメイドたちは誰もいなくなり、私だけとなった。
 こんな立派な屋敷を譲ってくれた亡き父にはもちろん感謝している。だが、立派な屋敷の手入れは私には無理だ。でも、新しくメイドを雇う余裕は……。はぁ、仕方ない。父の形見からなんとかするしかない。

 藁にも縋る思いでチラシを作成し、あちこちにばらまいて数日が経過したある日。屋敷のドアをノックする音が聞こえ、私は覇気のない声で返事をしながらドアを開けるとそこには私と同じ魔族の特徴である尻尾を生やしたメイドが立っていた。
「こんにちは。わたし、ユスヘルミって言います。今日からお世話になりたのですが、可能でしょうか」
 あ……ああ。必死になって書いたチラシが役に立ったのか。その嬉しさが胸にじわりと広がり、目の前にいるユスヘルミと名乗ったメイドに涙を流した。
「ご、ご主人様。如何されましたか? もしかして、わたしでは迷惑でしたか?」
 いやいや。そんなことはない。ちょっと辛いことを思い出してしまってね。私は涙を拭ってからユスヘルミにいうと、ユスヘルミはうっすら笑い頭を下げた。
「それではご主人様。本日より、お世話になります!」
 小さな鞄を片手に屋敷に入るユスヘルミは、スキップをしながら屋敷の中を見て回った。見回りを終えたユスヘルミに、今度は私から掃除用具の置き場所やリネン倉庫の場所を案内した。うんうんと頷きながらついてくるユスヘルミに、私は期待をしていた。

 だが次の日。悲劇は起きた。それも朝一。
「ご主人様。おっはようございます!」
 ユスヘルミの元気な声とともに目が覚め、ゆっくりと目を開けるとそこには宙を舞うティーカップだった。ゆっくりと確実に私の顔面を目掛け落ちたティーカップからは、淹れたての紅茶が零れ寝起きの私の顔面にかかった。

  
        あっつい!! あぁっつい!! ひぃいい!!!

「あちゃあ。手が滑っちゃいました。うっかりうっかり」
 うっかりじゃないだろう! こんなに正確に私の顔にあたっているのにうっかりで済まされるか! 私はピローケースで顔を拭うと、ユスヘルミはきょとんとした顔で私の顔を見ていた。
「そんなに熱かったですか??」
 そりゃあ熱いよ! 見る? こんなに顔真っ赤になってるだよ? あまりの呑気な発言に私は怒りながら着替えをしようとクロークを開くと、そこには昨日まで着ていた服がごっそりなくなっていた。あるのはその服を落ちないように支えていたハンガーだけだった。
「あぁ、そこにあった洋服すべて売却しておきましたよ!」
 ば……売却だと……じゃあ……私の衣服は……今着ている寝間着だけだということか……?
「はいっ! あ、売却したお洋服のお金は借金返済に充てておきましたのでご安心を♪」
 安心できないんだよな。というか、ひと様の物を勝手に売って何の報告もなしに、しかもそのお金を借金に充てたとか……もうどこから突っ込んでいいかわからなくなってきた……。かつて今までに朝に起きてすぐに疲れた日があっただろうか……いや、ない。最悪な出来事から始まる一日に憂鬱な気分な私は、とりあえず洗面台で顔を洗おうと部屋を出て階段を下りようとしたとき、背後から足音が聞こえた。後、強烈な衝撃が私の背中を襲った。
「きゃっ! ご主人様! (わたしが)危ない!!」

     
    のわぁあぁあああ!! ごっふ!! ぎゃんっ!!! はぶっ!!

「はぁ。危うくわたしが転ぶところでした。あ、ご主人様ぁ。ご無事ですか??」
 階段を転げ落ち、靴箱に激突してようやく止まったというのに……この状況を見ても大丈夫だと思えるのかと口にしたかったが、口にしたらしたでまたきっととんでもない言い訳を言いそうな気がした私は、あえて何も言い返さなかった。ただ静かに立ち、洗面台に向かい顔を洗う。たったこれだけのことがなんでこうもスムーズにいかないのだろう……蛇口を捻り水を出して顔を洗った。ようやくさっぱりし、タオルで顔を拭きキッチンへ向かうとそこには出来立ての食事が並んでいた。
「ご主人様。朝食の準備が整いました。こちらへどうぞ」
 そう言い、ユスヘルミは椅子を引きながら私を席へ案内した。テーブルには焼きたての卵とベーコン、サラダ、とスープがついていた。カップには私の好きなアールグレイが注がれていてまずはそれからいただこうと思い、カップを口につけると……濃い……というか、渋いといった方がいいのだろうか。あまりの渋さに眠気もどこかへ逃げて行ってしまいそうなほど、強烈だった。
「おかわりはたくさんご用意しておりますので、お申しつけください」
 これが……まだあるのか……気が進まないなと思いながら朝食を摂り、最後に残ったアールグレイを鼻をつまんで飲み干し、私はすぐさま洗面所に行き歯を磨いた。渋さが残ったまま過ごすことなんて嫌だし、茶渋がついたら中々とれないんだぞ……。いつもより念入りに歯磨きを終わらせ居間に戻ると、そこには黒い服を着た男性が二人立っていた。黒い眼鏡をかけていて、がっしりとした体躯から放たれる異様な威圧感に私は身じろぎをしていると、黒服の一人が私を見て小さく首を動かすと、胸ポケットから書類を出し広げて見せた。
「借金返済の期限が今日までだ。まだ支払っていない分、きっちりと返してもらおう」
 あ……しまった。すっかり忘れていた。支払期限、今日だった。私はどうにかもう少しだけ待ってもらえないかお願いをするも、黒い服を着た二人は首を縦に動かしてくれなかった。
「ご主人様? お困りですか?」
 またしても不思議そうな顔で私の顔を見るユスヘルミ。ああ、そうだよ。これが困ってないように見えるなら、君は眼鏡を買った方がいいね。どうしたものかと頭を悩ませていると、ユスヘルミはとたとたとキッチンへと向かいさっきの渋いアールグレイが入ったティーポットを持ってきた。そしてティーポットの蓋を外し、にっこり笑いながらこう言った。
「召し上がれ♪ 熱々紅茶爆弾♪」
 ばしゃりと音を立てながら淹れたての紅茶は黒服を着た二人に命中。あまりの熱さに私と同じように悶えていると、衣服から小さな破裂音がしたかと思うとそれは段々と大きくなった。
「ひぎゃああ!」
「痛い痛い痛い痛いっ!!」
 さっきまでの威圧感はどこへ行ってしまったのか。その強面からは想像もできない情けない声を発しながら踊っていると、涙を受けべながら二人は「覚えてろよー」と捨て台詞を吐きながら出て行った。
「わたしのご奉仕、お気に召さなかったのでしょうか……」
 あれ、奉仕だったんだ。てっきりいたずらだと思っていたよ。とにもかくにも、これでしばらく借金返済の時間は稼げたから、これからどうにしかして返済をしていないと……。
「ご主人様。これからはこのユスヘルミ。強制ご奉仕して参りますので、何卒宜しくお願い致します」
 はぁ……良くも悪くもこれからはこのユスヘルミと過ごすことになるんだ。撃退をしてくれたことには素直に感謝はするけど……あんなのが毎日あるのかと思うと、私は段々頭が痛くなってきた。
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